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2021年11月07日10:45

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11/7(日)ZARDの坂井泉水が育った町秦野市を旅する〜遠い日のNostalgia〜 近隣の足柄上郡松田町、厚木市と共に招介 天体写真、コキアの紅葉 西平畑公園 夜景 その他浜崎あゆみ、急遽公演中止  

 11/7(日)
読書離れが進む今、ネットでも展開する雑誌AERAは、本好きの人に焦点を当てて、特集を組んだ。本文では、読書の習慣化について触れていた。初めに休みの日のまとまった時間を使うことをお勧めしている。重要なのは、一つの本を読みきろうと拘らないことである。途中投げ出してしまえば、後が続かない。各部屋に分散して本を置くことにより、手に取りやすい環境を作ることだ大事だと説いていた。ネット社会に移行して、我々の日常は大きく変わった。

 もう一つのニュースは、音楽関連である。浜崎あゆみが、昨6日のライブ終了後にアナフィラキシーショックと医師から診断されたことが明らかになった。彼女は、今月4日に不注意により骨折したことを打ち明けながら、今月6日(土)に予定通り愛知県名古屋市日本ガイシホール公演を行った。骨折が影響したのか、開演時間は予定より53分も遅れていた。本日7日の公演は、体調の悪化から急遽中止の決断を下した。12月30日と31日には、東京都の代々木第一体育館でのライブを控える。
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=6731166

 今回のテーマは、私自身が10月24日(日)に観光した神奈川県厚木市、秦野市、足柄上郡松田町についてである。秦野市は、J-POPの女性ソロアーティストとして1990年代に活躍したZARD坂井泉水のゆかりの町でもある。今回、坂井泉水に思いを馳せながら、町の様子を見ていく。天体写真、当時見頃だったコキアやコスモスの写真も掲載した。外部リンクをクリックしながら、是非読みすすめていただきたい。

  ZARD坂井泉水が育った町神奈川県秦野市〜遠い日のNostalgia〜 近隣の厚木町、足柄上郡松田町と共に招介 天体写真、見頃のコキア、コスモス

訪問地一覧
・厚木市 七沢森林公園        本厚木駅からバスで25分程
  神奈川県立七沢森林公園 公式ホームページ http://www.kanagawa-park.or.jp/nanasawa/

・秦野市 戸川公園          渋沢駅からバスでおよそ15分から20分
  公園ホームページ http://www.kanagawa-park.or.jp/hadanotokawa/

・松田町 西平畑公園、コキアの里   新松田駅から北へおよそ1km、高低差110m程
  公園公式ホームページ https://nisihira-park.org/
  松田町コキアの里ホームページ https://town.matsuda.kanagawa.jp/site/kankou-sub/kokianosato.html

・秦野市 震生湖付近の農道で夜景撮影 秦野駅から南へ徒歩およそ25分
  yakei.jp 震生湖ゴルフ練習場付近 https://yakei.jp/japan/spot.php?i=shinseiko_gc

 前回の関連日記 2021年5月10日付 完結!5月10日(月)最新コロナ情報 次の祝日は70日以上先 5/4(水・祝)神奈川県 秦野市・松田町 野鳥や花、夜景を巡る旅
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1979211290&owner_id=32437106
 下記の写真=2021年5月4日(水・祝)18時49分撮影 上記の日記から
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 目次
��ZARD坂井泉水に思いを馳せて・・・
�⊇佝�後列車のトラブル 七沢森林公園について
��秦野戸川公園でコスモスとコキアを撮影 山岳写真展を開催
�ぞ湘陳�西平畑公園とコキアの里で昼時を過ごす
�ゾ湘陳�新松田駅から秦野市渋沢駅間の渓谷の様子
�μ抄福岷鵑て�のNotalgia」の世界、震生湖付近の農道でトワイライト夜景を撮影


