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2025年11月30日04:09

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アメリカと精神性(52)ホーキンズ博士の本のみ読めばいい

あなたは、『こころ』とスピリチュアルの関係性を、どのように理解されていらっしゃいますか?

一般的にどの辞典や辞書でも『心/こころ』は、「人の精神活動の基盤で、人の内面を広範囲に網羅する抽象的な言葉」といった解釈が書かれています。英語には、「心/こころ」と相対する言葉はありません。『意識マップ』すべてを含んでしまう「心」という言葉は、漢字が『言霊』であり、まさにスピリチュアルである証拠でしょう。

精神活動?

そもそも精神という言葉は、例えば三省堂の新明解国語辞典(第5版)には「・・・感官器官でとらえられない存在、また、その働き」とあり、自我と真我の区別に触れられていません。

自我(ego)は、左脳のみを機能させます。一方の真我(atman)は、左右大脳半球を同期化させることでエーテル脳の領域を作動させ、このエーテル脳の領域は宇宙全体とアクセスを可能な部位です。

こころが広いか、こころが狭いか。こころが強いか、こころが弱いか。
こころが温かいか、こころが冷たいか。こころがきれいか、こころが汚いかなど・・・。

前述の表現の違いは、何を示しているのでしょうね。それは、あなたが、自分や他者に対し、利他的な時に『真我/アートマン』とつながった際の表現と、利己的な時に『自我/エゴ』そのものの思考と行動に関する表現には、明らかな違いのあることを示しています。


しかもそれは、発信者側と受信者側の『意識レベル』の高低に応じて見え方が違います。それは、『意識マップ』左の2列『神に対する視点』、『人生に対する視点』の通りといえます。

すなわち、『こころ』という言葉の適用範囲は、なんと『意識マップ』の底から頂点まで、egoの段階的変化のすべてを網羅していていることを示しています。

『ego』と、『こころ』は、人としての内面の活動の総体を示した言葉と、そのようにみていいでしょう。

そのため、ホーキンズ博士は、こころが広い、あるいはこころが温かいという際に、heartと humanityの両方を用いています。これを単に『こころ』と訳すのは過ちで『温かい心』など、何らかの形容詞を伴うべきと言えます。これも、11冊すべて訳しを終えた後に、私は、気づかされたものです。

そういう訳で、ホーキンズ博士の全11冊を、訳し終え終えなければ、私にも気づけなかったことはあまたあります。邦訳の2冊のように単独で訳して発刊したのでは、誤った解釈が生まれるのも当然のことでしょう。


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