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2025年09月25日04:55

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戦争省(15)

功利主義(較正値185)による最大多数の最大幸福を実現するために考案された『多数決』は、民主主義の議会を破壊するに十分な威力を持っていました。

江戸時代、物事を決めるのは、老中などの権力の中枢を含め、士農工商といったあらゆる身分や、職業、あるいは地域にかかわらず、基本的に『合議制』でした。

日本を代表する民俗学者の宮本常一の代表作『忘れられた日本人』に、昭和20年代半ばに、ある日本海側の島の村に彼が、中世より保管されていた古文書を調査すべく借りるために、訪れた際のエピソードが書かれています。

そこには「本年度の村の世話役が数名神社の境内に集まり、1週間近く合議を重ね、ようやく借り受けることが出来た」といったことが書かれています。

多数決ではなく、『合議制』こそ、真の民主的政策合意ですよ。

しかしながら民主制の先駆者アテネが滅んだのは、外敵来襲のような緊急事態に民主的で時間のかかる『合議制』では、対処に間に合わないことを示しています。

帝政以前の共和制ローマは、元老院による寡頭政治(Oligarchy:較正値450)を採用していました。アテネに視察団を派遣し、民主政治(Democracy:410)を学ぶものの、ローマは採用しませんでした。

共和制ローマの元老院において、勿論『合議制』は基本です。しかし外敵襲来の際は、その年の2名の執政官のいずれかが、事前に軍の最高司令官として全権を委任される仕組みになっていました。

現代のアメリカでは、大統領が軍の最高指揮官であり、日本も総理大臣が、自衛隊の最高司令官であるというのは、共和制ローマの仕組みから学んでいることを示しています。

あなたは、人類の80%が私利私欲に埋没して生きている以上、多数決による議会運営がどれほど恐ろしいものかお分かりでしょう。マキャベリィは「民主制は信念の同じ人々の間でのみ有効なシステム」と見抜いていましたね。

トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』に、1830年代の初頭、すでに「連邦議会議員は、企業家の手下でいっぱいだった」と書かれていました。福沢諭吉をはじめ、江戸末期から明治にかけ海外視察をしたものの、ロックフェラーやロスチャイルドなどの資本家による政治への影響力を理解出来ていなかったことで、日本の議会もまた、戦争屋に多数を握られてしまったといえるでしょう。

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