土曜日。深夜。石川県が地元の風俗嬢が来店。実家も被災し親族が亡くなったそうだ。29歳。今まで散財して生きてた彼女。いきなりの不幸を受け切れない現実が襲ってきた。彼女に、過去に取材した性癖シリーズを見せた。自分のやるべき使命を見つけてね。頷いて帰った。彼女に見せた作品はこれです。
【性癖】第6話※東日本大震災で被災した、SMクラブの女王様
2015/12/2823:54
六本木のSMクラブで女王様をしている友達から電話があった。
「もしもし?私のこと覚えてる?」
「お前何やってたの?」
「ごめんね、連絡もしなくて。携帯の番号が変わってなくてよかった」
俺は携帯の番号を10年以上変えていない。それはたまに昔付き合いがあった人が何年か経って連絡をしてくれることがあるからだ。
「興市結婚したんだね。ブログとか見たけど韓国人と結婚したなんて驚いちゃった。遅れたけどおめでとう」
「ありがとう。こうして話すのも8年振りぐらいじゃない?」
「それぐらいかな。懐かしいね」
「お前口調が変わってないか?昔はもっとイケイケだったろ?」
「あの頃はいつもタメ口だったからね。私も、もう30歳だから」
「30歳になるか」
「興市も42歳じゃん」
「よく俺の歳を覚えてたな」
「だって初めて会った時ってあんたの誕生日だったじゃん」
「そうだった。懐かしいな」
「あんためちゃくちゃだったよね」
「そうだっけ?」
彼女との出会いは、新宿の居酒屋だった。
カウンターでちびちび酒を飲んでる彼女がいて、俺はベロベロで友達とその居酒屋に入って、彼女の後ろのテーブル席に座った。
彼女はノースリーブで、その背中一面に彫られている観音様の刺青の綺麗さに見とれてしまって声をかけたのが始まりで、たまに会って酒を飲む友達になった。
だが、音信普通になって8年。彼女のことはずっと気にかけていた。最後に会ったバーで彼女が言っていた言葉が印象に残っていたからだ。
「SMというプレイに喜びを感じて、今まで色々な男を調教して奴隷にしてきたけど、Sで生きるのがつらくなっちゃった」
寂しそうに笑って、彼女の大好きなギムレットを一気に飲み干した光景を思い出す。
「何で俺に電話してきたの?まだ女王様してるの?」
「今はやってないよ」
「東京にいるんだろ?」
「5年前から福島」
「マジで?震災とか大丈夫だったの?」
「もう悲惨。亡くなった人に比べたら生きてるだけで感謝しなきゃいけないけどね」
彼女の声は何かを背負った悲しみをまとっている。あの震災で地獄を見たのだろう。
「話変わるけど、昔さ、あんたに話したことあるじゃん。Sで生きるのがつらくなったって。覚えてる?」
好都合だ。8年前のわだかまりが解消できるかもしれない。
「覚えてるよ。俺も今それを思い出してたんだよ」
「あの頃ってさ、自分の未来を考えちゃったのね。このまま年取って女王様やり続けることができるんだろうかってね。ほら、うちって年老いたお父さんしかいなかったじゃん。そのお父さんが当時癌で大変だったの。それであんたに相談したかったけど、プライドが邪魔しちゃってさ、真面目に相談もできなかったの」
「そうだったんだ。お前酔っ払っておっぱい出してたもんな」
彼女は、九州に漁師のお父さんがいた。15歳で田舎を飛び出して東京で生きて、生活の為に色々なエロスの世界で生きてきた。AV女優、ストリッパー、デリヘル嬢、ソープ嬢など……。最終的に行き着いた場所がSMクラブだっだ。
「何があって福島にいるわけ?」
「たまたまこっちで会員制の店やらないかっていう誘いがあってさ。それでこっちでお店やってたの。でも震災で全てなくなっちゃった」
震災直後、彼女は電気もない部屋で、客に使っていた蝋燭の炎を見つめて思ったんだと。――私の人生これで本当にいいのかと。
「私ね、来月から海外に行くの」
「何処へ?」
「まずはロシア」
「旅行?」
「そうじゃなくて、花を作る農家をやりたくてね」
「花屋さんってこと?」
「どう言えばいいのかな……。簡単に言えば、この福島をお花でいっぱいにしたいの。放射能もあるから、土が死んでる場所もあるかもしれないでしょ?だから、チェルノブイリの近くでどんな花が咲いてるのか現地の人に聞こうかと思って。私ね、やっと自分の夢みたいなものを見つけたんだ」
「どんな夢?」
「この福島に木々を植えて、緑を取り戻すの。綺麗なお花をいっぱい咲かせて、世界中の人が遊びに来る様な土地にしたいなって思って。だってこの土地って人は温かいし、すごく住みやすいから」
「壮大な夢じゃん」
「もう親もいないし」
「お父さん亡くなったんだ?」
「うん」
「それはご愁傷様」
「ありがとう。葬式が夏でさ、刺青見られて親戚中の笑い者だったんだ。でも、私、父ちゃんが亡くなる前に病院で言ってくれた言葉に助けられた」
「何て言ってたの」
「それがお前が歩いてきた人生。後悔することない。笑って生きろって。あの言葉があったから、親戚に馬鹿にされても笑って交わせたと思うんだ。じゃなかったらキレてた」
「昔のお前ならグーで殴ってただろうな」
「派手に遊んで何度も子供を下ろして子宮がパンクしちゃったでしょ?もう子供も産めない体だから、私にとっちゃ花が子供なの。これから、イギリスでガーデニングを学んだり、オランダでチューリップの栽培の仕方とかも学びたいから、やることいっぱい。すごく楽しみなんだ」
「頑張ってよ」
「ロシアに行く前に興市に電話してよかった」
「そうか?」
「あんたはいつも軸がぶれてない」
「そうでもないよ。一人でいるときはいつも悩み苦しんでるよ」
「でも、その苦しみをいつも前に進むパワーに変えるでしょ?」
「自分に負けたくないからね。一番の敵は自分だからさ」
「あはははは。今ならあんたの言ってること分かるよ」
彼女の夢に感動した俺は、嫁を連れて福島まで会いに行くと言うが彼女はバイトもあるから大変でしょうと断る。
「今度は何年後に電話してくれる?」そう冗談交じりに言うが、彼女はきっぱりとこう言う。
「多分、もうしない」
「何で?」と切り返す俺に彼女は咳を一つして言う。
「今電話したのが最後の甘え。今度はあんたが私に電話してくるよ。すごいお花屋さんの私にね」
「さすが女王様。すごい上から目線」
楽しそうに笑う彼女に何か応援する言葉を探すが、それが見つからない。結局言えたのは「お互い自分の旗振ってガンガンいこうな」それだけだった。
電話を切る。感動して涙が出た。
――この先何年か後に、福島が綺麗な花で覆われている土地になるなんて素晴らしいじゃん。頑張れ美咲。その名の通り、美しい花を咲かせてな。
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