 ��ZARD坂井泉水に思いを馳せて

 10月24日(日)、朝から小田急電鉄とバス会社神奈川中央交通社が発行する2日間有効の大山・丹沢フリーパスを使い、神奈川県厚木市、足柄上郡松田町、秦野市を巡ってきた。人口16万7400人(2015年時点)の秦野市は、丘陵地に位置する。丹沢山系の登山客で休日は、一段とにぎわう。町にゆかりのある有名人は、ZARDの坂井泉水である。2007年5月27日に事故死した坂井泉水は、今もなお多くの人々の心に残っている。1967年2月6日に南隣の平塚市で産声を上げた彼女は、小学校4年生の時秦野市に移り住んだ。転入した秦野市立西小学校から、同じ道路沿いに北へ500m程離れた西中学に入学すると、陸上競技に打ち込んだ。得意の200m走で、秦野市内の中学校選手権で優勝を果たした。高低差のある市内では、ところどころ広い公園がある。当時と現代では、環境が変わっているにせよ、交通量は多い。幹線道路沿いは排気ガスが充満すると共に、信号の間隔が短い。幹線道路から外れた水無川沿いは、散歩コースとして整備され、四季の移ろいを感じながら、ジョギングできる。坂井泉水に思いを馳せながら、旅をすることにより、秦野市に対する見方が変わるはずである。

 写真=1991年2月10日に発売された1stシングル「Good bye My Lonliness」のMVより 掲載元you tube https://www.youtube.com/watch?v=E0HXuuZViqQ

関連日記 最新J-POPニュースや流氷について  2月10日はZARDのデビュー30周年記念日 坂井泉水の歌声は、次世代のガールズバンド「SARD UNDER GROUD」に歌い継がれる 動画アリ https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1978372517&owner_id=32437106
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 2014年12月23日より、彼女の産まれ育った場所の最寄である渋沢駅の駅メロには「負けないで」と「揺れる思い」が使用された。負けないでは上り線ホーム、揺れる思いは下り線ホームで、列車の接近時に流れる。2015年の秦野市制定60周年に合わせて、秦野市側が版元のレコード会社B-ingグループと協議した結果、実現した。デビュー後も、しばらくは秦野市から東京のレコード会社に通っていたという。亡くなっても彼女の功績は色あせることはない。2019年9月には、ZARDの意思を継ぐトリビュートバンド SARD UNDER GROUNDがデビューした。既に3枚のアルバムと3枚のシングルCDを発表している。グループのヴォーカリスト西暦2000年9月14日生まれの神野友亜は、坂井泉水が書いた歌詞を読むことから始め、歌のレッスンに励んだ。坂井泉水が伝えたかったメッセージを、ファンに届けている。

 写真=3rd シングル ブラックコーヒーのジャケット 神野友亜 掲載元 TOWRE RECOADより
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2021年になり、自らも作詞に挑戦した。9月2日(水)にリリースした初のオリジナルアルバム「オレンジ色の乾杯」では、3rdシングルのブラックコーヒーを含む7曲の作詞を手がけている。先日2021年10月10日(日)に大阪府のZepp Nambaで、10月16日(土)には東京都台東区Zepp Tokyoで、それぞれ満員となる1300人を前に無事にライブを行った。今年はZARDのデビュー30周年、詩人として坂井泉水を再評価する声が高まっている。

 �⊇佝�後列車のトラブル 七沢森林公園について


さて、丹沢・大山フリーパスは、小田急沿線内において、厚木市本厚木から秦野市渋沢駅間は乗り放題、バス便も指定路線は自由に使うことができる。なお渋沢駅から下り方面に一駅先の新松田は、フリーパスの対象外である。

写真=丹沢・大山フリーパス 小田急のおとくな切符 https://www.odakyu-freepass.jp/tanzawa/
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 朝方5時45分に、小田急沿線内では世田谷区経堂駅で、線路内に人が立ち入ったことにより、一時的に全線がストップした。従って午前6時代のダイヤは、最大25分ほど遅れた。

 

 私自身は、本厚木駅に隣接する厚木バスターミナルから午前7時に発車する七沢温泉行きのバス便に乗り、七沢森林公園に向う予定だった。小田急線のダイヤの遅れにより、バスの時間には間に合わない。私が乗車した急行列車は、小田急相模大野駅から本厚木駅まで急遽各駅停車での運行に決まったのである。結果的に本厚木駅の到着時刻は、30分以上後ろ倒しになり、7時10分から15分の間だった。徒歩3分ほどの距離に位置する厚木バスターミナルから7時30分発のバス便に乗り、手付かずの自然が残る七沢森林公園に向った。目的は夜景撮影の下見である。標高は尾根部で150m、入り口付近で90mである。

