<2025年第4回、第5回 丹沢山麓秦野市を中心とした旅>
ZARD坂井泉水のゆかりの地、2025年丹沢山麓秦野市を中心とした旅の第4回目と第5回目、テーマ曲は、1995年8月28日に16作目のシングルとしてリリースされた「サヨナラは今もこの胸に居ます」である。暑い夏場に発表されているものの、歌詞の内容から、春先にぴったりなナンバーに仕上がっていた。主役の若者が、故郷に残してきた恋人を思いながらも、今置かれた状況を前向きにとらえ、順調に歩んでいく様子が見えた。早咲きの河津桜に始まり、主役のソメイヨシノの開花まで、どこか懐かしい里山の旅を描く。
写真=ジャケット 写真=ミュージックビデオの一場面

舞台 3月9日(日)小田原市、松田町、厚木市、秦野市、
3月20日(木・祝)東京都調布市、稲城市
3月23日(日)伊勢原市、秦野市
3月30日(日)東京都稲城市、神奈川県川崎市多摩区
前回 第2回、第3回、2月23日(日)24日(月・祝)テーマ曲「for ever you」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989514440&owner_id=32437106
前年同期 2024年3月17日(日)テーマ曲「season」
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動画 トリビュートバンド SARD UNDER GROUND版
第1章 春の始まり
朝方訪れたのは、小田原市の根府川、相模湾沿いの急峻な崖地は、みかん畑が続く。土壌が豊かで、適度に酸味があり、甘さは程よく抑えられているという。海沿いには、国鉄時代の名残となる昭和レトロな木造駅舎が建つ。真っ青な海と青空に溶け込むようにパステルカラーに染まっている。簡素な作りをしているとはいえ、木のぬくもりから、懐かしさを抱く。

地元では、相模湾を望む風光明媚な里山に彩を添えるべく、オカメザクラを植樹した。花言葉は「あなたに思いを託します」を意味する。濃いピンクの花びらが、太陽光を受けると、艶やかに微笑んでいるかのように、人々を包み込んだ。高尚で優雅な姿に引き込まれた。
歌詞「サヨナラは今もこの胸に居ます」は、春先新居へ旅立つ前の若者の心情を綴っている。 全詞掲載
「地下鉄の駅ひとつ乗りすごし 見慣れた町を横切ったら 星空を数える頃 あなたの部屋にあかりが」
新生活を迎えるにあたり、身近な場所を覚えることから始める。慣れないうちは、つい最寄り駅の感覚さえ身につかない。構内から外へ出て、慌てて一駅先で降りたことに気付く。下車予定の駅の方角へ徒歩で戻る際、住宅街の中の明かりに誘われた。
「もし あなたがいつか 独りになって 私の事を思い出したら すぐ連絡してね」
別れた恋人が、いつでも帰ってきて、と連絡してくれた。何かに躓いて、悩んだりすると、郷愁に浸る。
「好きだから 追わないと心に決めたの」
新生活へ踏み出してすぐに連絡すれば、臆病な自分を見せてしまう。「便りがないのはよい便り」のことわざの所以の通り、今置かれた環境に溶け込めば、過去を振り返らないはずである。
小田原市根府川は、静かな時間が流れている。みかん畑が点在する崖地の舗装されたつづら折の道を上ること、人工林の中から、木造の古びた小屋の輪郭が見えた。日差しが届かず、木の隙間越しに、外観をのぞく。煙突の形をした排気口はあるものの、ガラス窓がなく、小屋のような佇まいだった。林を抜けた先には、春の使者といえるミツマタが顔を出した。海辺の駅舎から一歩崖の中へ進むと、樵が住むような昔話の世界、俗世間を離れた閑寂な境地に浸った。

傾斜地に位置する沢沿いの「離れ宿 星ヶ山」は、ファミリー世帯のキャンプを兼ねた宿泊施設。天然木を素材にしたログハウスの外観は、飾り気がなく、素朴で、山里の風景に程よく調和する。春先は、枝がむき出しの状態の中、園庭に咲くピンクの岡目桜や真っ赤なツバキが、季節の変わり目を教えてくれる。

沢沿いには、4人がけのテーブルが設置されていた。情趣に富む水辺の景色は、心理的負担を和らげ、ストレス軽減の効果が期待されている。敷地の端には、海に浮かべるボートがロープに繋がれていた。咲き始めの岡目桜越しにのぞくと、より船体が引き立った。山深い宿の敷地内とはいえ、崖を下ること、1km先は相模湾が広がる。山と海が接する、急峻な日本列島を象徴する光景だった。

