イランとイスラエルの12日間戦争は、双方停戦協定を守り、攻撃の応酬は確認されていない。地理的に離れた両国の戦いは、空軍の能力が問われていた。イスラエル軍の精密な攻撃により、イラン軍の施設は破壊され、幹部は命を奪われた。戦いにおいて、イスラエル軍が圧倒していたといえる。今回は停戦後のイランの外交にスポットを当て、最終第4章で核爆弾の仕組みを解説した。2024年にノーベル平和賞を受賞した「日本被団協」の核廃絶運動についても取り上げる。外交関係は、アゼルバイジャンとサウジアラビアを中心に紹介する。
目次
・第1章 イランとイスラエルの衝突後、被害の全容が明るみになる
・第2章 国民の多数がシーア派中心の隣り合うイランとアゼルバイジャンの外交関係を探る
・第3章 ハメネイ師の行方。アラグチ外相が奔走する。
・第4章 核開発の仕組み
前回 第11回 6月25日
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以下 第4章で取り上げた核開発の仕組み 関連日記
・2024年10月12日付 日本の被爆者団体がノーベル平和賞を受賞する 緊迫する中東レバノン情勢(10月8日から10月11日) 米国のカーター大統領、オバマ大統領 トルコのエルドアン大統領
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第1章 イランとイスラエルの衝突後、被害の全容が明るみになる
イランとイスラエルの互いのミサイルやドローンの応酬が繰り広げられた12日間戦争は、6月23日で米国のトランプ大統領により終結宣言が出された。互いに停戦協定を守り、目だった争いは起きていない。わずか12日間とはいえ、イスラエルは航空優勢を確保し、諜報機関モサドを駆使して、イランの革命防衛隊の幹部の居場所を割り出し、ピンポイントでの攻撃を仕掛けた。明らかにイスラエル空軍の強さ、諜報活動により、イランは大きなダメージを受けた。国内において、イスラエルのモサドと通じた人物を割り出し、逮捕・投獄し、迅速な裁判により、処刑している。交戦期間中3人、停戦2日目の25日にはさらに3人加わり、合計6人が、スパイ罪で命を奪われた。イランのIRGC系のファルス通信によると、同国の治安当局と諜報機関は、交戦中に700人余りを拘束したと報じている。
詳細 スパイ罪について BBC NEWS JAPAN 2025年6月27日付
https://www.bbc.com/japanese/articles/cgrxgnlgrrzo
イラン司法当局の報道官は30日、イスラエル軍による13日以降12日間の攻撃で、イラン国内で935人が死亡したと発表した。 国営メディアが伝えた。 子ども38人と女性132人が含まれる。イスラエル側も、12日間の交戦結果について軍部内で資料をまとめて、公開した。イスラエル国帽章は7月1日、弾道ミサイルの86%を迎撃し、無人機の99%以上を撃墜したと明らかにした。迎撃で150億ドル(約2兆1500億円)分の資産の被害を防いだと、防空能力を誇示する。
周囲をアラブ諸国に囲まれたイスラエルは、一段と防空能力を強化していた。長距離、中距離、短距離、それぞれ打ち込まれるミサイルにあわせて、防空システムが働く。長距離弾道ミサイルを迎撃する「アロー」、中距離用の「デイビッズ・スリング」、短距離ロケット砲や無人機に対応する「アイアン・ドーム」が機能した。イランから発射された500発以上の弾道ミサイルは主にアローで対応し、撃ち漏らした際にも備えている。小回りが利く1000機以上の無人機をアイアン・ドームで迎撃した。実のところイスラエルの防空能力は、アメリカの力も借りて、一団と強化されていたのである。ただしイラン側も、防空網を突くように、同時多発的に攻撃を繰り出した。全て対応できず商都テルアビブ近郊を中心に約50発が着弾し、29人が死亡した。
写真=6月13日、イスラエルの首都テルアビブ上空 アイアン・ドームが撃迎する。出展先 詳細記事 読売オンライン 2025年7月3日22時44分
https://www.yomiuri.co.jp/world/20250703-OYT1T50175/