 園内は管理事務所を兼ねる森の民話館付近は街灯はあるものの、一歩森の中に踏み込むと、木々の葉によって視界が遮られた。朝8時台は、太陽が昇っているとはいえ、日光が十分に届かず、薄暗かった。雨が降った後は、落ち葉に蓄えられた水分により、湿り気を帯びる。尾根伝いのハイキングコースは、凹凸がある分、躓きやすい。昼間の様子をし
っかりと把握することはもちろん、夜間懐中電灯やヘッドライトの携帯は必須である。

 本日確認された鳥は、管理事務所前の池に飛来したカワセミ、また人里にも姿を現すジョウビタキである。エナガやシジュウカラなどお馴染みの留鳥の姿もあった。尾根沿いの散策路脇には、管理事務所への緊急連絡先となる電話番号が記された表示板が設置されていた。事務員の勤務は午後5時15分までにになる。一年のうち日暮れが最も早くなる11月下旬から12月下旬頃は、午後5時頃にトワイライトタイムは終る。安全面を考えるうえで、日暮れが早い時期の撮影がベストだと判断した。ひと気のない園内は、休日にも関わらず、静寂に包まれていた。

 ��秦野戸川公園でコスモスとコキアを撮影 山岳写真展を開催

 続く2番目の訪問地は、秦野市戸川公園である。5月4日(水・祝)に続き、今年2回目、合計8回目である。

 園内では、遅く種を撒いたコスモスが見頃を迎えていた。コキアの方はやや色あせ始めている。

   コキアと風のつり橋
 
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   園内に咲くコスモス
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   ザルギクと風のつり橋 
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11月中旬にかけて、ザルギクが見頃を迎える。高低差のある園内を流れる水無し川沿いでは、バーベキュー広場が設けられ、夏間緊急事態宣言期間中にも子ども達の遊び声が響き渡ったという。秋が深まると、川沿いに林立するクヌギやコナラの葉がオレンジに染まる。ところどころ生えるモミジの赤い葉とコントラストを成し、一段と鮮やかになる。落葉広葉樹は現在青葉のままであるものの、桜の木は既に落葉していた。首都圏の平地に関すると、赤色のナナカマドの実は既に落ち、11月4日(木)時点で、街路樹の一種モミジバブウは、赤やオレンジに色づき始めた。気象庁によると、本格的な首都圏の紅葉シーズンは、11月下旬から12月上旬である。

公園に併設するバスの終着駅大倉に隣接する管理事務所等の1角には、秦野ビジターセンターがある。館内の展示施設は、一部入れ替えているという。丹沢山系の登山ルートから、野鳥や植物の紹介まで、職員の業務は多岐にわたる。丁度、山岳写真家の写真展が開催されていた。著作権保護の観点から撮影は禁止、撮影者は山小屋に泊まり、夜間の星空から日の出の様子までしっかりととらえていた。

 以下のリンクは 写真展の概要
http://www.kanagawa-park.or.jp/tanzawavc/pdf/210918~1107_g-sirai_photo.pdf

 バスで渋沢駅に戻り、下り方面で一駅隣のフリーパス対象外になる新松田へと向った。列車のダイヤは5分程遅れて運行していた。1度全線がとまると、完全に元に戻るまで時間がかかるという。

 �ぁ‐湘陳�西平畑公園とコキアの里で昼時を過ごす

 3番目の訪問地は、駅から北へおよそ1,2km、高低差110mになる松田町西平畑公園内のハーブガーデンと自然館、隣接するコキアの里である。

 公園内とコキアの里では、丁度コキアの紅葉が最盛期だった。

 西平畑公園内のハーブガーデンから撮影した写真一覧
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 園内では、ロマンスカーとSLのミニチュア模型が走る「ふるさと鉄道」が、運休状態だった。区間は、公園内から山の中まで1,2kmに及ぶ。8月中旬の大雨により、線路が捻じ曲がるなど被害が及んでいた。
後に自然館の職員に聞いたところ、毎年恒例の2月に行われる河津桜祭にあわせて、復旧する見込みだという。

