5月29日(木)
四方を海に囲まれた日本列島は希少な生物の宝庫として知られる。太平洋と日本海の沖合いにでれば、時にイルカとも出会う。
我々のイメージで、イルカといえば、知能が高くて、愛嬌があり、人に懐く。実のところ、うかつにイルカに近づくと、時に被害にあう。
この度、絵本作家の福武 忍さんは、自身のX(旧ツィッター)で、イルカとの接し方について注意書きをした。かつて水族館に勤務した経験から、イルカの暮らし振りを観察した立場として語った。体当たりをされると、衝撃は大きい。上下80本の歯を持ち、噛まれると、深い傷を負う。現に2022年に福井県では、ダイバーが、イルカに噛まれる被害が続出していた。
改めてイルカも野生動物の一種であることに気付かされた。
詳細記事 おたくま経済新聞 2025年5月29日(木)19時30分付
https://otakuma.net/archives/2025052909.html#google_vignette
「イルカ=友好的」は間違い!元水族館職員の絵本作家が伝えたい“危険性”
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=159&from=diary&id=8330516
主題< NHK ワイルドライフ ベストセレクション 「世界遺産知床半島に生きるカワガラスの一年」2014年放送 > 2014年放送 画像リンク無記載 番組より
今回、NHKで放送されているワイルドライフのベストセレクション、2014年に放送された世界遺産北海道知床半島の渓流に暮らすカワガラスに焦点を当てる。
目次
第1章 目覚めの春
第2章 雛鳥 巣立ちへ
第3章 短い秋、冬への備え そして春へ
舞台は北海道東部のオホーツク海に突き出た南北60kmの知床半島である。冬が長くて、夏が短い知床は、豊かな生態系が育まれていることから「世界自然遺産」に登録された。ブリザートが吹き付ける真冬、シベリアからオジロワシやオオワシが渡り、死んだエゾシカの肉を奪い合っていた。エゾシカは、冬になると普段単独で暮らすオスも、メスと子供の群れに加わり、辛うじて芽を出す笹の葉を食べている。初めて冬を迎えた子供や年老いた個体は、深い雪に足が埋もれて動けなくなり、しばしば命を落とす。亡くなったシカは、オジロワシやオオワシ、またはキタキツネの命を支えていた。春先冬眠から目覚めたエゾヒグマも、エゾシカの肉にありつき、消耗した体力を取り戻す。日本列島最果ての地で、動物達はひっそりと生きつづけていた。清らかな川に目を転じると、たびたび潜水を繰り返す鳥類が目撃される。体が真っ黒な姿から「カワガラス」という。今日は国立公園内で脇役といえるカワガラスの目線に立ちながら知床半島の一年を紹介する。
写真=カワガラス
第1章 目覚めの春
4月、気温の上昇に伴い、本格的に雪が溶け始め、湿地が誕生し、ミズバショウが芽を出す頃、動物達は繁殖期を迎える。冬の間凍結していた川には、全長20cm、体がこげ茶色のカワガラスが姿を現した。街中で見られるカラスと同じく、黒ずくめの羽を身にまとっていることから、その名がつけられた。実際、カワガラスは、街中のカラスとは全く異なる暮らしをする。住処は日本列島全域の渓流で、岩を飛び越えながら、昆虫を採取していた。時には、急流の中に身を投げて、嘴を大きく広げながら岩をどかして、トビゲラやカゲロウなどの幼虫を捕まえる。渓流生活を営む上で、カワガラスは他の鳥には見られない特長を備えていた。一つ目は、水中で魚の鰭の代わりを果たす翼である。翼の先端にある油分を出す尾脂腺が他の鳥よりも多い。首を反対方向に回して、嘴を尾の先につけて、油を羽毛にぬりこんだ。二つ目は、その脂分をたっぷり含む羽毛である。毛でびっしりと覆われた羽毛の隙間に空気を溜め込み、冷たい水温にも耐えられるようになった。三つ目は、体のサイズに不釣合いなほど大きい足の指である。足の指が巨大化すると、重心のバランスが良くなる。千葉県我孫子市鳥の博物館の標本を見ると、足の裏にはいくつも窪みがあった。藻に覆われた岩の上で、ブレーキの役割を果たすため、転落する危険がなくなる。食事のときは、羽を折りたたんで、岩床に激突しないように注意しながら飛び込んでいた。嘴を地面に差し込んで、岩の表面に足をかけて、体を支える。両足で態勢を整え、こまめに息継ぎをしながら、大きな岩もひっくり返すのだった。主食の水生昆虫以外にも、シロザケの稚魚を狙う。春先にいっせいに孵化するシロザケの稚魚は、流れが比較的緩やかな川の縁に固まる傾向が強い。カワガラスは藻の中に潜むシロザケの稚魚を嘴に加えると、まるでカワセミのように、岩に打ち付けて、骨を砕いてから飲み込んだ。