あぐりパーク嵯峨は、急峻な崖地に設けられた民間の管理施設、足元には真黄色の菜の花が育ち、河津桜と遅咲きの枝垂れ梅が咲く。そこは「ユートピア」と表現できる程、色彩豊かで、さわやかな空気に包まれた。眼下には、酒匂川によって削られた足柄平野を望む。光風霽月、平野部から吹きつける風を受けて、気持ちもさっぱりとした。

サビの歌詞へ。
「サヨナラは今もこの胸にいます。出会った頃の 私でいたい」
別れた際時の自分は、今も存在する。新居へ旅立つ前と気持ちは変わらなかった。
下り道を駆け下りる際、自分自身を振り返っていた。
「あなたと歩いた 思い出の中を 今はひとり あの道を辿っています」
彩り豊かな花を求める旅、今自分ひとりで歩き続けていた。
<Aメロ終わり>
一段標高が低い西平畑公園内は、河津桜の木から葉っぱが伸び始めていた。傾斜地を生かして、桜並木のスロープ沿いには、真黄色の菜の花も咲き誇る。隙間なく蔽う木々により、風が遮られ、直立の姿勢をとっていた。シンボルとなる真っ白い円形の建物、ハーブガーデンは、平野からもひときわ目に留まる存在だった。

その次に移動した厚木市の中心、本厚木駅から北へおよそ1km、小鮎川沿いの一角に位置する河津桜並木は、枝先にびっしりとピンクの花びらをつけていた。和モダンスタイルの建物を背景に、ピンクの花びらが写った1枚は、住人達の暮らしを包み込むような温かさを感じる。「花を添える」の言葉通り、人々の豊かな感性をはぐくんでいた。

隣の秦野市は、桜の町として、アピールを展開する。河津桜を皮切りに、岡目桜、ハルメキザクラ、ソメイヨシノ、八重桜と順々に咲く。秦野駅南口から徒歩5分、今泉名水桜公園では、脇役の寒桜が花びらを残していた。池には、越冬中のオカヨシガモが羽を休めていた。葦原には、ウグイスが地鳴きを繰り返していたる。葦から葦へ小刻みに移動する中、リズムよく音程をとりながら、声を出す。ソメイヨシノが咲く頃、枝先で「ホーホケキョ」と美声を響かせて、人々に本格的な春の到来を告げる。
3月9日の最終舞台は戸川公園、遅咲きの梅が残る中、河津桜の可憐なピンクの花々が、林立する。橋桁の麓では、遊具を使う子供たちのはしゃぎ声が響く。水無川の水位は、子供たちの踵程度に収まる。標高1491mの塔ノ岳を始め、丹沢山塊に抱かれ、自然の恵みを享受しながら、思い思いの時間をすごしていた。

水無し川沿いから人の気配がなくなる夕暮れ時、風のつり橋に装飾されたLEDランプが点灯する。河津桜並木にも、光が当てられた。闇夜に浮かぶ風のつり橋は、凛とした趣を感じることができる。ピンクの花びらがが、格調高い石造りの橋を引き立てた。暗闇の中のライトアップは、心が奪われる瞬間だった。

3月20日(木・祝)
舞台は東京都調布市神代植物公園、丁度椿ウィークとオオカンザクラの開花が重なった。オオカンザクラの花言葉は「心の美」、まさしく清らかで澄んだ瞳の作詞者坂井泉水を彷彿とさせる。椿園は、早咲き、中咲き、遅咲きが、程よく混ざる。地面に落ちた花びらは、はかなくて、哀愁を誘う。一方真っ赤な花は、新年度を迎える春先、旅立ちへの期待感を表していた。

遅咲きがわずかに残った梅園では、モズが枝先にとまっていた。秋に高鳴きを繰り返して縄張り宣言したオスは、春一番に子育てを迎える。地面に飛び込んで、数秒間じっと動かずに踏ん張った。やがて羽を広げて、止まり木へと戻った。草地に潜む虫の狩りに失敗したのか、尾羽を震わせながら、落ちつかないように辺りを見回していた。別名小さな狩人といわれる通り、尖った嘴でネズミを捕まえる。古くから稲作をしていた人々を見守ってきた。
その日の夜景撮影地は稲城市みはらし緑地、標高は150m、京王相模原線の若葉台駅から傾斜地に建てられた住宅街を俯瞰した。青みを帯びた空の下で、明かりが灯る様子から、温かい家庭像を思い描いた。
第2章 早咲きの桜を求めて
3月23日(日)
午前6時50分台、伊勢原市大山の麓、起伏のある旧道の両脇に、比較的ほっそりとした岡目桜の木が続く。登ってきたばかりの朝日を浴びて、ほんのりとした赤く染まった花びらは、優雅で、華やかな香りに包まれた。