 園内の一番奥に位置する自然館から山の中の通路を進むこと、松田町によって管理されたコキアの里がある。5月には、園内一体をブルーの花弁をつけたネモフィラが広がっていた。
 2021年5月4日に撮影した1枚
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 10月に紅葉するコキアは、緑から赤色に変わる。

  足柄平野をバックに撮影
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  カーベラの花とのコラボ
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  園内の入り口付近から富士山をバックに撮影
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 西平畑公園もコキアの里も全て入場無料である。コキアの里では、5月に続き、職員から無料で紙コップ一杯分のお茶、またはジュースを提供してくれた。マスク着用によって喉が渇く中、飲み物を戴くことにより、疲れが癒えて、エネルギーが沸き起こる。狭い山道を登ってきた客とすれ違いながら、西平畑公園内に戻った。

 帰り道訪れた自然館では、一人の職員が、ビーズつくりをする子ども達の対応に追われていた。前回訪問した今年5月から展示物は変わっていない。掲示板には、子供向けの「天体観測会」の予告チラシが貼ってあった。冬の方が空気は澄むものの、本格的な寒さが訪れる前の秋の終わりが最も参加者を集めやすいという。松田町は、事業の一環として自然観察体験を中心に定期的に行っている。新たに天体観測を設けたことにより、遠い宇宙にロマンを抱く子が増えてくるはずである。宇宙は限りなく広く、いまだに分からないことが多い。子供達の探究心が、未来の天文学の飛躍に繋がるはずである。

 写真=くじら座の方向に40億年先の銀河団Abell(エイベル)370 ハッブル宇宙望遠鏡で撮影 館内でも写真掲載 アストロピックスより https://astropics.bookbright.co.jp/abell-370
 https://astropics.bookbright.co.jp/abell-370
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 上記の写真を見ると、地球から天体の距離40億年の間に巨大な重力源によって、光の経路がゆがめられ、細かい傷のような円弧がいくつか映った。重力源の正体は、謎の物質ダークマターとの説もある。

写真=木星と周囲を取り巻くガリレオ衛星 (画像:ステラナビゲータ/アストロアーツ)掲載元 BE-PAL自然観察より 2021年6月7日 https://www.bepal.net/play/birdwatching/159835
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 写真=惑星木星とガリレオ衛星の大きさを比較した写真 掲載元 国立天文台より 2014年6月19日より https://www.nao.ac.jp/news/science/2014/20140619-subaru-jupiter.html
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 観察会では、木星と周辺の衛星も観測できたという。木星を取り巻く4つの衛星は、地球が太陽の周りを周っているとの「地動説」を説いたガリレオ・ガリレイに由来する。1608年にオランダで望遠鏡が発明されると、天文学者ガリレオ・ガリレイは早速天体観測に勤しんだ。2年後の1610年に2枚のレンズを丁寧に磨いて、組み合わせ、筒に取り付けた。光学30倍から40倍に仕上げ、毎晩自作の望遠鏡で夜空を見上げた。彼は木星の周りの小さな点に気づく。日によて、4つから2つに減っていたのである。ガリレオ・ガリレイは、光が減った理由は、木星本体に隠されたからだと考えた。つまり、小さな光は、木星の周りを周る天体だと気付いたのである。木星の観測から、地球を含め惑星が太陽の周りを周るとの「地動説」に行き着いた。当時の常識を覆したことから「近代天文学の父」と呼ばれるようになった。

 天文学は、科学技術と共に飛躍的に進歩した。1929年には、アメリカ人のエドウィン・ハッブルにより、星々が集ったアンドロメダ銀河は、太陽が属する天の川銀河の外にあると、初めて明らかになった。その距離230万光年、彼の算出では100万光年だった。

