組織がひとつになる時、言い換えるとこころを一つにすると、それは、まるでひとつの生命体のようになり、途方もないパワーを各人は発揮します。それは国家も同じです。
日本は、縄文時代の1万5千年もの間、平安時代の約390年間と、江戸時代のおよそ260年もの間、まさに『和を以て貴しとなす』を実践し、世はひとつにまとまり、平安と江戸は、世界を驚嘆させるような文化芸術を生み出しました。
そして、「富国強兵」に国家がひとつになると、これもまた世界が驚嘆するほどの強力な軍事力を持つに至りました。農耕民族独特の協調性のパワーは、いまも世界を圧倒し続けます。
しかし政治の世界に目を向けると、どうなのでしょう?
現代の日本の地方政治の眼目は、いまだに『箱もの』です。しかもその『箱もの』が、地域の福利に必ずしも寄与していないことに大きな問題があります。それにもかかわらず、いまだにどの自治体も、『箱もの』こそ行政の集大成といった誤った認識を持っています。
例えば、数十年前から問題が顕在化していたにもかかわらず、口先だけに終わっている人口減少対策よりも、むしろ港湾や飛行場などの誘致と建設に労力は注がれ、しかし完成後は、それぞれの施設は、各地方自治体の大きな重荷となっています。
この風潮のすべて、欧米による植民地政策に恐怖を抱いた明治の素人政治集団は、中身のない「富国強兵政策」を進め、かつ世界情勢やスピリチュアルの真実から逸脱した勘違い外交を続けていた流れをそのまま受け継いでいたためといえます。
太平洋戦争前夜の日本政府の真実レベルの較正(計測)値は、なんと160でした・・・。
最終的にアメリカの思惑通りに、日本の政権中枢に『和』のこころを捨てさせることに成功したアメリカは、日本を勝てるはずのない第二次世界大戦に引きずり込み、完膚なきまでに完全に叩きのめし、まさにノックアウト状態にしたのは見ての通りです。
日本は、欧米列強の思惑通り、特にアメリカの軍産複合体の思惑による『罠』にはめられたといえます。
すなわち最初に日清戦争、日露戦争と、第一次世界大戦にて、続けざまに甘い汁を吸わせられた日本は、最後に太平洋戦争で完膚なきまで叩きのめされました。
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