電車とバスを乗り継ぎ、秦野市の蓑毛へと足を伸ばした。標高761mのヤビツ峠、標高1280mの伊勢原市大山への登山道の分岐点に位置する山深い集落である。ヤビツ峠へと向う登山道には、春の使者ミツマタが群生していた。一本の茎から複雑に分かれる細枝の先に、黄色いボール状の花をつける。チアリーディングのボンボンを髣髴とさせるほど、丸くて柔らかく、ふさふさしている。腰をかがめて、見上げると、不思議な光景に写った。

一本の幹から、細枝が複雑に枝分かれして、伸びていくのである。その先のボール状の黄色い花びらに、木漏れ日が差し込んだ。鮮やかな黄色い花が、訪れる人々に、微笑みかけてくれるようだった。
ミツマタの群生地から、沢沿いに進み、髭像の滝には、2株のハナネコノメが顔を出した。背丈はわずか5cmから10cm、岩肌にしがみつき、白い4枚の萼片の中から8本の朱色の雄しべが伸びる。茶色の無機質な岩肌の中の小さな紅点から、「恥ずかしがりや」の花言葉どおり、どこか遠慮がちで、物静かな「草食男子」の姿とも重なった。

登山道の入り口脇の蓑毛バス停付近、大日堂の敷地内には、遅咲きのしだれ梅とツバキが残っていた。椿の花言葉は「控えめなやさしさ」や「誇り」、その名の通り、桜の主役ソメイヨシノが咲く前、殺風景な景色に、彩を添えた。大きな山々に抱かれる中でも、日差しが降り注ぐことにより、疲れも吹き飛んだ。
写真=大日堂 写真=ワクワク広場にて

沢沿いの「桜ともみじのわくわく広場」にて、玉縄桜が見頃を迎えていた。鎌倉市大船フラワーパークで発祥した同品種は、早咲きの品種の中で河津桜や岡目桜よりも、開花期間が長いという。ソメイヨシノと比べるとピンクの色合いが濃い。日差しを受けると、より透明感が増す。花言葉は「高尚・純潔・心の美・優れた美」、まさに包容力のある母のような存在だった。
偶然散策していた地元の蓑毛自治会のメンバーに声をかけられた。近年シカの急増により、農作物が食い荒らされる被害に悩まされるようになったと打ち明けた。畑にはシカやイノシシ避けの柵で囲い込む。今朝方、桜並木を挟んで対岸の茂みにて、山から下りてきた小鹿対峙として、犬をけしかけたと、教えてくれた。増えすぎれば、下草が食い荒らされ、土砂災害を招く。定期的にシカを駆除することにより、生態系のバランスが保たれる。訓練された番犬に噛まれて、引き倒された若い小鹿には、確かに同情する、その死を無駄にしないため、血貫をして、食肉として再利用する、としっかり答えてくれた。間もなく、遺体の引取りをする業者に来てもらうという。さすがに、実際茂みの中を分け入って直接見る気にはなれなかった。気分を変えるため、自宅に植えたという「クリスマスローズ」が育った庭へ案内してくれた。蓑毛自治会は、植栽を通して、町おこしを行っている。観光客に対しても親切に持てなすことにより、リピーターを獲得する。
その地元民に案内してくれた通り、地元で樹齢30年を越える一本の巨木、淡墨桜を公開している個人宅へと向った。実のところその主とは、昨2024年11月から12月、同じ蓑毛地区にある古民家「緑水庵」で顔を合わせている。さすがに急な訪問は、ためらってしまう。現にコンクリートで均された入り口付近では、子どもたちがキックボードの練習をしていた。玄関口で躊躇していると、家の主が出てきてくれた。私はわざわざ経緯を説明して、公開前の庭を見せてほしい、と要望した。私と対面したことにある主人は留守だという。私は、出てきてくれた年配の方に、庭の見学を許可してもらった。庭の入り口には、ハナモモが実をつけていた。桜の木を支えるかのように、足元には真黄色の菜の花が育っている。下準備はすでに出来て、開花を待つのみだという。
庭のはずれには、神代曙桜が花を咲かせていた。個人宅とはいえ、自治体が管理する庭園のように、スケール感に溢れる。先ほど自宅の庭に案内してくれた主は、淡墨桜の木に登り、手入れしたとのことである。蓑毛の人々は、後世へ文化を伝える取り組みを継続する。過疎化が進む地域にて、温かいもてなしを受けて、主役の淡墨桜の開花へ期待が高まった。
Bメロの歌詞は、心機一転した主人公の姿が見える。
「久しぶりにこんなに笑った 笑うことさえ 忘れてた」
花を求めて散策するうちに、達成感に包まれた。今の自分を評価することにより、過去と決別する。
「誰かに必要とされたいから 誰かの為にガンバってる」
我々人は、常に互いを意識し、影響しあうことにより、社会生活を営む。秦野市内は、植栽を通して、人と人がつながっている。
緑水庵にて、お弁当タイムをとる。丁度裏手のログハウスの敷地内には、鮮やかな黄色のミモザが花を咲かせていた。たった一つの花といえ、房が長くて濃い黄色の姿は、客を案内する看板代わりになる。風を受けて、房は柔らかい音を立てながら、揺れていた。静謐な空間の中、旅人にささやきかけているかのようだった。
サビの歌詞へ
「サヨナラは今もこの胸に居ます いつも笑顔で隠していたけど」
人間誰しも秘め隠しておきたいことがある。こうして自由気ままに出歩くことにより、リフレッシュできる。
「夏が過ぎるたび この胸がいたい 夜はとてもとても 長く感じるのです」
海水浴客でにぎわう夏のビーチ、昔の自分は確かにそこにいた。涼しくなる秋に、幾分冷たい風を受けて、なぜか心が刺激された。
<Bメロの歌詞 終わり>
緑水庵は、花びらを落しかけた河津桜の木が、シンボルとなる。奥ゆかしい日本母屋は、間口が広く、風が吹きぬけた。
お昼を食べて、エネルギーが沸き起こると、バス通りを下った。寺山の石庄庵前の春めき桜、西田原地区の田原ふるさと公園、曽谷の葛葉の家を訪問した。ランニングしている最中にも、春めき桜に度々出会う。ピンクの花びらが枝先にまとまって咲く。花言葉は「精神的な美しさ」や「美人」、人々は、春に桜を愛でる習慣から、楚々として、清らかな女性を想像していた。寺山地区では、近隣の南足柄市から移植した春めき桜並木が続く。ソメイヨシノと比べて、ボリューム感がある花びらに、人々は立ち止まって、視線を注いだ。気温が上がる中、メジロも活発に枝から枝へと移動し、蜜を採取した。山里の春は、暖かさやぬくもりを抱く、古来の日本を代表する風景だった。

