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2025年05月30日03:41

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Selfとselfの違い

私が大学生の頃のことです。

人類は、人口の急増により、様々な問題、例えば環境破壊や、ゴミの問題などが浮かび上がっていた時期でもあり、軍産複合体の問題と共に、「人類は、どうして仲良く出来ず、しかも強欲から不道徳なことを平気で出来るのか?」という疑問から、まさに「人類のすべてを知りたい」という知的欲求の扉を、私は開きました。

私は、「人類のすべてを知りたい」という、一度開いた扉を閉めることは不可能で、私の知的欲求の熱い思いは留まることを知らず、元々本好きが高じて、まさに読書漬けの半生でした。

肝心の就職は、山本家と右近家のスペシャルリレイションシップにより、日本火災海上保険株式会社(現損保ジャパン)に入社することになります。1988年に完成した東京ベイNKホールのNKは、日本火災のことです。

入社以降、日本火災海上保険の右近保太郎会長のご自宅へ、私は新年のあいさつに毎年伺っていました。

私は、1989年の正月に会長宅に挨拶に伺った際、応接間で「どうしてNKホールの運営を始めたのでしょうか?」と質問したところ、「そうしたかったから」の一言で、会話はおしまい。

私は、ホールを運営することで、保険の本業と、どのような相乗効果を期待しているのかといった、そのようなことを伺いたかったので、大いに失望しましたね。その後、ケーキを食べ終わり、席を立つまで何を話せばいいのか戸惑うばかりでした。

新年のあいさつの際の会長は、いつも私という人間に全く興味を持たない様子で、私が何か質問しても、返答はいつもたった一言で、会話は途切れていました。会長は、東大を卒業後、東京海上に入社し、数年後に日本火災に戻り、ほとんど現場を経験することなく役員に昇格し、言うなれば「下々のことはよしなに」といった感じでしたね。

幼い頃から私は、神を主観的に認識していたこともあり、道徳や精神性の重要性を人生の柱にしていたため、『立身出世』と『金儲け』こそ人生の成功と考えることへの嫌悪感から、私は、右近会長の太鼓持ちとなるなどという気は、一切持ち合わせていませんでしたから・・・。

私は、「お天道様に恥ずかしくない生き方(Self)」と「いい子(self)」のはざまで、20年後、心身共にボロボロになっていました。一方で、私は「人類のすべてを知りたい」ため、政治、哲学、宗教学や、歴史などの知識の吸収は順調に進み、本を読む時間を、いつもワクワクし、生き生きと過ごしていました。

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