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2024年07月14日20:41

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UEFA EURO2024企画(12)オランダ天文学、プラネタリウムの産みの親エイシンガ、ホイヘンス、ヤン・オールト 21cm輝線 準決勝 第2試合 オランダ 対 イングランド戦レポート

UEFA EURO2024企画(12)

 第1部に3章に渡ってオランダ天文学を、第2部に準決勝 第2試合 オランダ戦 対 イングランド戦のレポートである。

 前企画(11)準決勝第1試合 スペイン 対 フランス戦レポート 欧州議会選挙とフランス下院議会選挙戦 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987978752&owner_id=32437106

第1章 プラネタリウムの父 エイセ・エイシンガ

詳細 サライ.jp 2020年6月6日 https://serai.jp/tour/393523 文:倉田直子 
写真 掲載元 世界遺産マニア https://worldheritage-mania.com/heritage-royal-eise-eisinga-planetarium/

1744年にオランダのフリースランド州の州都レーワルデンの西外れの小さな村ドロンリプに、羊毛梳毛業者の家庭に生まれたエイセ・エイシンガは、家業を手伝いながら、数学や天文学を学んだ。小学校のみ通い、中学への進学は諦めたものの、既に15歳には数学の本を執筆している。早熟の天才は、家々が少ない村社会で、毎晩空を見上げる習慣があった。小さい頃から、父親に星について聞かされていたという。

 転機は30歳のときだった。1774年5月に、不思議な天文現象、太陽、水星、金星、火星、木星と衛星月の軌道が重なると予言されたのである。惑星同士が直列に並ぶ状況を「軌道共鳴」という。当時の人々は、他の惑星の重力作用により、地球に変化が起こると恐れていた。宗教家は、地球滅亡を意味する「終末論」を唱え始めた。未知の現象に遭遇すると、人々は不安に駆られ、神に救いを求める。

 エイシンガは、3つの惑星と一つの衛星が、直列に並ぶような偶然性には否定的だった。人々に安心感を与えることができれば、秩序が保たれ、経済活動も活性化する。彼は、7年をかけて、惑星の運行表示を示す機械を作り上げた。
今なおエイシンガの運公表が作られた機械装置と共に、部屋も保管されている。シーツのカーテンがかかった窓枠、天井付近には、円を象った模様が並ぶ。アカデミックな空間は、時を経ても色合せることはなかった。
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 当時の生活観を残すエイシンガの自宅は、「ロイヤル・エイセ・エイシンガ・プラネタリウム」の名称で、町の観光名物と化す。現存するプラネタリゥムでは、世界最古となる。

 彼が7年をかけて作った装置には、1万本の釘鉄を打ち込むことにより、歯車の回転が規則的になる。1781年に完成すると、人々の前にお披露目した。縮尺は1兆分の1、水星、金星、地球、火星、木星、土星が、同時に回転する。人々は、それぞれの惑星に見立てた球体が、周回運動する様子を固唾を呑んで見守った。惑星同士が直列に並ぶ状況は、きわめて低いと、人々は信じ、安堵感を抱いた。
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 1825年に所有権がイギリス王を兼ねるウィレム一世に移り、翌1826年にエイシンガが亡くなり、息子ヤコブが引き継いだ。時を経て、2023年に世界遺産に登録された。

第2章 望遠鏡の誕生、そして観測へ、光とは何か?

天体観測の際必須のアイテムとなる望遠鏡が誕生したのはオランダだった。1608年のこと、眼鏡技師としてお店を営んでいると、遊びにきた子供が、2つのレンズを組み合わせている様子から、ヒントを得た。レンズとレンズを組み合わせると、遠くの物が見えることにひらめき、実際作成して、オランダの国会に特許を申請した。原理が単純すぎて、特許は受諾されなかったものの、代わりに報奨金を得られた。オランダの望遠ガラスと呼ばれる当時の望遠鏡では、肉眼の3倍の感度だったという。