4月下旬、カワガラスに恋の季節が訪れた。オスのカワガラスは、岩の上に止まって、頭の動きに合わせながら、尾羽を左右に振って、メスに求愛する。メスは、オスの身のこなしを見て、パートナーにふさわしいか判断する。気に入ったオスの前の岩に止まり、鳴き声を上げながら、視線を斜め上に向けた。オスは、メスの動作を見て、瞬時に背中に飛び乗り、交尾を始めた。パートナーを形成すると、早速巣作りが始まる。卵を狙うキタキツネやオジロワシを警戒し、水が流れる滝の中を飛び込む。わずかな隙間に落ち葉を敷き詰めて、直径30cmの巣を作る。取材中に発見した巣がある場所は、ダムの決壊を免れるために作った水抜き穴である。親鳥は、水際で葉っぱを採取し、流れる水に押し流れそうになりながら飛び込んだ。他にも自然の滝の裏にも巣を作っていた。
5月下旬、気温が上昇し、水蒸気が立ち上り、辺り一帯霧に覆われた。湿った空気が山にぶつかって、尾根に流れ込んだ。湿った空気が森を包み込むと、地面に埋まっていた植物の種が発芽し、一面緑の絨毯が広がった。渓流には、メスと子供から成るエゾシカの群れがいた。産まれたばかりの子供は、母親に寄り添いながら草を食んでいた。急に一頭のメスジカが金切り声を上げると、体の向きを変え、一目散に薮の中に逃げ込んだ。産まれて間もない子供は、一歩も動かず、うずくまった。体を伏せて、身を隠そうとしたが、母親に突かれて、立ち上がり、遅れて逃げ出した。森の中から姿を現したのは、体調2mを越える食肉目クマ科のヒグマである。新緑の季節は、実ったばかりの果実を頬張り、冬眠中に消耗した体力を取り戻す。草を掻き分け、足場を選びながら、確かな足取りで斜面を下っていった。母親の後から、冬に産まれた2頭の子供が現れた。小熊は、母親の後を追い、草を突っ切り、斜面を滑り降りた。母親の足元で、兄弟同士で取っ組み合い、蓮の草むらの中に倒れこんだ。母親は、辺りを見回しながらオスグマを警戒し、子供達を引き連れて去っていった。
写真=メスのエゾシカ 写真=水生昆虫の生息時期を解説した図

その頃砂防ダムで子育てするカワガラスの親鳥は、滝の下で昆虫を採取していた。岩に囲まれた水の中に取り残された水生昆虫が格好の獲物だ。巣を作り始めてから月日がたつに従い、水にも慣れてきて、獲物を加えたまま滝に飛び込んでいく。一日に何度も滝の裏と川原を往復したものの、未だに水の流れに押し返されることもある。雛は、親鳥の苦労を知らず、成長と共に餌の要求が激しくなる。親鳥は雛の期待にこたえるべく、夫婦が揃って狩りに出かけ、5分に1回は巣に引き返す。雛が巣立ちを迎えるまでおよそ20日、親鳥は自分の食べる分を削って、餌を与え続けた。
日本各地の渓流に棲息するカワガラスは、縄張り争いが激しいことで知られる。一個体辺りの縄張りの範囲は1kmだが、北海道の知床では300mに収まっていた。なぜなら、日本有数の渓流スポットは、水生昆虫の密度が高いからである。現に川の中に入って、網で土を掬い上げると、沢山の昆虫が見つかる。知床の特徴として、河口付近でも上流域に生息する生き物が暮らしている。大都会を流れる多摩川を例にとると、源流から20kmの地点にある青梅市以北で棲息が確認されている。次第に川幅が広くなり、流れも緩やかになっていく。ここ知床では、上流域から下流域まで川幅は変わらず、水の流れも速い。川の源流域は標高1000m付近に位置する。雨によって森から流れ出た土砂をそのまま海に流し込む。川の縁の部分には、秋に落ち葉がたまり、水生昆虫の格好の住処となった。水生昆虫が葉っぱを削り取って食べた証拠に、葉脈だけが残される。カワガラスの獲物となるカツツトビケラの幼虫は、落ち葉を切り取って筒状に編み、中に隠れた。落ち葉の上には、シマトビケラの幼虫が網を張り、落ち葉のくずを引っ掛けている。いわばカツツトビゲラの幼虫の食べ滓を、シマトビゲラの幼虫が糸に引っ付けて、口の中に入れるのである。体内で残り滓は、全て分解されないまま、排泄物として外に出ていく。窒素やリンに変わり、藻の大量発生に繋がる。