イランへの攻撃の詳細についても明らかにした。無人機が数千時間飛行した末に、計500回に渡り、イランの軍事関連施設を正確に攻撃する。ターゲットを絞り込むうえで、昼夜問わずに作動する衛星システムを使い、数千平方キロメートルに渡って、写真撮影する。イラン領内を捉えた1万2000枚以上の衛星画像を利用して、数千の攻撃目標を設定した。イスラエル国防省のダニエル・ゴールド国防研究開発局長は「防衛産業と連携し、数十年かけて兵器システムを開発してきた」と成果を強調した。
経済的には少なからず被害を受けた。6月25日、被害額を100億シェケル(約4250億円)と見積もった。この額にはミサイルに被弾した建物の修繕費用や国内企業に対する補償金支払いなどが含まれている。使用した兵器や作動した防空システムを含めると、さらに費用は膨らむ。スモトリッチ財務相は記者会見で、戦争の総費用は120億ドル(約1兆7330億円)に上る可能性があるとの見方を示した。対照的にイスラエル中銀のヤロン総裁は25日のブルームバーグテレビジョンとのインタビューで、その半分程度程度と見積もった。2023年10月7日以降、ガザ地区のハマス、レバノン南部のヒズボラを含む戦闘により、軍事に多くの予算を費やしていた。イスラエル中銀は2025年の経済成長率を3.5%と見込んでいたものの、下方修正する可能性がある。軍事的負担が増したからこそ、スモトリッチ財務省は、ヨルダン川西岸地域の入植地拡大計画を進める方向を示しているのである。6月10日に、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ノルウェーからスモトリッチ財務省は、ベングビール国家治安相と共に、制裁を受けた。西欧からも次第にイスラエル離れは進んでいる。
詳細 12日間戦争の経済被害 Bloom berg 6月26日21時26分付
第2章 シーア派中心の隣り合うイランとアゼルバイジャンの外交関係を探る
イスラエルによるイラン攻撃において、実にピンポイントで狙った地点に空爆していた。イランは、西隣のアゼルバイジャン領空から、狙ったのではないかと、疑念を抱いていた。6月26日に、ペゼシュキアン大統領は、アゼルバイジャンのアリエフ大統領と電話会談を行った。アゼルバイジャンは、イスラエルに領空使用を許可したとの報道をきっぱりと否定した。イラン大統領府によると、ペゼシュキアン大統領は鵜呑みにせずに、イスラエル軍がアゼルバイジャンの領空から攻撃したことを調査するように求めたとのことである。アリエフ大統領は、「友好国であり兄弟国である国に対して自国の空域が使用されることを決して認めない」と断固とした口調で述べたという。
写真=2025年4月28日のアゼルバイジャンとイランの首脳会談の様子(左側ペゼシュキアン氏、右アリエフ氏) 出展:アゼルバイジャン大統領府 画像掲載元 詳細記事 イランとアゼルバイジャンの電話会談 時事通信 2025年6月27日午前8時44分
https://www.afpbb.com/articles/-/3585743
両国は、宗教的には国民の多数がイスラム教シーア派の主流十二イマーム派である。コーランの内容を厳格に解釈するイラン政府に対して、アゼルバイジャンはソ連に取り込まれた時代が長く、宗教色は濃くない。両国にシーア派が多い背景には、1501年に興ったサファビー朝に属していたからである。1826年から1828年に渡った第2次イラン=ロシア戦争終結に伴うトルコマンチャーイ条約によりロシア帝国はジョージアとアゼルバイジャンを獲得したのである。アゼルバイジャンの国民の91%はトルコ系のアゼル人だった。対してイランの主要民族は、ペルシャ人(61%)であるものの、その次はアゼル人(15%)である。アゼル人は国境を接する両国に跨って暮らしていた。外交関係において、両国は接点が少ない。アゼルバイジャンは、キリスト教のアルメニア正教会を信仰するアルメニアと係争地ナゴルノ・カラバフを奪還するべく、イスラエル製の武器を使用していた。イランは、ナゴルノ・カラバフについては干渉していない。