 望遠鏡は、改良を重ねられ、分解能が上がり、より遠くのものをはっきりと見えるようになった。

もう一人、オランダが誇る天文学者は、クリスティアーン・ホイヘンス(1629年4月14日―1695年7月8日)である。

詳細記事 CANONのページ https://global.canon/ja/technology/kids/history/05_christiaan_huygens.html

詳細記事 写真掲載元 理論物理入門 ホイヘンスの原理
https://manabitimes.jp/physics/1881#google_vignette


彼自身も、夜空を観測する習慣があった。兄のコンスタンチンと共に、レンズを作る技術を取得した。長さ3,6m、倍率50倍の望遠鏡を駆使して、1655年に土星に衛星や環があることを突き止めたのである。

科学の発展にも貢献した。我々の世界を明るく照らす「光」の性質に迫った。61歳時の1690年に刊行した書物「光についての論考」の中に詳しく解説している。一点(波源)を中心に、点波源から円形に広がっていくと説いたのである。式「t+Δt 」で波面を導き出す。
時刻が t→t+Δtt→t+Δt に移り変わると、広がっていく波(元源波)は、重なりあいながら直進する。
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ホイヘンスの原理は,素元波の「先端」をなめらかに繋ぐ包絡面が時刻 t+Δtt+Δt での波面になるとの結果を導き出した。
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波は各時刻 tt において常にホイヘンスの原理に従いながら次の瞬間 t+Δtt+Δt における波面を形成して伝播している。
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一連の光の進み方について「ホイヘンスの原理」という。光は波のように広がり、干渉しあうことを明らかにしたのである。

 1836年に、フランスの学者フレネルが、ホイヘンスの原理を修正した。波が進行方向に形成され、回折現象について説明したのはホイヘンスである。フレネルは、素元波が後方に形成する包絡面が現れるか、否か、独自の理論を打ち立てた。

フレネルは波面は素元波の合成波として形成されるとひらめいたのである。後世の科学者は、フレネルによって、波の理論が完成したと見ている。新たに「ホイヘンス=フレネルの原理」ともいう。

 ホイヘンスは、まっすぐ進む光のエネルギー源についても触れている。エーテルと呼ばれる非常に小さくて堅く、重さのない物質によって後押しされていると考え付いた。後に光自身が、物質の最小単位素粒子のひとつ、光子(フォトン)と呼ばれる電磁気力に力を与える「ゲージ粒子」の一つと解き明かされたのである。先代の知恵が、後の科学者へと受け継がれ、新たな謎に迫っている。


第3章 ヤン・オールトの功績
 
 写真 リンク 無記載 天文辞典 オールトよりhttps://astro-dic.jp/oort-jan-hendrik/

 オランダの天文学者で、現代でも名を残す一人は、ヤン・オールト(生誕:1900年―1992:没)である。太陽系の構図を明らかにするため、地道な観測を行ってきた。恒星太陽との距離1光年から1,6光年の距離には、オールトの雲と呼ばれる仮説上の領域がある。ヤン・オールトは、西暦1950年に、200年かけて太陽の周りを一周する「長周期彗星」の観測から、起源説について提唱した。学会にて、太陽の重力が辛うじて及ぶ外縁部に、球殻状に取り巻いている領域があると発表したのである。

 写真=晩年のオールト
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 探査機が開発前の時代、ヤン・オールトは、地道に天体観測を行ってきた。出身はフリースランド州だった。エイシンガが作成した最古のプラネタリゥムにも影響されたことが想像できる。クローニゲン大学に進学し、カプタイン教授の下で学んだ。カプタイン(生誕:1851年―1922年:没)は、ユトレヒト大学にて学び、天文台にて観測した。1897年に、太陽から2番目に近い赤色矮星バーナード星に次いで、固有運動が大きい星を発見した。名づけてカプタイン星という。1902年には初めて、その星自身が持っている明るさを表す「絶対等級」を表した。星自身の固有運動から、2つの方向に分かれて、動いている様子も発見した。1904年には、「二重流説」と題し、銀河自身の回転運動との関連性について解説する。

