■東出昌大「クマを撃った!」駆除する猟師の本音
(日刊SPA! - 11月19日 17:20)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=81&from=diary&id=8562601
この文章とは関係ないかも知れないが、やれクマが可哀そうだとか、山に返せないのか?とか適当で薄っぺらい正義感を振り回す人が多い。しかし、その地区に住んでいる人からするとこの状況は戦争であり、外を出あるくことすら危険な中で正直、クマもイノシシも絶滅で良いと思う。人間はそうやって自分の生活圏を広げて来た。今更、困った連中と共存とかそういう偽善は今の生活が安定していて何の問題が無い人の戯言である。
そもそも熊が絶滅しても人間は困らない。鹿もイノシシもだがそんなものは絶滅で良い。まどろっこしいことを言っているから偽善者が正義感を振りかざす道具にもなっている。
そのような偽善者たちも人の死よりもクマの死について心配している。熊がいる土地なら人間が出ていけと言わんばかりだ。それなら根限り追い詰め二度と山から出て来れないほど射殺してしまえば当分は安心だろう。熊の為に柿の木を切れとかその方がおかしい。大災害が来た時にその柿が命をつなぐ大事な食料になるかも知れない。あくまでも人間の生活が大事だ。CO2の問題もそうだ。これも自然破壊とか言っているが違う。人間社会は困るから自然を破壊するなが正解だ。そもそもそうやって人間のためのCO2削減なのだからどうしてクマに限って可哀そうになるのか?
CO2削減が人間の生活の為なら熊だって同じことだろう。そのクマのことが心配な偽善者たちも環境を破壊し、飲んでいるコーヒーもチョコに使うカカオも現地の生態系を破壊した末に出来た畑から採れている。
その見たことも無い現地の動物が絶滅しても、日本の熊は絶滅して欲しくないのだからおかしな話だ。アマゾンの森林だって人間の生活の為に伐採が続いている。それは現地の人の生活の為であり、世界の人々の為ではない。彼らは正直に生きている。自分の生活の為なら地球が住めない土地になっても続ける。それが人間だろう。猛獣と共存なんてできないのだから邪魔なら排除する、そのような正直な生き方で良い。偽善をかざしてさも自分が正義の人のように振舞う「無知な愚か者」に比べればはるかに正しい生き方だろう。
クマを撃って申し訳ないと思うことも無く、分解して余すところなく消費し生活の糧にする。それがクマにとって一番いい死に方だろう。
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