二国間の間でも決して良好ではない。2023年1月27日、在イラン・アゼルバイジャン大使館でのことである。アゼルバイジャン外交官1名が殺害され、そのほか2名が負傷する殺傷事件が起こった。身柄を確保された犯人は、2024年1月28日に、イランの裁判所にて、キサース刑(同害報復刑)の判決が下った。2025年5月21日に、アゼルバイジャン大使2名が同席の下、死刑が執行された。事件直後、アゼルバイジャン大使館の襲撃は、テロ行為だとアリエフ大統領は断じ、イランの裁判所の判決を全面的に支持する。ただし事件が起こった責任を、イラン政府に押し付けていた。在イラン・アゼルバイジャン大使を本国に召還し、外交関係を閉じようとしていたのである。一方捜査に当たったイランの司法当局は、事件の経緯について説明した。殺人の動機は、怨恨だと結論づけた。なぜなら犯人の妻がアゼルバイジャン人だったからである。イラン国内では、男性が優位な社会で、女性は従属的な立場に置かれる。犯人は、妻がアゼルバイジャン本国への帰国を防ぐ目論見があった。母国での生活再建を願った妻は、夫の隙を突いて、在イラン・アゼルバイジャン大使館に救いを求めて、訪ねてきた。事情を聞いたアゼルバイジャンの大使館の職員は、本国へと彼女を帰したのである。犯人は、失踪した妻の行き先は、アゼルバイジャン大使館だと睨み、襲撃を決意した。事件の捜査に当たったイランの司法当局は、犯人と妻の関係性から、無差別に殺人を犯す「テロ行為」ではないとの調査結果をまとめた。アゼルバイジャン側は、捜査の結果に納得がいかず、非難する。報復として、2023年4月に在アゼルバイジャンのイラン人外交官4人を追放した。
誠意を持って対応したはずのイラン側は、反動行為ととらえ、アゼルバイジャンの意向に反する政策をとる。アゼルバイジャンは、2024年1月1日に実質京都府程の広さのナゴルノ・カラバフ地域を実効支配下においた。アゼルバイジャン本国とアルメニアとイランの国境を挟み、飛び地「ナヒチェバン自治共和国」へのザンゲズール建設に反対する姿勢を示した。ナヒチェバン自治共和国は、人口の98%がアゼル人で占める。ナゴルノ・カラバフを掌握しても、本国とナヒチェバン自治共和国の間には、敵対するアルメニアを挟む。そこでイランに協力を得て、アルメニアには武力をちらつかせて、陸伝いに道を切り開く目的がある。力による一方的な現状変更を許せば、他国の領土侵害が起きて、地域情勢が不安定化する。イランは理解を示さなかった。
掲載元 中東調査会 2024年10月8日付
写真 掲載元 新潮社フォーサイト 2025年2月10日付 作成者:執筆者:国末憲人
https://www.fsight.jp/articles/-/51191
険悪なムードが漂った両国だが、2024年1月28日に、大使館の殺傷事件の犯人が死刑判決を受けたことで、転機を迎える。同年3月に、双方大使館の業務再開で合意に達した。在イラン・アゼルバイジャン大使館は、場所を移転することにより、事件と決別を誓った。両国の関係改善に向けて、2024年5月19日に、当時イランのライーシ大統領とアブドラヒアン外相が、アゼルバイジャン国内のダムの落成式に出席した。両国の共同出資事業の完成により、友好国としての証でもある。その帰り、イラン北西部の東アゼルバイジャン州にて、霧に包まれる中、搭乗していたヘリコプターの墜落事故に巻き込まれ、大統領と外相が帰らぬ人となった。
選挙戦の結果代わりに大統領に就任したペゼシュキアン氏は、法学者だったライーシ氏とは一転して、改革派だとアピールしていた。2025年4月28日に、ペゼシュキアン氏は、同国の大統領としては実に5年半ぶりに、アゼルバイジャンとの首脳会談に臨んだ。政治対話や運輸、投資、医療協力などの分野で、7つの協力協定を結んだ。5月18日から21日迄4日間の日程で、イラン革命防衛隊とアゼルバイジャン軍による共同演習「アラス2025」を行う。演習場所は、アゼルバイジャンが手に入れたナゴルノ・カラバフ地域であるる。経済的な焦点は、ロシアのモスクワとインドのムンバイを結ぶ全長7200kmの南北輸送の建設である。
写真=南北輸送の簡易地図 掲載元 大谷シッピング株式会社 2024年6月15日付
