mixiユーザー(id:12302305)

2025年08月16日16:11

15 view

「何」に反省するのか?

■石破首相式辞、反省に言及=戦没者追悼式―「見解」公表せず、なお意欲
(時事通信社 - 08月16日 07:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=8435688
朝日はやはりこんな時でも玉川に「沖縄を捨て石にした」などと言わせていた。
このようなテレビが間違った認識で番組を制作することの方が危険であり、反省と言うのはこういったかつて軍部に協力したメディアの反省無くして語れない。毎日も朝日もそういう検証も反省もないまま、先の大戦のことをシレっとさも自分たちが正しいことを言っているかのように言っている。こんなだからオワコンと言われていることに気が付いていない。

まず沖縄の捨て石発言が誤りだというのは

「日本軍が迫りくるアメリカ軍から逃げて、アメリカ軍が民間人しかいない沖縄に爆撃と砲撃をして民間人だけが死んだ」
なら捨て石とも言えるだろう。

しかし、そうではなく沖縄防衛のために何万人もの軍人を入れて防衛しようとし、海軍も虎の子の大和をつぎ込んで死守しようとした。そこで死んだ軍人の数も多い。
それなのに捨て石にしたなどとどの口が言っているのか?

戦場を沖縄に選んだのはアメリカだ。それは軍事戦略上沖縄が重要だと思っていたからで捨て石という言葉はまったく当てはまらない。むしろ日本の一部の沖縄だからこそそこを必死で守ろうとしたのに捨て石とは・・・

このような間違った認識で平気で全国放送で言うこと自体おかしい。化けの皮が剥がれたと良いって言いだろう。

さて反省という点で言うと

1.政治からの観点
2.軍隊からの観点
3.国民からの観点
4.マスメディアからの観点と分けれれるだろう。

政治は自分たちが国家運営の主役という事を忘れて政治闘争に勤しみ国のことを考えていなかった。死ぬ気でこの無謀な戦争を止めようとすれば止められた。しかし、暗殺を恐れ政治が覚悟をきめなかったから軍部に足元をすくわれた。

軍部の仕事は外国からの攻撃に対して効果的に反撃することなのに権益を求めたり出来もしない政治をやろうとしたり、メンツにこだわって国難を考えず、組織内論理で終始したことだ。

国民は間違った戦争、誤った戦争で日本がおかしな方向に行かないため国民全体が居に血を掛けて反対することをしなかった。これは日本の国民性であり長いものに巻かれる習性から来るものだ。

マスメディアはラジオという新しいメディアに仕事を奪われないよう新聞が国民ウケする内容のものを書こうと右傾したり、国民を先導するような内容を書いて収集がつかなくなりなすすべもなく最終的には軍部に取り込まれ戦争に協力したこと。

これが反省する「何」にあたるものだとろう。

日本人の考え方が戦前と戦後で変わったのだろうか?

事を荒立てることを嫌い、自分の意見を言うことをせず、長いものに巻かれる。意見を言わず、反対するべきことには徹底的に反対もしない。軍部は自衛隊という文民統制下に収まっているから良いものの政治家に覚悟が見えない。それは再び軍に丸投げの体制ならないと言い切れるだろうか?

メディアは反省もなくさも自分たちが正義のような振舞を見せ、戦前、戦中の「戦争への偏重をした反省として今度は戦争反対へと国民を扇動している。」
扇動の意味を理解していない。

このような中である意味戦中は天皇制だったが故に天皇が戦争中止と言ってくれたから戦争は終わったが、今のような国家体制で同じようなことが起こった場合誰が止めるのだろうか?そもそもそのような無謀な戦争が起こりそうな時に国民が蜂起し反対勢力を組織し国家に対抗するような気概があればいいが。。。

それと前にも書いたが戦争はいろいろなケースがあるので今度起こる戦争が積極的に参加しないといけないものなのか反対すべきものなのかは分からない。

例えば、ロシアが北海道を侵略しに来るケース、中国が尖閣諸島を取りに来るケースといろいろある。そんなときであっても戦争反対として領土を奪われるに任せ、最終的に他国の一部になってしまい、文化も言語も否定され、二等国民として隷属するような境遇になっても戦争反対は正しい判断だったと言い切るのか・

そういう決断になる。
戦争反対というのもいろいろなケースがある。私は他国を植民地にし、その土地のものを収奪するような戦争には反対だ。しかし、日本国の領土が侵略され奪われるかもしれない危機には敢然と立ち向かう。それは同じ戦争でも戦争の毛色によって違う。
戦争にもいろいろなケースがあるのですべての戦争に反対などと言っていると侵略することを何とも思わない国からするとカモネギのようなものでこんなに簡単な話はないと思われる。ウクライナは欧州が味方し、善戦しているにもかかわらず、アメリカのツルの一声で領土保全が危機に瀕している。敢然と立ち向かってもこのようなことが起こりそうなわけだから政治も国民もしっかりしていないといけないことを意味している。
特に日本は欧州という後ろ盾がない。アメリカがトランプのように簡単にはしごを外せばたちまちどこか専制主義国の餌食になってしまう。

だから抵抗もせず植民地化、その国の一部になるというのであれば早々にどこかそういう国の一部になれば良いだけの話で平和論者はその覚悟があるという事なのだろうか?

反省というのは簡単だが何に反省し、今後どうするのかをよく考えないと日本のような何でもかんでも戦争反対などと言っていると敵との激戦で戦死するのか、吸収後の専制主義国の過酷な仕打ちで死ぬのかの差でしかない。

そんな戦争反対を掲げ、簡単に侵略国の配下に入って誰一人戦争で死ななかったと誇れるのだろうか?その先にある破滅的な未来に対しどう責任を取るのだろうか?

0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2025年08月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      

最近の日記