写真=ウルマーシマトビゲラの幼虫 掲載元 国土交通省 北海道開発局 旭川開発建設部
https://www.hkd.mlit.go.jp/as/tisui/ho928l0000000ro5.html
食物連鎖の最底辺の藻が群生すると、トゲマダラカゲロウやヒラタカゲロウが集まる。2種のカゲロウの幼虫は、岩に足をかけて、岩ごと削るように藻を口の中に運ぶ。草食の水生昆虫の繁殖に伴い、肉食の昆虫が姿を現す。アミメカワゲラの幼虫は、落ち葉や藻を食べる幼虫を捕まえていた。水生昆虫の棲息密度が高い渓流は、カワガラスが最も暮らしやすい場所である。カワガラスは、普段単独行動を営み、それぞれ縄張りを持ち、頻繁に潜水を繰り返して、水生昆虫を捕えていた。
天敵の目から逃れたセスジミドリカワゲラの幼虫は、羽化を迎えると、水の中から這い出し、岩を登り、殻を脱ぎ捨てる。20分かけて、体に張り付いた羽が伸び始め、体全体が乾くと、初飛行をする。辺りの岩場には、こうしたカワゲラの幼虫が脱ぎ捨てた殻が点在していた。
写真=セスジミドリカワゲラの幼虫が羽化する様子
体が黒く染まっているマダラカゲロウの幼虫は、背中に亀裂が生じ、水面まで浮上する。亀裂が完全に開くと、中から新しいからを身にまとった成虫が姿を現す。羽の部分を延ばし、足を使って、近くの岩まで泳いで、飛び始めた。成虫になると、結婚飛行を行い、わずか数日の命を終える。
水生昆虫の一年を表にまとめると、春から夏にかけて、羽化していることが分かる。カワガラスは、この時期になると、潜水の回数を減らし、体が柔らかい羽化寸前の水生昆虫を捕まえて、一飲みにしていた。北海道の渓流を代表する全長20cmのイワナ科のオショロコマも水生昆虫を糧に暮らしている。カワガラスと同じく、本来は上流に生息するものの、知床の川には中流域まで分布域を広げた。口を大きく開けて、急流に巻き込まれたカワゲラやカゲロウを吸い込んでいた。
写真=オショロコマ
体力の消耗を最小限に抑え、昆虫を中心に捕らえている。獲物を巡るライバルとなるカワガラスには、攻撃を加えて、追っ払っていた。じっと待っているだけでは獲物が手に入らないと、尾鰭を振って水中から飛び上がり、成虫になったばかりのトビゲラやカゲロウを捕えるという。オショロコマは、日本で北海道のみに生息し、一部の個体は海へと向かうという。
第2章 雛鳥 巣立ちへ
6月、梅雨がない北海道では、水辺に咲く柳がいっせいに綿を飛ばし、風に乗って空へと舞い上がっていた。砂防ダムで巣を作ったカワガラスの雛は、親鳥に誘われ、渓流の縁の岩の上にいた。葉っぱがひさしになり、直射日光から遮られると共に大きな鳥から身を隠す。本能のまま、岩の上を歩いて、水の中に体を浸かった。足をばたつかせながら、すぐそばの岩へと泳いで渡り、天辺まで上った。一羽で泳ぎの特訓をする雛に、親鳥がせっせと獲物を運んだ。巣立った若鳥は、親鳥の力に頼らず、餌をもらいながら、泳ぎや潜水の特訓を重ねる。体が小さい分心臓に負担がかかり、水に慣れることから始めていた。
知床の山々が緑に包まれる6月、高い山の頂では、チングルマやミネズオウなどの高山植物が最盛期を迎える。花々を求めてオオルリが子育てを始めた。夏に北海道やシベリアで繁殖し、肌寒くなる秋に北国を離れ、赤道付近の東南アジアへ渡っていく。長い旅路の過程で東京にも寄り、春と秋に渡り鳥として観察される。北海道各地に暮らすエゾシカは、子供が大きくなり、母親と共に野原を駆け回っていた。キタキツネは、緑一色に覆われた草むらの中から2匹の兄弟が姿を現した。キタキツネは、観光客に餌付けされ、日本列島本州に棲息するホンドギツネと比べると、警戒心が薄くて、昼に活動することから、人々の目に留まる。映画化もされ、一般の人々にもなじみのある動物になった。
