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2023年08月15日22:04

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「反省」の整理が出来ていない日本

■終戦78年、平和の誓い新た=天皇陛下「深い反省」―台風で10府県遺族欠席・戦没者追悼式
(時事通信社 - 08月15日 13:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=7526048
この時期になると決まって「戦争に対する反省」とか「戦争はしません」とか言って戦争をひとくくりにして議論をしないようにしているように思える。

反省はひとくくりには出来ない。挙げるとするなら
1.国際情勢を見誤った反省
2.欧米植民地を解放した後のシナリオを描けなかった反省
3.軍が官僚化し海軍や陸軍の予算獲得のために戦争を利用した反省
4.支配地域で原住民への仕打ちの反省
5.戦争を停止する機能を失っていた反省
6.人の犠牲を何とも思わない反省
などなど。。。

とりわけ戦争の定義がなされていないままに「戦争」を語る恐ろしさ。
戦争は侵略戦争なのか、国防戦争なのか、第三者として参加する国際協調戦争なのかそれぞれ違う。
太平洋戦争では侵略戦争と国防戦争の区分けの無い戦いが混在していたこともあるがその分析も出来ていない。大陸では侵略戦争が行われ、本土では国防戦争が行われていた。
今のウクライナ戦争と照らし合わせても国防戦争に問題はない。ただ、方法論に問題があった。特攻などのプロセスは完全に忖度や空気を醸し出し、志願せざるを得ない状況を作っていたことは問題だろう。それに自分たちが仕掛けた戦争で(相手からそう仕向けられたというのは言い訳に過ぎない。戦国時代でもそういうケースは数多あったが乗り切った人々もいたからだ。相手の策に引っかかるのは愚かとしか言いようがない)

侵略戦争の見識については当時の国際情勢を考えないといけない。
ここでも侵略を肯定していた情勢と今後はそういう時代ではないという
情勢が混在していたが、日本は前者を取り世界各国の反感を買い、その前に
国民党政府の外交工作で日本不利に動いた時勢を大したことが無いと判断した。
ここですでに勝負は決したのだから国を挙げて方針を変える必要があったが
軍内部の勢力争いや権力闘争で(特に陸軍に)正しい判断や国を挙げた方向性を
出せなかった。海軍はどちらかと言うとアメリカとの戦争は否定的だったが
石油の禁輸措置で流れが変わった。

それにしてもそういう事態に陥る前に国を挙げた政策転換が必要だったが
陸軍の主張や大陸での権益を持っている財閥の意見を無視はできず、国益にも
絡む話で判断を遅らせて結果、後戻りできなくなってしまった。

あえて後出しじゃんけんで言うなら共産化を阻止するため国民党軍と共に
共産党軍を駆逐するようアメリカとも協力する必要があった。
それは行われようとした形跡はあるが国策としてではなかった。
結局、蒋介石からもアメリカからも疑念を抱かれとん挫した。
その時確かにチャンスはあった。

プーチンは愚かな戦争を起こしたが、仲間づくりに余念がない。
日本が孤立化したのとは大きな違いだ。
ここでも解放した植民地は自ら支配するのではなくすぐに独立させて
現地人の国軍整備と国家体制の構築と引き換えに軍備の現地生産、
列強への対抗、最終的には資源を日本へ輸送する手立てが必要だった。

日本の軍というのは上層部が官僚化し自分たちの組織の利益を最大化する
事しか考えていない。戦争の理由は後付けでしかない。そもそも官僚は
あくまでも官僚だ。しかも軍の。国を動かす専門家ではない。
政治は政治家がやるべきで軍の一官僚は性質上能力として出来ない。

こういうことは近い未来を予測し植民地支配の時代が終わるトレンドであった
ことは日本の多くの識者もある程度言及していた。
なので、死なばもろともで植民地支配を終わらせ欧米に古来からの権益を
渡さない代わりにたちの権益をも手放す、国家戦略が必要だった。
政治的な敗北を言うならこういう結論に至らなかった時点で戦争にも勝てない。

反省と言うならそういう反省だ。時勢を見誤ったこと。
それは後々のあらゆることへ波及するからまずそこへの反省が必要になる。
人権侵害は言語道断。その反省はしなくてはならない。

しかし、国防のための死ということまでも戦争がいけないこととイコールにするのは
問題だろう。つまり他国から侵略されても戦わず降伏することが今日本でいう戦争はしない
ということのように映る。それが正しいことかと言えばウクライナ戦争を見ていれば
明らかだ。中国も日本の侵略に対して抵抗した果てに勝利を得た。(ここでいう勝利は
国民党軍が日本との戦争に勝ったという話ではない。あくまでも引き分け)

無抵抗なら侵略されないという妄想は持たない方が良い。それこそウクライナ戦争が
物語っている。だからあえてもう一度言うが
「戦争がいけないことと言う前にその整理をちゃんとすべきだ」ということ。
個々の問題については議論の余地がある。特攻についても本当に自分の意志で行くなら
英雄的行為として称えられるべきだ。しかし、「何だ、オマエは行かんのか?、非国民」
という強要が間違っている。人にはいろいろ考えがあるから行かない自由もあるはずだ。
日本はとかくそこを履き間違える。武士道と絡めて何かと死ぬことを美化したがる。
それは間違いだ。だから本当に国のために特攻を選んだ人を憐れむべきでない。
しかし、忖度で仕方なくいった人は同情しなければならないし、そういうことを二度と
やってはいけない。この項目でいう反省するならこういうことだ。

日本は敗戦についての検証をどういう訳だかやろうとしない。
右翼が怖いからなら将来的にまた右翼を中心とする軍事政権が出来るかも知れない。
そういうおかしかことが起こりそうになった時に命を賭して抵抗しなければ民主国家ではない。
前にも書いたが民主主義には国民一人一人の勇気が問われる。
おかしかことが行われようとしたときに、それが合法的なことであっても抵抗する時には
抵抗しなければならない。今のロシアを見るべきだ。誰もこれがおかしなことだと分かっていても
プーチンに反旗を翻さない。これはロシア人の一人一人に問われている勇気だが今のところ
その勇気は見られない。民主主義にはそういう犠牲がつきものなのだ。

反省するならただ「戦争反対」ではない、覚悟と決意が必要になる。
日本は戦争に負けてアメリカから貰った平和だ。自分で勝ち取った平和ではない。
前にも言ったが、当時の大人は皆口をそろえて「あの当時は仕方が無かった」という。
それは大人として日本人としては無責任な発言だろう。
そういう日本だからこそ反省はしなければならないがただ、戦争がダメだというだけで
本質への切込みが無い。愚かな話だ。
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