■“原爆の父”オッペンハイマー氏の孫が会見「原子力の平和利用のための国際協力を」
(TBS NEWS DIG - 06月03日 22:59)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=7887165
私はこの手の話が出るたびに日本人がどうだったのか?という問いをし続けている。
原爆と被ばく。凄まじい破壊をもたらす悪魔の兵器に変わりはない。
しかし、日本が1億総特攻というスローガンの下、女子供までに軍事訓練を施し、日本人が最後の一人まで戦うということで「皆、同意の上」やっていたわけだ。
もちろん、これはおかしいと思っていた人も多かったと思う。しかし、全体主義に流され異論は唱えずそれに従っていたのだからこういう結果になっても「仕方ない」としか言いようがない。
アメリカが無差別攻撃したと言っているが、その前にいろいろな電波傍受で日本の1億総特攻のことを知っていたため「日本に民間人は居ない」という結論に至らしめていた。
それでアメリカを責められるだろうか?
天皇が戦争を終わらせる固い決意があったから原爆は2つで終ったが、そうでない場合、いろいろなところで使用されもっと酷いことになっていた。
つまり、日本人の特性として大勢に流され異論があっても言わず、長いものに撒かれる習性が直らない以上、再びこんなことになる可能性はあるということだ。
誰もが日本中が爆撃されこれでは勝てないと思っても声を上げない。
それでこんな結果になったのに原爆を使った憎いやつと言っているわけだ。
これはアメリカの問題ではなく日本人の問題だと思う。
国民は自分で考え自分たちがどの方向に向かって行っているのかを知っておく必要があり、必要なら反対の声を上げ、徹底的に抵抗するということだ。
今のロシアを見れば分かる。プーチンが怖いからウクライナで酷いことが行われていても誰も声を上げていない。それは80年前の日本と重なる。これでロシアが酷いことになっても世界を恨むことはできない。それと同じことだろう。
日本が当時、抵抗戦線を張って軍部に対抗すべく反乱を起こしていたらおそらく原爆の塔かは無かった。抵抗軍に兵器を与えて日本人同士が戦っていただろう。それは原爆を落とされて死ぬよりもはるかに価値のある死だったに違いない。
もしそうなっていたら民主主義を自らの手で取り戻し、もっとましな世界になっていたかもしれない。結局、この戦争の総括もなく、うやむやに今に至っている。
原爆が悪いというのは分かるが、当時の日本人がどういう心根だったかをもっと知る必要もあるのではないか?と思う。オッペンハイマーを責めたところで意味がない。
日本人の問題だからだ。
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