https://www.ohyashipping.net/transportation/article76/
南北輸送回廊の中継地にあたる両国は、全長162.5キロのラシュト=アースターラー間の鉄道建設の出資金について議論が欠かせなかった。現在まとまっていないとみられている。
政治的にも常に緊張状態に変わりない。2022年11月に、ウズベギスタンのサマルカンドで開かれた第9回トュルク諸国機構の首脳会合で、アリエフ大統領は、ポピュリスト的な発言をした。「アゼルバイジャン域外のアゼル人4000万人が、母国語での教育機会を奪われ、自由と安全確保へ特別な注意を払っている」
イランには、アゼルバイジャン本国を凌ぐ1000万以上のアゼル人が暮らす。イラン北西部の東アゼルバイジャン州を中心に分布するものの、独立を目指す動きはない。
イスラエルと軍事的につながっているアゼルバイジャンに対して、イランは神経を尖らせている。アゼルバイジャンの主要民族アゼル人は、本国以上にイラン国内に多く暮らす。互いに争いを起こさず、外交的に繋がることにより、民族の保護に繋がる。イラン政府も、アゼリ人を抑圧する動きはない。イランはイスラエルとの12日間戦争を経て、近隣国と外交関係修復に努めていく。
詳細 在イラン・アゼルバイジャン大使館襲撃事件について 公益財団法人 中東調査会 2025年5月28日 No.20 イラン:在イラン・アゼルバイジャン大使館襲撃事件の犯人の死刑執行
https://www.meij.or.jp/kawara/2025_020.html
第3章 ハメネイ師の行方。アラグチ外相が奔走する。
イスラエルとの12日間戦争の終結を受けて、6月28日に首都テヘランにて、空爆で亡くなった軍参謀総長や精鋭軍事組織「革命防衛隊」司令官ら約60人の葬儀が執り行われた。外国メディアを締め出し、国営メディアのみ取材が許可された。ペゼシュキアン大統領ら行政、司法、立法の長の姿はあったものの、最高指導者アリ・ハメネイシは欠席した模様である。停戦後の6月26日にハメネイ師は、ビデオ声明を出した際、どこかやつれているように見えた。暗殺を警戒し、地下シェルターにて側近に匿われて生活していたことが予想される。実際に人前に姿を見せたのは、7月5日だった。首都テヘランのイマーム・ホメイニ・モスクで行われた宗教行事にて、左手を上げて、聴衆へ健在振りをアピールした。翌6日は、シーア派最大の行事「アーシュラー」を控える。シーア派の3代目の指導者ハーシム家のホセインが、殉教した日だった。ホセインの死を痛み、月命日に儀式を行う習慣がある。アリ・ハメネイ師は、演説にて「イランはムスリム守護者が率いる世界的抵抗の中心軸でありシオニズムは虚偽戦線の主軸。イランは絶対虚偽戦線に屈服しない」と力説した。参加者は歓呼しながら、拳を振り上げて「われわれにはわれわれの指導者のための血が流れる」と叫んだ。
写真=式典に姿を見せたハメネイ師 詳細記事 掲載元 中央日報 2025年7月6日11時23分付
https://japanese.joins.com/JArticle/335892?sectcode=A00&servcode=A00
わが国は米国とイスラエルの言いなりにならない。アーシュラーの前日に、最高指導者ハメネイ師の下で、国民は結束力を高めた。
イランは外交関係でも動いている。7月6日に、アラグチ外相は、ブラジルのリオデジャネイロで開かれた新興国で結成したBRICSの首脳会議に参加した。出席したロシアのラブロフ外相と直接対面する。アラグチ外相は6月23日に、モスクワにてプーチン大統領と安全保障政策について協議していた。リオデジャネイロでラブロフ外相からイランの核開発問題を巡る紛争の解決に向けて、協力する意向を示された。
詳細 ロシアとイランの外相会談 Reuters 2025年7月7日午後1時32分
https://jp.reuters.com/world/us/KBTBQ7POGJNCPPOOV2I2UOAWKM-2025-07-07/