午後3時、渋沢地区の平和橋から、戸川公園へかけて、水無し川沿いの岡目桜並木を散策した。工場が林立する中、まっすぐ前を見つめると、足元の黄色い菜の花と、ほっそりとしたピンクの花を付けた岡目桜が相まって、渇水寸前の川の装いを一変させた。

戸川公園内においても、岡目桜の木がところどころ育つ。シンボルとなる風のつり橋の麓を流れる水無川沿いには、ミモザの花が咲いていた。

砂に覆われた中、黄色の房が目印になる。西洋建築の風のつり橋と、ミモザのコラボレーションは、公園を印象付ける1枚となる。コブシの花も丁度咲き誇っていた。日の光を白い花びらが吸収することで、幾分まぶしく感じてしまう。水のせせらぎが聞こえ、子どもたちの遊び声でにぎわう中、着実に花が咲き出していた。風のつり橋とほぼ同じ高さで、岡目桜と、もう一つコブシの木が植えられていた。それぞれの花に彩られると、一段と風格を帯びた。

公園内のバス停側の、通り沿いには、コブシの花がおよそ100mに渡って林立する。より人々と同じ目線に立ち、花弁の奥までのぞける。澄んだ春の青空の下、枝先にびっしりと花をつけた。まさに春光天地に満ちる季節となった。
第3章 神々しい富士山 主役のソメイヨシノの季節へ
午後4時前に、駅構内の秦野観光案内所を訪れた。朝型8時30分頃うかがった際には、花の開花状況について聞いた。今回は、ブランド品「丹沢サイダー」を戴いたうえに、お馴染みの職員から、観光協会が非公表の情報まで戴いた。秦野市内は、人々の暮らしと自然が程よく調和する。駅から徒歩5分、新興の一戸建て住宅が並ぶ今泉地区、あらい湧水公園は、小さな敷地ながら、自然環境の修景や環境保全を目的に、緑化を進めた。河津桜の木は、葉っぱが伸びているとはいえ、残った花びらに、淡い夕日が当たった。昼間の青色からオレンジへと明度差が最も大きく、彩度も高くなる。やさしい色合いから、開放的で前向きな気持ちを抱かせた。
石楠花の株も着実に膨らんでいた。沢のそばに咲くミツマタは、黄色から白色へと変色していた。住宅地の一角の小さな公園とはいえ、水遊びからボール蹴り、花の観賞まで、楽しみ方は多岐に渡る。市の活性化に向けて、移住環境を整えていた。
線路を渡り、水無川沿いの秦野市役所前から午後5時30分前後のダイヤモンド富士を狙う。川に隣接した地形上、建物の隙間から頂をのぞく。建物に併設した2階建ての立体駐車場から望遠レンズにて、富士の頂に沈む夕日を狙う。
空は雲ひとつないとはいえ、若干霞がかっていた。スタンバイ中太陽はまぶしく感じられたものの、沈みゆくにつれて、クリアにその形をとらえられた。頂の真上に落ち込むと、残光により、扇型を保ったオレンジの輪郭が浮かんだ。