 カプタインの教えを基に、ヤン・オールトは、天の川銀河の構造の理解に勤めた。1922年にはアメリカのイエール大学へ転籍し、極運動の研究にも携わった。1924年にライデン大学へと移り、2年後の1926年、高速度星の詳細な観測によって、学位を得た。はれて研究者の道へ進み、恩師のカプタインと共に、新たにスウェーデン人の天文学者リンドブラッドの理論を引き継ぎ、銀河系の構造の解明に挑む。リンドブラッドは、母国スウェーデンのウプサラ大学卒業後、アメリカのリック天文台とウィルソン山天文台に所属した。全天観測サーベイから、恒星の固有運動を詳細に測った。中心部に勢いよく動く星の存在から、一つの考えにいきついた。「銀河系は共通の軸の周りを回転する2つの系からなる」
 
ヤン・オールトは、1927-28年に、リンドブラッド(B. Lindblad)の銀河回転仮説を検証した。銀河系(天の川銀河)は、球状星団に代表されるゆっくり回転する大きなハローと、高速で回転する銀河円盤(ディスク)の二つの成分からなることを実証した。もう一つ、星の運動に関する規則性も明らかにする。銀河円盤中の太陽近傍の星の回転を定式化した。オールト定数呼び、2パターンに分かれる。観測される星の固有運動と視線速度から銀河系が回転していることを、観測と数式によって導き出した。恩師カプタインの「二星流説(恒星の運動がランダムでなく、反対方向の 2 組の流れに分かれる)」とリンドブラッドの仮説を参考に、銀河系の構造の解明に努めた。

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 天文学会は1929年に転機を迎える。リンドブラットと同じく、ウィルソン山天文台に勤務していたエドウィン・ハッブルが、当時完成したばかりの口径2,5mの反射望遠鏡を使い、当時銀河系内とされたアンドロメダ星雲の距離を観測していた。距離の算出に使用するのは、明るさが変わる変光星である。そのメカニズムは実に複雑である。星の基本燃料は水素である。その水素が枯渇すると、中心核でヘリウムの核融合反応を起こす。変光星は、寿命を迎えつつある星であることを示している。2階電離したヘリウム層が、大気表面近くに達し、振動することにより起こる。恒星のスペクトル型と光度の分布を示したHR図において、セファイド変光帯と呼ばれる帯状の領域を横切っていた。いわゆるセファイド変光星は、膨らんだり、縮んだりを繰り返す際、明るさが変わるのである。短期は1日、長期は200日に上る。変光周期から絶対光度をもとめ、 見かけの明るさと比較することで、その銀河までの距離をはじき出した。その結果、アンドロメダ星雲は、銀河系外であることが判明したのである。当時ハッブルは、暗い偏光星のみを利用したことで、そのアンドロメダ星雲との距離80光年と算出していた。後の研究者により、230万光年と修正されている。彼が毎晩夜空の星々を地道に観測した成果が、人類の宇宙へのスケール拡大へと繋がったのである。

詳細日記 ハッブルの法則について 2021年11月7日付 �ぞ湘陳�西平畑公園とコキアの里で昼時を過ごすより https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1980792726&owner_id=32437106

 写真 左 1923年にハッブルが望遠鏡で観測したアンドロメダ銀河 右上端のVAR!は、変光星だったことに気付き、書き加えた。
 写真 右 可視光ハッブル宇宙望遠鏡と赤外線すばる地上望遠鏡で撮影したアンドロメダ銀河 掲載元 sorae 2022年5月29日付 
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天文学が飛躍的進歩した時代、ヤン・オールトの次なる目標は、電波での観測だった。第二次大戦終了前から星間中性水素原子の研究に励んでいた。共同研究者であったユトレヒト大学の学生ファン・デ・フルストは、中性水素原子が波長21cmの電波(21cm線)を放射あるいは吸収することを予言したのである。この電波輝線は1951年にアメリカのユーインとパーセルによって検出された。すぐにオールトの研究グループもとらえている。21cm輝線は、21世紀天文学においても、銀河内のガス分布図の作成、または遠くの銀河の距離を測るうえでも役立つ。波長の長さが幸いし、地球の大気も透過することにより、地上の望遠鏡でも観測が容易である。ヤン・オールトが属する研究グループは、オーストラリアの天文台のグループと連絡をとりあい、銀河系における中性水素ガスの分布図作成に挑んだ。北半球と南半球では、観測領域が異なる。天文学において、国際協調が必要な理由の一つは、ネットワークの拡大に伴い、観測範囲が拡大することにある。

