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2024年02月10日16:54

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J.S.バッハ『フーガの技法』(カザルス四重奏団)

【収録曲】

1 フーガの技法 BWV.1080
2 コラール「汝の御座の前に,われはいま進み出で」BWV.668


カザルス四重奏団
 ヴェラ・マルティネス・メーナー(ヴァイオリン)
 アベル・トーマス(ヴァイオリン)
 ジョナサン・ブラウン(ビオラ)
 アルナウ・トーマス(チェロ)

2022年3月,カルドナ城修道院,スペイン
Harmonia Mundi HMM902727(セッション)
楽譜に忠実 より魅力的

カザルス四重奏団が演奏するバッハの「フーガの技法」のCDを聴いた。この作品の演奏に際して,常に問題になるのは未完のまま残された「3つの主題によるフーガ」をどのように補って演奏するかという点だ。バッハが書いた箇所まで演奏して突然終わるという録音もあれば,バッハの既存の作品でその箇所をカバーすることも多い。カザルスQのディスクは後者を採用。コラール「汝の御座の前に,われはいま進み出で」BWV.668で締めくくる。だれのアイディアかは不明だとされるが,このコラールは「フーガの技法」の初版の楽譜に収められていたそうだ。曲全体をなんとなく自然に終了させる効果があるような気がしなくもない。

カザルス四重奏団は1997年に結成されたスペインの弦楽四重奏団。ロンドン国際弦楽四重奏団コンクールやハンブルクのブラームス国際弦楽四重奏コンクールなどで優勝。これまでにベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集やハイドンの「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」など多くのディスクをリリースする。2018年にはサントリーホール・チェンバーミュージック。ガーデンに招かれ,ベートーヴェン・チクルスを行う。

このCDの特徴はなんと言っても完成度の高さなのではないか。完成度といっても自然な演奏という意味でだが。バッハが書いた対位法の集大成ともいうべき「フーガの技法」を肩の力を抜いて,リラックスした雰囲気で演奏する。力みが少ないので演奏が自然に響くというメリットがある。

カザルスQの「フーガの技法」を聴いて,まず驚くのはその美しさ。バロック音楽なのにロマン派の作品のようなこの上ない豊麗さに圧倒される。カザルスQがスペインのアンサンブルであることがその主な理由のような気がする。豊麗な響きといっても,サウンドの骨格は自然さを失わずしっかりしている。ある意味,美しい演奏であると同時に明晰さを兼ね備えた演奏でもある。美しさがこの明晰さを支えているという言い方もできるだろう。この点に関しては,演奏場所の選択も大いに関係しているようだ。カルドナ城修道院は弦楽器の響きがのびのびと拡がる音響特性に恵まれている。録音会場のアコースティックはサウンドの骨格を崩壊させない明晰な特性をも持っている。カザルスQは自分達が目指す演奏に最適の録音会場を見つけたようだ。

この弦楽四重奏団による「フーガの技法」は,各声部のバランスがとても上手く取れたまとまりの良い演奏である。耳から入った音は頭を経由することなく直接感情に届く。そのとき,一音一音が心に伝わる,あるいは複数の声部が個別に聴こえるというよりは,一つのまとまった音楽作品として響いてくる。もちろん一つひとつの音に注目すれば音が聴こえ,特定の旋律に神経を集中させればそのメロディーが際立つという柔軟性に事欠かないけれど。警戒心を解いてリラックスして聴けば「フーガの技法」を構成する一体となった曲が自然に響いてくる。ある種の演奏のように,音を繋げてメロディーにする,またその旋律を組み合わせて対位法を再現する,などとという操作を頭の中で行わなくてもバッハの技を堪能できる。その意味では初心者であっても気軽に聴くことができる「フーガの技法」であるとも言えそうだ。

また細部に神経を集中させて聴くと,この演奏は緻密に仕上げられた演奏でもある。一つひとつの音の作り方,それらから旋律を造形する手法に注目すれば,信じられないくらい考えに考え抜いた結果の集積のようだ。一音一音の強弱,各フレーズの演奏方法,各声部の優先順位など,これ以上突き詰められないくらい考え抜いた末に得た結論の集積で構成されているような演奏に聴こえてくる。とはいえ,人工的な作り物じみた不自然さは微塵も感じられないのも事実だ。細部に気を配ることなく聴いているとすこぶるナチュラルな「フーガの技法」に聴こえる。考え抜かれたミクロと自然極まりないマクロという二つの面が同居する不思議な演奏だ。

この二面性はリラックスして演奏することに徹した成果なのではないかと思う。肩の力を抜いて,他のメンバーが奏でる音を聴きながら,自分のパートのスコアに向き合う。そのようなアプローチを徹底すると,バッハが書いた音楽のロジックに導かれ,細部と全体が均衡した自然な音楽を生み出すことが可能になるのではないだろうか。そのためには類い稀な音楽的才能と気が遠くなるほどの反復が不可欠ではあるが。

ひとつだけ不満を述べると,バッハの音楽にしては華美すぎる。バロックの時代やバッハの音楽にふさわしい音色に配慮して音響面の軌道修正を実行すれば,より魅力的に聴こえることは間違いない。
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