■【速報】俳優・西田敏行さん死去 東京・世田谷区の自宅で 76歳
(TBS NEWS DIG - 10月17日 13:15)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8060300
西田敏行、亡くなる、ですか。仕事を終え、直ぐにNHKのラジオニュースに合わせるや、「福島の復興を後押しした」とか、「76歳の生涯を閉じました」とかと、初っ端から訃報のニュースで、「福島」、「76歳」と聴き、もしやと思ってスマホでネットニュースを見ると、「西田敏行、亡くなる」と。東京・世田谷区の自宅で倒れているのが見つかり、警察により、その場で死亡が確認されたとか。心筋梗塞の罹患歴があり、それを機に禁煙したことも話題となりましたが、自宅のベッドからの転落で首を痛めて頸椎亜脱臼と診断され、腰椎の一部を頸椎に移植する手術を受けたり、胆嚢炎の発症など、近年は健康面の問題を抱えながらの俳優活動だったようですが、今日(10月17日)も仕事の予定が入っていた中だったようで、まさに「急死」だったようです。
「西遊記」、「池中玄太80キロ」などのテレビドラマや「敦煌」、「学校」、「釣りバカ日誌」シリーズなどの映画作品で大きな存在感を示し、NHKの大河ドラマで12作品に出演、うち4作品で主演するなど、日本を代表する俳優の一人と言っても過言ではないくらいな人で、歌手として大ヒットとなった「もしもピアノが弾けたなら」も印象的なシーンとなった感がありますね。
この人のキャリアで印象的と言うか、特筆すべきなのが、やはりABCテレビの「探偵!ナイトスクープ」の2代目局長でしょう。初代局長の上岡龍太郎が芸能活動から身を引いた後、空席の期間を経て平成13(2001)年の1月から令和元(2019)年の11月まで約19年弱の長きにわたって「局長」を務め、その涙もろさから「泣きの局長」として人気を博した存在でした。そのことは広く知られますが、既に「日本を代表する俳優」としての地歩を固め、スケジュールが多忙であった「大物」が、人気番組ながら基本的に関西ローカルであり、関東地区ではテレ朝ではなく都県域の独立系U局が遅れネットで放送していた(テレ朝が放送していた時期もあったが)バラエティー番組の司会者を務めるなど、まず“あり得ない話”と見られていた中、番組のファンであり、かつ阪神タイガースのファンでもあると言うことで、時間を要したものの2代目の局長を引き受けたことは、当時大きな話題となったものでした。
私は東京の人間なので、西田敏行時代のこの番組に接したことは1〜2回ぐらいしかありませんが、クールなキャラクターの上岡龍太郎とは異なり、「涙腺のデリケートさ」が“持ち味”な局長と言うことで、新たに人気を高めた面もあるのかもしれません。「番組を好きになってくれている人」だからと言うことで、支持も高まっていたのでしょう。
その間、平成30年に「旭日小綬章」を受章したこともありましたが、19年弱も続いたことで、ネット(特にスマホ)全盛の中で存在感を示し続けることにも繋がったのではと思います。降板の折、その理由について「上岡局長のときに見てたテイストっていうのは、大阪人のエスプリを根底にして、深い時間に大人のおっちゃんがチビチビやりながら楽しんで、乾いた笑いを求めていた。そのテイストを大事にしようと思ってて、何かの拍子に泣いちゃった。それからどんどん感動巨編的な依頼が増えて、ちょっと初期のころのコンセプトと乖離してる気もした。乾いた笑いも、ちょっと濡れた感動も一緒になるような番組で令和は進んでいってほしいと思い、私が辞すること、そういうことが可能になるのかなと思った」としていますが、一方で、健康面や年齢も理由に挙げ、「新幹線での隔週来阪が「肉体的にはだいぶ、しんどくはなってきていた」としていたとか。番組のことをしっかり理解していてこそな発言と認識しましたが、心筋梗塞以降、健康面の問題を抱え、意識しながらの芸能活動だったのが、窺えます。
私の母が6年前から心筋梗塞を患っていて、今年亡くなりましたが、亡くなったのは「急死」であり、他人事には思えないと感じました。
それにしても、初代局長の上岡龍太郎が昨年に亡くなり、「最高顧問」だったキダ・タローも今年に亡くなった。上岡龍太郎とキダ・タローに“喚ばれた”のでしょうか。享年76とのこと。合掌。
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