写真=21cm輝線で観測した天の川銀河
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21cm輝線は、水素が中性状態を保つ必要性がある。星形成が活発な領域では、水素が電離していることにより、21cm輝線は出ない。確かに星が誕生する瞬間は捕らえられないとはいえ、その周辺には中性化しているガスが存在する。2つの天文台が協力し、渦巻構造、銀河中心部、ガス雲の運動などを明らかにした。太陽が天の川銀河の中心から3万光年ほど離れたところにあり、その軌道を一周するのに2億2,500万年かかると算出した。天の川銀河の質量は太陽の1000億個分にほぼ等しいことも明らかにしている。天の川銀河(銀河円盤)の回転は差動回転であることも示した。
またヤン・オールトは、かに星雲からの電波が偏光していることを見出し、シンクロトロン放射であることを確認した。シンクロトロン放射とは、光速に近い速度の荷電粒子(主に電子)が磁力線の周りを円運動しながら進むときに放出される電磁波の一種である。1947年に電子シンクロトロン(電子加速器)で始めて観測された。放射光は、電子のエネルギーが高いほど指向性の良い明るい光となる。電子が高エネルギーを得て、進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになる。活動銀河核の中心にあるブラックホール周辺からのジェットは、シンクロトロン放射で電波を出す。

写真=ケンタウルス座A銀河 中心のブラックホールはシンクロトロン放射をしている。掲載元 天文学辞典 シンクロトロン放射より
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 ルネッサンスの中心だったオランダは、文化や芸術、学問が盛んだった。日本各地に存在するプラネタリゥムの先駆けとなったエイシンガ、光の性質に迫ったホイヘンス、太陽系の構造に迫ったヤン・オールトは、オランダ人である。先人の研究を引き継ぎ、現在天文学者は宇宙創世記に迫っている。
 

 2部 <準決勝 第2試合 オランダ 対 イングランド>

 リンク 無記載 掲載元 Mail online 7月11日0時25分
https://www.dailymail.co.uk/sport/football/article-13611283/England-vs-Netherlands-Euro-2024-semi-final-Live-Result.html

日本時間7月10日(水)28時、準決勝 第2試合 オランダ 対 イングランド戦が、ドルトムントで行われる。過去の両者の対戦成績は、9つの引き分けを挟み、オランダの7勝に対して、イングランドは6勝だった。直近では、第1回2018−2019ネーションズリーグ、リーグA FINAL4 準決勝で顔を合わせた。オランダが、3対1でイングランドに勝利した。

             前半戦スタート

 右エンドにイングランド、左エンドにオランダが入り、イングランドボールで始まった。
開始6分、オランダは、ハーフウェー・ラインの若干後ろで、右サイドバックのドゥンフリーズが、トップのメンフィスを走らすように柔らかいボールを送った。3バックの左に入るゲイがヘディングでクリアし、センターのポジションに付く2枚のうちの1枚ライスがフォローする。果敢にオランダのトップ下に入るシモンズが体を寄せて、ボールに障る。バランスを崩したライスからボールを奪い、そのまま態勢を崩さずにドリブルすると、エリアすぐ外から右足でシュートを打った。瞬時に横とびしたGKピッグフォードの右指を掠め、左ネットに突き刺さった。1対0.大会6試合目で初ゴールのシモンズは、ボール奪取からフィニッシュまで高い個人技を発揮した。