末広がりの形をした演技の良い富士山頂に夕日が沈む、いわゆる「ダイヤモンド富士」は、金運アップに繋がると古くから信じられてきた。集った人々も、ほっと一息ついたかのように、カメラやスマホを下げて、帰途につく。

私は、水無し川を渡り、渋沢丘陵・今泉の高台へと上る。日暮れ時に、秦野盆地から灯る明かりを一望した。日中汗ばむ陽気だったものの、丹沢山地から吹き下す風により、さすがにTシャツ1枚では肌寒く感じた。根をしっかり下した菜の花は、風にあおられ、お辞儀しながらも、凌いでいた。市の中心となる秦野駅は確かにビルが犇く。一歩郊外へ行くに連れて、緑が迫る。ZARDの坂井泉水は、都市部から離れた秦野市内で、自然の息吹を感じながら、スポーツや芸術に励んだ。彼女の思いは確かに息づいていた。
3月30日(日)
前日の雨から一転して、昼間は青空がのぞいた。東京都稲城市、神奈川県川崎市多摩区の桜スポットをめぐった。
猛禽類のハヤブサ科のチョウゲンボウの里、稲城市上谷戸親水公園は、多摩丘陵の面影を残す。上谷戸大橋のふもとに、水車小屋を復元し、沢から流れる水を引き入れた。田んぼには、春先苗を植えて、夏場にかけて成長を見守り、秋に収穫を行う。小さな敷地ながら、自然体験エリアとして、後世にその役割を伝えていた。

夜間ライトアップを行う三沢川沿いの桜並木を下見して、神奈川県川崎市多摩区、JR南武線宿河原駅に程近い、二ヶ領用水へとお花見スポットを移した。川幅が狭い分、両岸に育った桜の花びらが接しあう。線路沿いでは、南武線と桜のコラボショットを狙う人々が、場所取りをしていた。桜の中を駆け抜ける列車は、爽快感が漂う1枚となる。

多摩区生田緑地、日本民家園は、懐かしき日本母屋が並ぶ。敷地内の信越の村の江向家を背景に咲くミツマタは、甘い香りを漂わせていた。一方で、椿の木は、濃い赤色の花をつけた。古きよき日本の伝統母屋は、昭和の人々の暮らしを今に伝えている。

緑地の天辺に位置する標高84mの枡形山展望台は、周囲一体の平野部を見渡せる絶景スポット、黄砂の影響で視界はやや霞んでいた。花冷えとなった一日の中で、残っている蕾も膨らみ始めていた。多摩丘陵の東端の一角に位置する緑地は、高低差があり、探検感覚を味わえる。まさに都会のオアシスと呼べるスポットだった。
午後6時から、稲城市の三沢川の稲城市役所前でライトアップが行われる。昼間の世界は、太陽光に照らされ、花びら一枚一枚がやさしく、包み込むような温かさを感じる。


Cメロのサビへ。
「サヨナラは今もこの胸に居ます。出会った頃のあなたでいてね」
花びらに誘われ、自分自身も懐かしい過去が蘇ってきた。
「楽しかった事 苦しかった事、そしていつの日か あなたから 卒業します」
確かに思い出に浸ることにより、精神的負担は和らぐ。今は新年度に向けて咲き出すサクラの花びらを通して、新しい自分になる決意を固めた。
<歌詞 終わり>
空が青みを帯びたトワイライトタイム、建物の外観を白黒のモノトーンで統一した稲城市役所を、ライトに照らされた桜の花が縁取る。人口の光と、自然の桜が作りだす風雅な光景は、今や都市部を中心に演出されている。時間の経過と共に暗くなっていく空とは対照的に、地上で輝きを放つ桜の幽玄美は、立体アートの世界のようである。若いカップルも、子連れの散歩客も、場所を譲り合いながら、桜の花に感情移入した。

決まった時期に咲く花は、鏡のように、人々の心を映し出す。それぞれの思いを胸に、旅立ちの春を迎えた。
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