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2024年02月22日08:33

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実話

【取材日記】
2016/04/0219:11 - -
 チャリに乗りながら家に帰っていた。

 時間は21時を回り辺りも暗い。

 坂道を下りながら、手を繋いで歩いているお爺さんとお婆さんを見ながら通りすぎた。

 彼らが気になりチャリを止めた。

 手を繋いでいると思っていたお爺さんの右手は、お婆さんの右手のブカブカのトレーナーの裾を掴んでいただけだった。

 暫く見詰めていた俺は確信した。お婆さんは左手がない。そしてもう一つ判断したのは、とても仲の良さそうなカップルということ。

 ただ、一つだけ不思議に感じたことがあった。

 お婆さんと会話をしながらゆっくり歩くお爺さんは、何故温度を求めないのかということだった。

 俺は韓国人の彼女と傍にいることが出来ない現状だから、いつも彼女の温度を探している。

 会話やメールだけじゃ寂しいものだ。

 仲の良さそうな彼らは何故手と手を取り合って歩いていないんだろう? そんな興味はマックスになり、ついいつもの癖で話しかけてしまった。

 突然話しかけた俺に気さくに応えてくれるお婆さん。

 近くで彼女を見るとやっぱり左手がないようだった。

 お爺さんも笑顔で俺に話しかけてくれた。

 彼らと会話を重ねる俺は、二人が温かいオーラに包まれている感覚を感じほっこりした。

「――失礼ですけど、サキさんって障害持たれてますよね?何で芳蔵さんは奥さんの右手で手を繋がないんですか?」

 失礼な質問だとは思ったが、暫く話した信頼関係がその質問を彼らの告白に変えてくれた。

 サキさんは言った。

「彼と出会ったから私は本当の幸せを見つけたの」

 芳蔵さんは言った。

 「わしは毎日愛してると言葉に出して言っているんじゃ。それが永遠の誓いじゃ」

 聞けば二人とも87歳だそうだ。

 今は引退して余生を楽しんで生きているが、洋食の店をずっと二人で切り盛りしていたらしい。

 店が潰れる危機もあったが、どうにか二人だけでその危機も乗り越えてきたという。

 だが、その店も畳まないといけない状況が彼らを襲った。

 それは店で起こった事故だった……。

 ある料理の試作を作っている時にその事故は起こった。

 売り上げのない店をどうにか繁盛店にしたいと、若い芳蔵さんは寝る間も惜しんで試作作りに一生懸命だったそうだ。それを見守っていたサキさん。

 その事故は芳蔵さんの居眠りから起こった。

 一晩中鍋に火をかけ肉を煮込んでいたらしいが、それが元で火災になってしまったそうだ。

 どうにかボヤで終わったその火災なのに、サキさんは左手を失ってしまったという。

 何でボヤで左手を失うことになったのか聞くと「私も若かったのよ」とサキさんは言うが、その真意が見えなかった。

 芳蔵さんは申し訳なさそうだ。

 思い切って聞いてみた。

「よかったらサキさんの左手を失った訳を聞かせてもらえますか?」

 サキさんはいいわよと言ってくれて、芳蔵さんの顔を見て微笑んだ。

「彼の試作の料理を守りたいと思ったの」

 サキさんは火に包まれる厨房の中、芳蔵さんを起こし、その後一緒に逃げたそうだ。だが、外に出た瞬間、何を思ったのか火に包まれた厨房に戻って行ったそうだ。

「何で自分が死ぬかもしれない状況にわざわざ自分の身を呈したんですか?」俺の質問に芳蔵さんが答えた。「彼女はわしの試作を守ってくれたんじゃ」

 どういうことかと尋ねると「彼女は火に包まれながら、わしの作っていた試作の料理の大鍋を、両手で持ってきたんじゃ」と言われた。

 彼らに聞いた話を総合すると――

 サキさんは芳蔵さんの料理のファンだったらしい。

 彼の作る試作の料理はあと一歩のところまできていたそうだ。

 元になるペーストがなくなったら、新作の料理も登場しないと思った彼女は、有り得ない力を発揮して彼の料理を守ったそうだ。

 火事場の糞力とはよく言うが、サキさんが大鍋を持ってきたのはかなり重かったらしい。

 店から出て鍋を外に置いた瞬間、倒れ込んだサキさんの左手は有り得ないほど焼け爛れていたという……。

 俺は一番聞きたかったことを素直に聞いた。

「何で手を繋がないんですか?」

 彼が即答した。「彼女の左手はずっとわしの勲章なんじゃ。彼女があの時わしのペーストを守ってくれなかったら、わしらは首をくくっとった。じゃから、わしは尊敬の念を持って彼女の左側に立ち、彼女の左手の代わりに生きるんじゃ」

 サキさんはその言葉を聞いて嬉しそうに頭を何度も前後させていた。

 別れ際、彼女が俺に言った。

「彼の料理のファンなの。だからあの時ペーストを守らなきゃって思ったの。私が手がなくなってよかったわ。だって、彼が手を失ったら料理が作れないでしょ?」

 先輩の大きな愛の形。

 チャリを漕ぎながら涙が出た。
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