「完全週休3日制」は職場をどう変えた? 伊予鉄流、働き方改革の進め方
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日本は人間の豊かさを美徳とせず、苦しみながら長時間働き、会社に人生を捧げることを良しとしてきた。
それは頑張ればきっと良い未来があると信じていたからに他ならない。私の親は戦中戦後の苦しい時代を生き抜いてきた世代だ。だから子供たちにはより良い暮らしをさせてやりたいと思い、苦労しながらちょっとした貯えをしながらようやく世紀をまたいだ。
ところが、バブル崩壊と失われた30年、結局、我々の世代もそういう夢のような時代は来なかった。というかバブルですらあぶく銭を手にした人たちの晩餐であり庶民には関係ないことだった。
欧米では確かに厳しい競争もあるだろうが、休暇を楽しみ、友人と語らい、酒を飲み、趣味に没頭する。そういうことを日本でやろうとしたら「怠けている」となる。今でこそそういう風潮は解消しつつあるのだろうが、多くの中小企業ではまだまだ「え?休むの?半日に出来ないの?」という圧力が平気であったりする。
そういうおかしな痛めつけというか、ひどい目に遭っている方が賞賛され、1分でも会社に長くいた方が良い人とされる。その傍らで経営者は創業家で贅沢しているという。
こういう話も裏があって夢のような世界ではないのだろう。休みは増えても要求されるハードルは高いから、休みであっても会社に出てきて仕事しないといけないよね?という空気感は漂う。休んでいても仕事のことが頭から離れず精神衛生上は良くない。
いったい何のための人生なのだろうか?
そういう問いに未だに会社に尽くし、わが身を犠牲にし、精神の一つでも病むくらい働いて一人前だみたいな答えが返って来るのだろう。
人間社会はより良い明日を求めて道具を発明し、文明を起こし、便利な世の中にしてきた。確かに今、スマホ一つあれば何でもできる世の中だが、それに応じた人間の生き方における豊かさや精神の解放というようなことは起こっただろうか?
日本における自殺者の数がどうなっているか知らないが万単位であったことを考えると戦争で死ぬのか、企業戦士として死ぬのかの差はどこにあるのか?つくづく思う。
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