mixiユーザー(id:68662677)

2025年08月10日03:56

19 view

因果と共栄共存(1)

国家100年の計を見据えていれば、官僚や政治家は、結果よりも原因を意識するでしょう。

それがしっかりしていれば、八潮市で起きた道路陥没事故などあり得ません。国道が完成した50年前に50年後に修繕の必要性は分かっていたはずです。

私は、若い頃、政治家や行政が、どうして将来、明らかに生じる老朽化の話を、建設時にしないのか疑問に思っていたものです。言い換えると将来のメンテナンスに備えた予算を組み込まないのはおかしいと、こんな重要なポイントを何故、話さないのか・・・。

政治家や行政が、もしも『国家100年の計』を意識していたなら、50年後に備え必要な補修のノウハウに関する構築や、人員の確保などに予算を組むことは出来ていたはずです。

確かに点検は行われていたものの、八潮市で起きた道路陥没事故などからも、それが全く不十分であったと分かりますよね。

そういう訳で、その場しのぎの無策により、八潮市の道路陥没事故は起きました。

あなたは、あなたの家電製品の寿命を、おおよそご存じのはず。ゆえに、例えば冷蔵庫は20年をめどに、買い替えるための資金を手元に残すことを考えるのではないでしょうか?

個人に出来て、政府が出来ないというのは、明らかに行政、立法と、司法から成る三権の怠慢による機能不全を明らかにしています。

しかし、いまの日本の三権の中枢は、八潮市の事故が起きても、誰も責任をとりません。一体、三権の倫理道徳観念と精神性のレベルは、どうなっているのでしょう?

結局、ホーキンズ博士の著作で言及されているように、おおむねお役人の意識レベルは50だそうですから、三権に属する彼等は、おそらく爬虫類レベルの思考と行動しかとれないことに、あなたは気づかねばなりません。

意識レベル50は、無関心/無感動のレベルです。すなわち左脳の優勢な人々は、その地位に留まるために責任を取りたくないのですよ。ゆえに彼等は、そのレベルに自分達を閉じ込めてしまうことになります。

マザーテレサは、「無関心は、愛の反対です」と述べていた通りですね。しかしそれで果たして、人類は神から授かった使命である共栄共存出来ているといえるのでしょうか?


0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する