海辺では、生後2年を迎えたカラフトマスの大軍が集結していた。本能から産まれた川の匂いを嗅ぎ取り、互いに競い合うように川を上り始めた。ひと夏で川を遡上するサケやマスは1千万匹以上に達する。このサケが遡上する時期を見計らって、冬に備えて狩りをするヒグマが集まる。母熊は、川の中に足を踏み入れ、体を押し合いながら流れを遡るサケを掴み取った。子供は、手掴みしようと奮闘する。沢山のサケから狙いが定まらず、両手を川の中に入れても、失敗する。サケの表面は粘液で覆われ、手が滑りやすくなっている。母熊は手と足と口を使って、サケを狩っていた。表面がぬるぬるしているサケを足でしっかり押さえ込み、口に加え、小熊に渡していた。カワガラスもサケの後を追っていた。水の中に体を浸かり、羽を折りたたんで、頭を突っ込み、足で水を蹴って、深さ1mまで潜り始めた。水中でも目がしっかり開き、岩の裏をひっくり返し、ピンセットの代わりを果たす嘴で卵をつまみとった。辺りで見張り番をするサケの攻撃を恐れ、卵を加えると、すぐに水中から飛び上がり、岩の上に降り立った。秋になると、カワガラスの2倍の大きさになるシノリガモが北国から飛来し、同じくサケの卵を狙って、競い合う。シノリガモも潜水能力が優れ、嘴で川床を探り、同じくサケの卵をくわえ取っていた。シノリガモは、カワガラスよりも心臓が強く、長い時間水中で無呼吸状態が続き、砂を巻き上げながら、岩をひっくり返して、卵を次々と捕える。卵の番をするサケは、辺りに目を配り、シノリガモに突進して、遠ざけていた。シノリガモもサケの襲撃をかいくぐるべく、一端陸地に戻り、再び潜水する。産卵で体力が消耗したサケは、シノリガモやカワガラスの手に負えなかった。一方この年巣立ったばかりのカワガラスの若鳥は、水の中に潜り、サケの目を盗んで、卵を掠め取っていた。陸地に上がって、安心したのか、嘴から卵をこぼして、水中に落としてしまった。若鳥は、自分の力で潜水技術を獲得し、卵の採取に勤しむ。
写真=カワガラスの若鳥 写真=チングルマ
秋になると、ひんやりと冷たい風が森の中に吹き込む。朝晩は氷点下まで下がり、霜が降りる。川霧が森を包み込む中、エゾシカのオスが歩いていた。春先落ちた角は、夏の間栄養を取って少しずつ生えてきて、秋に最大限の大きさになる。成熟年齢に達した5歳以上のオスは、角を泥の中に差し込んで、葉っぱにこすり付けた。角の表面を磨き上げると、大きな声を出して、縄張りを主張した。同じく成熟したオスが、声を頼りに、ライバルの居場所を察知し、メスを巡って、勝負を行う。両者の体のサイズが互角だった場合、戦って決着をつける。2匹は接近し、後ろ足で立ち上がり、角をぶつけ合った。複雑に枝分かれした角を絡ませ、根元の部分を押し合う。角の先端部分を相手の体に直接突き刺すことはなく、どちらかが引くまで、戦いを続ける。エゾシカのメスと子供の群れは、縄張りを勝ち取ったオスを受け入れ、冬の間共に過ごす。
第3章 短い秋、冬への備え そして春へ
渓流で暮らすカワガラスは、冬に備え、卵を採取していた。サケやマスは、産卵から10日たつと、体力の消耗が限界に達し、卵を守る気力がなくなり、岩床でじっと目を閉じている。川の流れに逆らえず、岩に当たって、浅瀬に打ちあがり、口をパクパク開閉して、酸欠状態を示すものもいた。サケやマスは、産卵で全ての力を出しつくし、稚魚の姿を見ることなく、命を落とす。ヒグマの子供が、楽にサケの死骸にありつき、尻尾の部分を足で掴み、歯を立てて、皮を割き、中身を取り出した。サケの骨の部分は残り、微生物に分解され、やがては土に帰っていく。全ての生き物の命は、森に帰るという、原住民アイヌの民話の世界通りだった。
11月、山肌は氷が張り、明け方は厳しい気候に適応したマツ科の植物の葉に霜が降りる。12月になると、山の麓も雪に覆われ、1月にはオホーツク海から流氷が到来する。渓流も雪に閉ざされていた。狩場を失ったカワガラスは、渡りをせず、一年と通して川の流域に止まる。川の河口まで移動し、吹雪を受けながら凍結を免れた川の中に飛び込み、少ない昆虫を捕える。流域部には、毛皮目的で移入されたイタチ科のアメリカミンクが潜んでいた。外来種のアメリカミンクは、気性が荒く、限られた水場で獲物を探すカワガラスに不意打ちをかける。カワガラスは、氷を踏む足音を聞いて、慌てて逃げていった。川の水が凍りつき、獲物となる魚や水生昆虫が不足し、食糧不足に直面する。秋にサケやマスの卵を食べて、たんぱく質を取り、厳しい冬の寒さに備えていた。
写真=アメリカミンク 掲載元 Bird Life 身近にいる外来種 2014年11月4日付け
