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2024年02月21日23:09

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テレビ版「欽ドン」を思い出す。

クールファイブの小林正樹さん死去 81歳 老衰 所属事務所が発表 15日に都内病院で
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=7757958
昭和歌謡の一ページを飾った「内山田洋とクール・ファイブ」の小林正樹(ベース)、亡くなる、ですか。「長崎は今日も雨だった」の大ヒットで一躍有名となり、豊かな声量の前川清のボーカルで多くのヒット曲を世に出したクール・ファイブですが、テレビ出演では前川清の背後で他のメンバーがバックコーラスを淡々と務めるだけと言うイメージながら、メンバーそれぞれ担当楽器がある「バンド」と言う一面があり、ベーシストの小林正樹はクール・ファイブの結成当初のメンバーの一人でした。
そんなクール・ファイブが“新たな一面”を見せたのが、昭和50年に放送が開始されたフジテレビの『欽ちゃんのドンとやってみよう!』で、ニッポン放送などで放送され人気を博したラジオ番組『欽ちゃんのドンといってみよう!』のテレビ版と言うべき存在の番組でした。ここで、萩本欽一とともにレギュラー出演していたのが前川清で、“コント55号”ならぬ、“コント54号”として朴訥で大ボケなキャラクターを見せて人気を博し、その延長と言った感じで「クール・ファイブのコーナー」として前川清以外の5人が出演、クール・ファイブの曲を披露する前に萩本欽一に“イジられ”ながらメンバーそれぞれのコミカルな一面を見せていましたが、パンチパーマのどこか気難しそうな風貌の小林正樹は前川清に負けず劣らずの笑いを誘うキャラクターで、「薄毛」を弄られていた宮本悦朗と並ぶ存在でもありました。
後年、萩本欽一が所謂「欽ちゃんファミリー」を形作る“土台”を築いた「欽ドン」からほぼ半世紀、先日の「仮装大賞」で82歳になった欽ちゃんを観ましたが、やはりどこか「寄る年波には勝てず」な感じが否めず、番組の中心も香取慎吾に譲ったかと思える雰囲気がありました。
昨年10月、前川清と2人で両者の故郷たる長崎県の佐世保で「前川清55周年コンサート」に出演したのが最後だったようで、体調も相応に良くなかった様子。訃報に、前川清は

これまで芸能界で仕事をしてこられたのは、クール・ファイブのメンバーに加えてくれた小林さんのお陰であり、私にとっての恩人です。この度の突然の訃報にはとても驚き、残念でたまりません。昨年の10月、私と小林さんの故郷、佐世保での55周年コンサートに体調不良の中駆け付けてくれました。根っからのステージマンなので、痩せてヨロヨロしながらも立派に歌を唄ってくれて会場が大歓声に包まれました。それが最後になってしまいましたが、今も雄姿が目に焼き付いています。小林さんありがとう。感謝しかありません。

とコメントしていましたが、「クール・ファイブのメンバーとして前川清をスカウトしたのが小林正樹」と聞き、その出会いがあったからこその今の前川清だったんだなと感じました。クール・ファイブで鬼籍に入るのは内山田洋に次いで2人めだったようで、享年81だったとか。合掌。
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