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2025年06月17日22:51

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内掛け、外掛け、内無双と、多彩な技で鳴らした大関だったが。

元力士、歌手の増位山太志郎さんが死去 享年76 「そんな夕子にほれました」などヒット曲多数
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=8353588
元大関で、歌手としても活躍した増位山太志郎、6月15日に亡くなる、ですか。父である元大関増位山大志郎が師匠の三保ヶ関部屋に入門、内掛け、外掛け、内無双、上手投げに上手出し投げと多彩な技で技能賞5回を記録、父と同じ大関に昇進、史上初の親子大関として注目を浴びましたが、父とは違い優勝には至らず、在位7場所で引退。父が画家として二科展入賞を果たした一方、増位山太志郎も画家として二科展入賞を続ける傍ら歌の世界で活躍、幕内下位にあった昭和47年に歌手デビュー、「そんな夕子にほれました」、「そんな女のひとりごと」のミリオンセラーを持つほどの存在となりました。
現役引退後は「小野川」の年寄名跡を襲名、後に父の定年により「三保ヶ関」を襲名して三保ヶ関部屋を継承、日本大学相撲部で活躍した学生相撲出身の小結濱ノ嶋(現在の尾上親方)、幕内肥後ノ海(現在の木瀬親方)などを輩出、エストニア出身の把瑠都(後に大関)、ロシア出身の阿覧(後に関脇)らを関取に育てましたが、濱ノ嶋(尾上親方)も肥後ノ海(木瀬親方)も分家独立、特に木瀬部屋は幕内優勝を果たした徳勝龍(現在の千田川親方)や宇良などの個性的な力士を輩出するまでになりましたが、当の三保ヶ関部屋については後継者を見出せず、平成25年、自身の定年に伴い閉鎖を余儀なくされました。
定年後、日本相撲協会を退職。歌手「増位山太志郎」として本格的に活動を始め、「無事に大相撲界を定年して、これからは歌で生きていきます。歌があること、次にやりたいことがある僕は本当に幸せ。相撲では大関止まりでしたが、歌謡界では横綱を目指します」とのコメントを発していましたが、「歌手・増位山太志郎」としての活動再開の一方、先代(父の増位山大志郎)の時代に第55代横綱北の湖敏満を輩出し、出羽海一門の「名門」の座を謳歌した三保ヶ関部屋を閉じる事となったのを、無念に感じていたのではと思いながら、その動きを見ていた記憶があります。
記事では、所属事務所のゴールデンミュージックプロモーションの発表として、
弊社所属アーティスト増位山太志郎(享年76歳)が、かねてより病気療養中のところ肝不全のため、さる令和7年6月15日14時38分永眠致しました。
ここに生前のご厚誼を深謝いたしますとともに、謹んでお知らせ申し上げます。
2022年12月、体調不調を訴え医師より敗血症と診断を受け復帰に向けて療養とリハビリを行なう為活動を休止しておりました。
増位山太志郎は最期まで活動復帰できることを強く望んでおりました。
相撲を愛し、歌を愛し、たくさんの方々に愛していただいた人生でした。これまで増位山太志郎を応援していただいたファンの皆様、全ての関係者の皆様に心より感謝と御礼申し上げます。
と紹介していますが、敗血症と肝不全で3年ほどの闘病の末、亡くなったのですね。
享年76とのこと。合掌。
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