https://tokyo.birdlife.org/archives/world/3192
3月に雪が溶け始め、渓流域に緑が芽吹く頃、独り立ちした一羽のカワガラスが現れた。生後一年を迎えた若鳥は、成鳥と比べると、嘴はやや短い。独り立ちを始めた夏から潜水の特訓を重ね、水の中での生活にも慣れ、昆虫を漁っていたのである。水中では羽を羽ばたいて、深く潜り、岩床を探って、昆虫を摘み上げていた。
四季折々装いを変える知床半島は、標高1200mから1600mの山の頂と大海を77本の川が結ぶ。最高峰は羅臼岳の標高1661m、続いて斜里岳が標高1547mである。他に海別岳が標高1491m、硫黄山が標高1562mになる。山の峰々は、860万年前に始まった海底火山の名残といわれている。陸上の火山活動は25万年前に始まった。硫黄山は、現在でも噴気を上げ、江戸時代には、純度の高い融解硫黄の採掘が試みられた。明治になると開拓使のお雇い外国人ライマンが調査を行った。本格的な操業は明治時代と戦前の二度行なわれている。昭和11(1936)年の噴火では、噴出した硫黄がカムイワッカ川に流れ、河口までを黄金色に埋めつくしたという。現在は活火山といえども休止状態で登山もできる。硫黄を噴出した新噴火口では、めずらしい硫黄の針状結晶が見られる。
知床岬周辺は、古い海底火山の溶岩が崖をつくり、長い年月をかけて浸食されたため、複雑な形をした奇岩が多い。斜里町ウトロ側に目立つ垂直な断崖は、現在の火山の溶岩でできたもので、フレペの滝周辺の幌別(ほろべつ)台地は羅臼岳、知床五湖がある岩尾別(いわおべつ)台地は硫黄山の溶岩が流れた跡である。
写真=知床の山々の解説図 掲載元 日本の地形千景プラス 北海道:岩屑なだれでできた知床五湖(堰止湖)
https://www.web-gis.jp/GM1000/LandMap/LandMap_02_004.html
日本列島の中でも高緯度地域に当たる知床は、寒さが厳しく、本州では2,500m以上に分布する高山植物が、標高1000mの場所に生えていた。川の源流は羅臼岳に38本、斜里岳に39本もある。急勾配を流れる川は、幅が狭くなり、流れが一段と早くなる。カワガラスは、清らかな水を称える渓流域に年間を通して住み着いていた。知床の渓流は、縁の部分に落ち葉がたまり、雨の日には水嵩が増し、土砂と共に海に押し流す。豊かな森の土壌が海の食物連鎖を支え、川で生まれたサケやマスの命を育んでいた。サケやマスは生後2年になると、知床川を遡り、ヒグマの襲撃を受けながら、産卵を始める。無数のサケやマスの卵は、冬に備えて栄養をつけるカワガラスやシノリガモの糧になる。2種の鳥の目から逃れた卵は春先稚魚が誕生し、海へと下っていく。
写真=成長したカワガラス 写真=知床の景観

開発を免れた知床半島は、後世に残すべく、自然保護団体が保全運動をはじめた。生物の多様性と希少種の多さから、1995年には世界遺産に登録された。今では夏を中心にエコツアーが実施される。遠めながら、ヒグマが闊歩し、エゾシカが群れを作って大地を駆ける姿が目撃される。日本列島で最も面積の広い国立公園で、カワガラスを初めとした生き物達は、今日も人知れず、ひっそりと生きている。
知床の地形は、知床自然センターのホームページを参考
http://center.shiretoko.or.jp/shiretoko/ 知床半島の自然史
http://www.hokkaido-jin.jp/issue/sp/200507/sp_01.html
以下 直近のワールドライフやダーウィンが来た!のレポート
・2025年4月28日付 オーストラリアのコアラ
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989865779&owner_id=32437106
・2025年4月24日付 オーストラリアのディンゴ
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989841093&owner_id=32437106
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