アラグチ外相は、休む間もなく、サウジアラビアのジッダに飛んだ。7月8日、サウジアラビアの事実上の最高権力者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子との会談にのぞんだ。米国とのパイプ役として、ムハンマド皇太子に期待を寄せ、安全保障政策においての核武装へ理解を求めたとみられる。なお同7月3日に、サウジアラビアのハリド国防省が、米ホワイトハウスにて、トランプ大統領と会談していた。親イラン組織のハマスやヒズボラが大きな痛手を蒙っている以上、地域大国との対話を進めた。サウジアラビアを味方につければ、アメリカとの間で橋渡し役として期待できる。ガザ情勢の収束に向けても、サウジアラビアを経由して、アメリカからイスラエルへと伝わる。後にアラグチ外相は、自身のXアカウントにて、ハリド国防省とファイサル外相とも会談したと、書き込んだ。イスラエルとの12日戦争を受けて、イランは安全保障政策の一環として、湾岸諸国との関係強化に努めている。
写真=7月8日に会談に臨むアラグチ外相とムハンマド皇太子 掲載元 日経新聞 2025年7月9日午前8時38分
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB090LG0Z00C25A7000000/
第4章 核開発の仕組み
外交を通じて、ロシアを初め新興国から安全保障政策に伴う核保有の必要性の理解を得た。親米国家サウジアラビアとは地域の安定化へ向けて協力を取り付けた。外交で一定の成果を挙げた段階で、7月8日付けの英紙フィナンシャル・タイムズへの寄稿で、国の立場を表明した。米トランプ政権から、イランの核開発を巡る協議再開の打診を受けていることを明かした。12日間戦争は終結したものの、イスラエルとの取り決めがなされていない以上、「対話に疑念を抱く理由がある」と率直に気持ちを打ち明けた。武力をちらつかせられながら、交渉を求められている立場上「脅迫下の対話は本物の対話ではない」と否定した。また2025年に入り、オマーンを挟んで米国と5度も核協議を進めてきたものの、イスラエルによって妨害されたと、訴えた。自国の核施設が、米国の標的になった事態を踏まえ、「核関連施設攻撃も国際法と核拡散防止条約(NPT)を毀損した」と批判した。
詳細 アラグチ外相の英紙フィナンシャル・タイムズへの寄稿文 THE SANKEI SHINBUN 2025年7月9日午前8時10分付
https://www.sankei.com/article/20250709-FZYWXGC7KJPYRO57VD6JOA7TJM/
イランは、核拡散防止条約(NPT)に加盟しながらも、原子力の平和維持利用を追及する権利があると主張した。国際社会が疑念を抱いたのは、核分裂を可能にするウラン235の割合を20%以上高めた「高濃度濃縮ウラン」を行っていることが発覚したからである。原子力発電所の場合は、ウラン235の割合が3%から5%、中性子がウラン238に吸収され、一定程度核分裂反応が起こる。制御棒によって、過剰中性子の割合を減らすことにより、歯止めがきく。一方高濃縮ウランの場合、不安定なウラン235の割合が20%以上に達する。日本の広島や長崎に落とされた原子爆弾を例にとると、ウラン235の割合が100%、中性子の数を抑える制御棒は搭載していない。ウラン235は分裂反応が起こり、中性子を放出する。大気中に水蒸気を含んでいると、中性子を吸収する、なぜなら水蒸気に含まれる水素原子核に中性子が衝突するからである。水素を構成するのは、陽子一個、中性子と重さは変わらない。従って水素原子核に衝突すると、中性子は陽子にエネルギーを与え、原子核の中に取り込まれる。大気中を満たすのは、酸素や窒素が主である。中性子を吸収作用が弱く、エネルギーを失わない。
写真=ウランの解説図 掲載元 日経新聞 2024年12月19日午前5時
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG189KY0Y4A910C2000000/