 写真=エドウィン・ハッブル 掲載元 はてなブログタグより https://d.hatena.ne.jp/keyword/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%83%E3%83%96%E3%83%AB
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 彼は、当時チリの雲を意味していた「星雲」のカタログ表に記された天体を観測するうち、新事実を明らかにした。ほぼ全ての天体から発せられる光が、スペクトル線で長波長を示す赤色で観測されることから、地球から遠ざかっていることに気付いた。いわゆる赤方偏移である。逆にアンドロメダ銀河のような近傍銀河は、徐々に接近しているため、スペクトル線が短波長にずれるため青くなる。専門的に青方偏移という。
 写真 掲載元 HORIBAより https://www.horiba.com/fileadmin/uploads/Affiliates/hor/HIP/Spectrum/index.html
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 ハッブルは、毎晩カリフォルニア州のウィルソン山天文台で観測した結果、遠方銀河程早く遠ざかることを発見した。独自に遠ざかる速度を「Ho」と記し、後に国際天文学会からハッブル定数と認定されるようになった。

 写真 掲載元 asahi.com 銀河までの距離どう測る?https://www.asahi.com/edu/nie/tamate/kiji/TKY200612040316.html

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 これまで人類の宇宙感は、銀河系の中にとどまっていた。ハッブルによって、スケールが大きく広がったのである。ハッブル以降、宇宙の膨張速度は減速に転じると考えられてきた。ところが、1998年に、アメリカ国内の天文学の2つのチームが、70億光年先の1997apと名づけられた1a型超新星を観測した際、予想以上に見かけの明るさが暗いことに気付いた。1a型超新星は、太陽の最後の姿とされる白色矮星が、ペアとなる恒星から物質を吸い取って、限界質量となる1,44を越えると爆発することで起こる。質量を導き出したインド人の天文学者の名前をとり、「チャンドラセカールの限界」という。つまり限界質量がある分、その星が持つ明るさが決まっているのである。天文学では、「絶対等級」という。一方地球から観測した見かけの明るさを「視等級」という。

 アメリカの2つの天文チームが、1a型超新星を使った距離の算出から、誕生直後大きくなった宇宙が、加速的に広がっていたとの結論を導き出したのである。宇宙を大きくする力についてはわかっていない。両チームのメンバーは、未知の物質「ダークエネルギー」と名づけた。宇宙の常識を変えた2つの研究チームの代表者3人、パールムッター(パールムッターチームのリーダー)、シュミット(シュミットチームのリーダー)、リース(シュミットチームのコンピューターでの数理解析担当)氏は、2011年に「ノーベル物理学賞」を受賞した。

 写真 受賞した3人の顔写真 掲載元 Sliderplayerより https://slidesplayer.net/slide/16641665/
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 天文学者は、今我々人類の運命と共に、宇宙の成り立ちから終焉まで明らかにしようとしている。

 �ゾ湘陳�新松田駅から秦野市渋沢駅間の渓谷の様子

 標高180mの西平畑公園を離れ、小田急線の新松田駅に着いたのは、午後2時25分ごろ、再び鉄道のトラブルに見舞われた。登り方面に一駅先の渋沢から新松田駅間で人身事故の影響により、登り下り線共全線ストップしたのである。込み合った改札口から駅員に話を聞いたところ、復旧まで通常1時間かかるとのことだった。駅構内で待っていても時間だけが過ぎてしまう。沿線沿いの景観を眺めること、また体を鍛える目的も兼ねて、渋沢駅までジョギングで向うことにした。NAVITIMEで検索した結果、最短距離で6,6km、私が辿ったコースは7,1kmかそれ以上の距離に達したことが分かった。小田急沿線内で、渋沢ー新松田駅間は、最も距離が長く、乗車時間は7分にのぼる。沿線間は、四十八瀬川が流れる渓谷の中に入る分、人家はまばらだった。標高69mの新松田駅に対して、渋沢駅の標高は163m、登りに入る分、若干膝に負担がかかる。川と平行して走る国道246を進むと、ようやく一戸建ての住宅地に入った。多少アップダウンがある道を走ると、坂井泉水が卒業した秦野市立西中学校のわきに位置する柳町の交差点を南に曲がる。車の進行方向に沿うこと、大き目の建物が見えてくる。
 地図=Mappionより 渋沢駅、西中学校付近 https://www.mapion.co.jp/m2/35.38052593528067,139.1783127777778,16
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 荷物を背負いながらも、午後3時10分頃に渋沢駅に到着したときには、既に鉄道は動いていた。一駅先の秦野で降りて、夜景撮影に備えた。

