■愛媛県内で水の事故相次ぐ 合わせて3人が川で流されるなどして死亡
(TBS NEWS DIG - 07月21日 06:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8400562
すでにそうなって久しい。私のように50代の人は総学生の頃は夏休みの1/3くらいはプールが解放され同級生なんかと一緒によく行ったものだ。そういうところから泳ぎを覚えるから小学生の段階で立ち泳ぎも出来るようになっているし、どうやったら楽に浮いていられるかというのも考えて泳ぐから少々のことで溺れて死ぬという事は少なかった。しかし、いつの頃からか、親の負担が増えるので夏休みプールの監視の当番が無理になり、次第に夏休みプールも消滅した。たまに子供が溺れたら監視していた親のせいになるというのもあるし、学校はそのような責任問題が降りかかることを子供の福祉よりも大事にしているから夏休みプールが無くなることは大賛成だろう。
今はスマホもあるからプールサイドで監視しているよりゲームやラインをしている方が多くなりそもそも監視ということをやっていないだろうけども。それは社会構造が変わったことに由来もする。両親が働かないと生活できないとか言い出し(本当は家にいると男女とも家事をしないといけなくなるから生活のためと称し、働きに出て少しでも家事の負担を押し付け合うことをしようとする魂胆もあるが)学力差別、それによる就職時の就学差別、社内における待遇の差別が構造的に存在するから子供を大学に行かせるために学費を稼がないといけないという理由もあるだろうが。そういう差別がなくなって進学率が5%を切ればゆとりも出来るから夏休みプールの復活もあるだろう。安全面の懸念はあるが少なくともちょっとしたことで溺れて死ぬようなことは無くなると思う。
もっとさかのぼってウチの親父の子供の頃のレベルになるともっと凄かったから溺れるなんてありえないと言うだろうね。何せ木造フェリーとは言え、それが接岸する際にフェリーの取り付き船頭から竹の棒で突かれたりしていたらしい。そんな深いところでも小学生でもやるわけだから溺れるはずがないわけだ。こういう事故を減らそうとするならもっと泳ぎに対して多くの時間を割かないと。おぼれ死ぬことのリスクのために水泳の時間を減らした結果、社会人になって溺れるという。それはいいのか?と言う話。
ログインしてコメントを確認・投稿する