写真=シモンズのゴール:Photo by Michael Regan – UEFA/UEFA via Getty Images
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 イングランドは12分に、トップのハリー・ケインが、ゴール25m付近から右足でシュートを打った。微妙に揺れながら左ネットに落ちていくボールを、瞬時に体を倒したGKフェルフルッヘンが、サイドの方向へはじき出した。フェルフルッヘンは、球筋を正確に見極め、ボールの勢いに負けず、無難にセーブした。

 続くイングランドは13分、ハーフウェー・ライン付近から、2列目左のヴェリンガムが、ゴールからおよそ30m下がったケインにボールを入れる。ケインは、右サイドを上がるサカを使う。サカに対して、左サイドバックのアグが対応する。サカはステップを踏みながら、アグの間合いを外して、中へ切り込み、中央からシュートする。デ・フライの足に当たって、球が浮く。即座に反応したケインが、重心を左に傾けながら、右足でシュートする。ブロックに入った右サイドバックのドゥンフリーズに接触して、倒れた。ケインが足を痛めて倒れ込む様子から、主審は駆け寄って様子を見た。競技場内で待機するビデオ・アシスタント・レフェリーは、現場に立つ主審に、映像の確認を要請する。ドゥンフリーズは、遅れて対応した分、直接ケインを蹴っていた。一連のプレーをピッチの外に設置された映像で検証した主審は、イングランドにPKを告げる。ファウルを犯したドゥンフリーズにはイエローカードが出た。

 写真=PKの判定が下ったシーン 掲載元 ESPN 2024年7月11日付
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 キッカーはハリー・ケイン、GKフェルフルッヘンは、キャリアで12回PKに対応して、セーブは1回のみである。ケインは、ステップを踏みながら助走して、右足を振りぬいた。素早くピッチ上を弾んだボールに、GKフェルフルッヘンの右手はわずかに届かず、ネットを大きく揺らした。1対0.コースは完全に読まれていたものの、球のスピードが上回った。

 写真=PKゴールのシーン 左側掲載元 TSN 7月11日付 
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 勢いに乗るイングランドは22分、センターの1枚メイヌーが、ドリブルでパスコースを探しながら駆け上がり、センターバックのファンダイクと左サイドバックのアグの間から飛び出るフォーメンにスルーパスを出した。フォーメンは、後ろ側にきたボールに、左足を伸ばしてタッチすると、前に持ち出した。GKフェルフルッヘンの位置を見て、パスコースを探す。後ろからファンダイクがブロックに入るが、接触を避けた。フォーメンは、ゴールライン方向へとボールを持ち出し、角度が厳しいところから、右足のインサイドで、ネットに向ってボールを転がした。GKフェルフルッヘンはボールに届かなかったものの、ゴールラインギリギリで、PKを与える失敗を犯したドンフリーズが右足のつま先で止めた。即座に、左側へ蹴りだした。

写真=ドン・フリーズが、ギリギリでボールをとめるシーン 
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主審は、両手を水平に伸ばして、セーフの判定を下す。大会のシステム上、ゴールラインテクノロジーが採用されている。ボールに埋め込まれているチップによって、ゴールラインを超えると、反応する仕組みだった。

 リズムは完全にイングランドに傾いている。トップのケインが引いてボールを受けると、2列目の右フォーメン、左のべリンガムにスペースが開く。フォーメンは38分に、右サイドのサカからボールを預かり、左足でシュートを打った。カーブを描いたボールは、左ネットをしっかり捉えた。球のコースを予測していたGKフェルフルッヘンは、体を倒しながら、冷静にキャッチした。オランダは、劣勢ながら、中央でマンマークを意識し、強固なブロックを築いた。前半は1対1で折り返した。オランダが先制しながらもイングランドはペースを崩さずに、すぐに同点へ持ち込んだ。オランダは、波状攻撃を耐え、後半に建て直しを図る。