広島県は8月6日、長崎県は8月9日に原爆が投下された。夏間水蒸気量は比較的多いとはいえ、空は晴れ渡っていた。原子爆弾から放出された中性子と共に、高いエネルーで生成されるガンマ線も発生した。ガンマ線の光子の個数は4.5×1022個と推定される。また爆心地から1kmで遮蔽物なしの場合、推定100兆個の中性子を浴びたことになる。本来中性子線は少数であれば無害で、ピンポイントで病巣を狙う際に役立つ。全身をきわめて短い時間浴びると、影響を及ぼす。もちろんガンマ線は、桁違いにエネルギーが大きく、直撃すれば甚大な被害を受ける。
詳細 広島原爆の中性子線とガンマ線について 日本原水協より
https://www.antiatom.org/GSKY/jp/Rcrd/Basics/jsawa-22.htm
以下 ながさきの平和のサイトより
https://nagasakipeace.jp/search/about_abm/tokucho/
長崎に投下された原爆は、プルトニウム型の爆弾と判明している。放射性同位体プルトニウム239を火薬が取り巻いていた。大気中の酸素に触れると、内包する酸化剤と可燃物が反応を起こす。球状の殻(タンパー)が圧縮するに連れて、プルトニウム239が核分裂連鎖反応を起こす臨界状態に達する。中心の中性子源の崩壊により、一気にエネルギーが飛び出していく。てプルトニウム239の原子核分裂反応が起こる、インプロ―ジョン(爆縮)方式と呼ばれる爆弾だったのである。
写真=プルトニウム型原子爆弾の解説図 創価大学 8ページ中8ページ
https://home.soka.ac.jp/~kiriyama/2023-1/mikoukaironbun2023.pdf
長崎の場合、山がちな地形が幸いし、平地の広島に比べて、被害は抑えられた。戦後80年、被爆者の高齢化は進む。国際的にも、被爆者の先が長くないと危機感を共有する。ロシア軍によるウクライナ侵攻により、核使用が危惧される中、平和活動する団体がスポットライトを浴びた。2024年のノーベル平和賞は、被爆者で結成した組織「日本被団協」が受賞した。メンバーは、自身の活動が評価されて励みになり、受賞後の2025年6月18日に定期総会を開いた。前日の6月17日、イスラエルとイランの衝突を危惧して、「核施設への攻撃は許されない。停戦を求める」と声をあげて、早期解決を願った。
詳細 6月18日被団協の会議 NHK NEWS WEB 2025年6月18日付
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250618/k10014838251000.html
イランは、フォルドゥ、ナタンズ、イスファハンにある3つの核施設の攻撃を受けても、再生は可能とみられる。イラン政府の高官は、ロイター通信のインタビューにて、「攻撃を受ける前に、非公開の場所に移した」とことを明かしていた。IAEA(国際原子力機関)は、3つの核施設の域外にて「放射線の上昇は確認されていない」と報告している。アメリカは、「真夜中のミッドナイト・ハンマー」と題した核施設をターゲットにした軍事作戦を成功とアピールした。ホワイトハウスのレビット大統領報道官は、6月26日に記者会見にて語った。「米軍の攻撃前にイランの核施設で備蓄されていた濃縮ウランが別の場所に移された兆候はなかった」と見解を明らかにした。
原発でもウランの濃縮度合いは5%、対して原子爆弾は90%以上にのぼる。イランの核施設の濃縮度合いは60%、表向きに平和利用と訴えても、諸外国は納得しがたい。外交的な努力で、警戒心を説いていく。
イランは、元々周辺のアラブ諸国から警戒されていた。1979年にホメイニによるイスラム革命により、王制を倒して、共和制へと移行する。周辺のサウジアラビアはサウード家による一族支配を確立している。UAEやバーレーンを含め、王や首長が統治する国々は、イランのような革命勢力に神経を尖らせていた。世界の警察の役目を果たす米国と同盟国イスラエルを敵に回す以上、核武装へと踏み切ったのである。米国との接点を持つサウジアラビアを頼り、緊張関係を和らげようとした。中東情勢の鍵を握るイランは、安全保障政策において、不透明感を増している。
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