 ��震生湖付近の農道でトワイライト夜景を撮影

 当初夜景撮影の目的地は、駅から北東に位置する弘法山公園内の標高235mの権現山展望台だった。雲の発達により、視界が悪くなったことで、途中で引き返すことにした。確かに秦野駅構内と水無し川沿いで富士山の姿を確認することができた。今後夜に向うにつれて、視界が悪化し、富士山周辺の山並みは霞んでしまう可能性があった。懐中電灯とヘッドライトを持参しているとはいえ、弘法山公園は日暮れ時には真っ暗になる。安全性の観点からも撮影場所を変えたのである。午後3時50分頃から列車に乗り、バス移動していては、時間的ロスが生じてしまう。急遽5月4日にも訪れた駅から南へおよそ2kmに位置する今泉町震生湖付近の農道に撮影場所を変えた。

 震生湖へと繋がる今泉町の農道沿いの小高い丘からは、秦野駅北側の弘法山公園、または標高700mを越えるヤビツ峠を初め、低山を一望できる。日暮れでも、散歩客や畑作業をしている農家の姿があった。秦野市は、中心地秦野駅北側では、バブル期に工場で働く従業員向けのマンションが立ち並んだ。駅南側は、起伏に富んでいる分、開発の影響は抑えられた。坂井泉水が発表した曲「遠い日のNostalgia」がモチーフとなった懐かしい田畑風景が残る。曲のテーマは、故郷のことを思う青年の恋物語、Aメロの歌詞の冒頭部分に描かれている。引用「日暮れ時まだ風が寒い春の日々を、空見上げ輝いているあの星たち、手に届きそうでそっと手を伸ばした」

 外部リンク 遠い日のNostalgiaの歌詞 U-ta netより https://www.uta-net.com/song/7048/
 
写真=遠い日のNostalgiaのMVより 掲載元 TKHUNTより https://www.tkhunt.com/394261/
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 ここ今泉町の農道も、灯りが少なくて、星空を眺められる。駅から北へおよそ10kmに位置する標高580mのヤビツ峠菜の花台展望台からは、それこそ町との距離が離れている分、星空観測にうってつけだ。デートスポットとしても名高く、晴れた日の週末には車を使って、若いカップルが訪れる。眺望の良さに関しては、神奈川県随一と評価が高い。

 標高190m付近の農道では、陽が落ちるに従い、薄暗くなる。街明かりがぽつぽつと瞬きだす。遠い日のNostalgiaの世界に思いを馳せながら、撮影準備に入った。

夜景のベストタイムは、午後5時12分から22分、前回から構図を変えて撮影した。

 午後5時14分
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 午後5時15分 秦野駅を狙ってシャッターを切る
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 午後5時16分 秦野駅をややアップで撮る
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 午後5時18分 秦野駅をさらにアップする。
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 午後5時24分 秦野駅北西の西田原地区と工場地帯を撮影。
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 午後5時25分 暗闇の中瞬く秦野駅周辺の町並みを写す。
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 撮影を終えた後、農地から人の姿は消えたものの、ワンチャンをつれて散歩する人、トラックに乗って農道を登る車とすれ違った。街灯は一切ないとはいえ、足元を注意すれば、躓いて転ぶほどの心配はなかった。

 この日、2度も列車のトラブルに巻き込まれ、予定を狂わされたものの、最後に夜景撮影が出来て、達成感を味わうことができた。

 天気さえよければ、夕闇に浮かび上がる富士の頂を眺めることができる。紅葉のシーズンの週末、天気に恵まれるように祈りながら、駆け足で秦野駅へと戻った。

 10月29日(金)時点で丹沢山系は標高1500m付近まで紅葉が降りてきた。平地に関すると、首都圏と同じく、11月下旬以降に見頃を迎えると予想される。坂井泉水が育った秦野市は、自然と景観とアクセスの良さの三拍子が揃った街だった。



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