 後半戦へ

 後半、右にイングランド、左にオランダが入り、オランダボールで残り45分が始まった。立ち上がりは、両者共落ち着いていた。オランダのクーマン監督は、前半の終盤に、イングランドの2列目(メイヌー、ベリンガム)対策として、中盤を3ボランチ(右ラインゲルス、中央スパウテン、左フェールマン)に気味に変え対応していた。ドリブルでの切り込みを得意とするメイヌーの動きを抑えることに成功する。準々決勝のトルコ戦と同じく、後半頭から身長197cmのヴェホールストを起用した。交代の相手はトップのメンフィスだった。一方イングランドのサウスゲート監督は、新たな対策として、後半頭からカードを切った。左アウトサイドのトリッピアーから、ルーク・ショーに代える。ルーク・ショーは、中へ入ってのプレーも得意とする。
 イングランドがボールを回す中、オランダはしっかりと、中央を固める。12分、フォーメンから、エリアの外に下がったケインに入ったボールを、センターバックのデ・フライが、後ろから右足で蹴りだした。18分、オランダは、右サイドの遠い位置から交代で入ったフェールマンがFKポジションに付いた。助走をつけて、右足でゴール前に柔らかいボールを送った。ゴールから微妙にカーブしたボールは、ワンバウンドする。ライスを背負ったセンターバックのファンダイクが、右足の裏で合わせた。キッカーから見て中央やや右に向ったボールを、ピッグフォードが、パンチングでゴールラインにはじき出した。ファンダイクは、ライスのチャージを受けながらも態勢を崩さずに、ボールの落ち際を、右足で叩いた。球の勢いはついたものの、若干コースが甘かったのである。オランダは、トップのヴェーホルストが、ポストになり、左にガクポが開く。22分に、ヴェーホルストのポストプレーから、左のガクポがゴール前にクロスを送った。アウトサイドに向うボールを、GKピッグフォードが、ゴールラインにはじき出した。


 イングランドは33分、エリアの外からフォーデンが、ドリブルして、エリアに入ったウォーカーにパスを送った。ウォーカーは右足で折り返した。丁度マークが開いていたサカが左足で合わせた。至近距離からのシュートに、GKフェルフルッヘンはほとんど反応できず、右ネットに飛び込んだ。ラインズマンの旗が上がり、オフサイドの判定だった。判断に誤りがあれば、ヴィデオ・アシスタント・レフェリーが、コールをする。今回は、そのまま流した。オフサイドに助けられたとはいえ、オランダは、右サイドを完全に崩されていた。イングランドは44分、右サイドのパーマからのボールを、交代で入ったワトキンズがデ・フライを前にして、反転しながらタッチした。インコースをカヴァーするGKフェルフルッヘンが視野に入り、右足を振りぬいた。ピッチ上を素早く転がるボールに、フェルフルッヘンは触れず、左ネットに入った。2対1.ワトキンズは、柔らかいボールタッチから、振り向き様に、ゴールを決めた。

写真=ワトキンズの勝ち越しゴール 左側掲載元 NBC sports 2024年7月10日付
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ゲームはロスタイム2表示にも関わらず、5分経過して、長いホイッスルが鳴らされた。2大会連続ファイナルに勝ち進んだイングランドのメンバーは、抱擁を交わす。対照的にオランダ側は、ベンチの選手達が、ピッチの選手に駆け寄り、労いの言葉をかける。イングランドは、守備面でも完成度が高かった。勝ち越しゴールを上げる前、オランダのヴェホールストがポストになり、左サイドのガクポが飛び出していくプレーに際しても、スライディングでウォーカーが阻んだ。オランダは、選手交代やポジション修正をして、守備から速攻スタイルへと変えた。運動量が低下する終盤に、DFと中盤の距離が開き始め、強固なブロックに綻びが見えたのである。ボール保持率が6割を超えるイングランドよりも、運動量が多かった分、終盤に限界を迎えた。イングランドは、ハリー・ケインが、ボールの引き出し役を務めることにより、サイドが開く。ケインの出来次第で、スペインとの決勝戦の結果が左右される。イングランドの選手達は、余韻に浸りながら、ピッチを後にした。
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