600に到達したことを示す『十牛図』の第八図『人と牛のどちらも忘れる』には、何も書かれていないまさに『空/無』でした。
それに関する大切なことを、これからお話しいたします。
現代社会において『空/無(void/nothing)』についての間違った解釈は、一般的にミーム(社会的遺伝の伝播:meme)となって人々の認識に入り込んでいる状態にあります。
あなたは、『空/無』について正しい解釈をご存じでしょうか?
間違った解釈の多くは、「『空/無』になるというのは、死んだら意識も何もなくなって、すべておしまいなのでは?」というものです。
私のこれまでの人生において出会った方々の中にも、そのように解釈される方々が多くおられ、私はいつも驚きを隠せませんでした。
結局、その大多数は、『モーゼの十戒』のような道徳を守る必要性に疑問を持ち、あるいは精神性を軽視して、まさに左脳の本質と言える獣性をむき出しにした生き方を、全面的に肯定するといったミームの浸透に、私は脅威を感じ続けた半生でした。
『空/無』の誤ったミームによって、官僚の天下り、政治家の中抜き、フジテレビの『女史アナ』の性接待、安易なホスト通いによる『立ちんぼ』や、東南アジアへの『児童買春ツアー』など、明らかにすべて結びついてています。
私は、いつも「意識は永遠にあるのだから、人は生と死の違い、また天国、煉獄と、地獄の違いについて、そして輪転転生や因果応報について主観的に認識出来るのであって、意識が永遠でなければ、ブッダやイエスは単なるメンタルの異常者ですよ」と申し上げても・・・。
それについての回答は、ほぼ「ブッダやイエスに遭ったことがない。」や「前世のことや、あの世のことなど覚えていないからわからないよ。」と個人的体験のなさから、そのような不可知論に起因した判で押したように同じ回答です。
スピリチュアルの諸事全般は、本人自身によって主観的な気づきがない限り、それらは真実とはなりません。
エゴ(マインドやメンタル)には、スピリチュアルを認識する能力がないゆえに、幼い頃から正しいスピリチュアルの真実を教えないという、無神論教育の弊害は、『空/無』の誤ったミームを社会に浸透させる結果に終わっています。
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