あなたは、「いい子」でしょうか?
「いい子」は、当然、あなたの両親や周囲の期待にそった思考や行動をとる子といえるでしょうね。
『無条件の愛』以外の正義は、時代によって変わるように、「いい子」も、その時代のパラダイムを反映するものであるはずです。
私の両親の思い描く『いい子』は、勝ち続けなければならないというものでした。
あなたは、私の両親のいう勝ち続ける「いい子」とは、どういうものかご存じでしょうか?
マテリアル(物質世界の諸事)とスピリチュアル(精神世界の諸事)は、正反対の常識を基準にしています。私の両親は、どちらを私にもとめたのでしょうか?
まさにマテリアルとスピリチュアルの違いは、なぞなぞのゲームといえるでしょう。私の両親は、目に見えるもの、すなわちマテリアルのみを評価し、目に見えないものであるスピリチュアルを全く評価しようとしませんでした。
それは、清和源氏の土岐、西尾と、宗宮など輝かしい名家の血を受け継ぎ、一族を見渡すと、「男子は東大ばかり」という我が山本家の宿命だったのかもしれません。プライドの高い両家の祖父母の教えでもあり、小学1年生の私が東京大学へ入れないと分かったことで、母は、一族の中で面目を失ったという強烈な劣等感を持ったのも不思議ではありませんでした。
あなたは、見栄を張られたご経験をお持ちでしょうか?
私が東京大学へ入れなかったことで、両親の目は、お金に向き、一族の誰よりも豪勢な暮らしを目指していたように思われます。その両親のプライドをへし折ってしまった私は、そのこころの内側を大切にしない、言い換えるとスピリチュアルの基盤である健全な道徳律と精神性を無視する生き方に何回も反発したものです。
そのような私を両親は、「いい子」と思わない訳ですよ。
しかし、マテリアルとスピリチュアルの違いの説明しようにも知識のなかった私は、両親の求める『いい子』に近づこうと、本心とは真逆の半生でした。私が大好きな両親に認められたい、愛されたい、褒めてもらいたいなどは、実は『見栄』から演じていたと分かります。
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