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2023年07月14日10:16

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多様性と言ってしまう違和感

■LGBT理解増進法が成立=議連案変容、歓迎乏しく
(時事通信社 - 06月17日 08:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=7453974
LGBT理解増進法、良いんだけれども「多様性」という言葉を使ってしきりに納得や理解させようとすることに違和感を覚える。

「多様性」=LGBTではない。いろいろな考え方を受け入れるという意味での多様性だろう。しかし、どんなところにでも多様性とか言いながら実際はそうでないことが多い。
例えば結婚を考える場合、(特に女性に多いと思うが)高収入、高学歴、高ルックスが条件、そうでなければ結婚しない。なぜならもし相手が裕福でなく地位も名誉も無ければ自分の人生が滅茶苦茶になる、自意識を保てない。とか。

仕事についても
未経験、年齢不問と言いながらそれを理由に拒む。

じゃあ、アニメオタクやニートを「多様性」としない理由は何だろうか?

多様性と言うならあらゆる差別をなくさないといけないはずだが、上記の一例はどこにでも存在するある意味「差別」だ。

少子化の原因は選ぶ側にあるが、今後の人生がどうなるか分からないのにフルの条件でなければ受け入れないというそれは「自由」だが、多様性の社会と言う点では否定的な考え方だろう。

だから多様性と言う言葉を使って逃げることに違和感を覚える。
ニートが働かないのも多様性だと言い出したら世の中が回らなくなる。
アニメオタクは未だに異質な存在だ。児童ポルノ犯罪予備軍みたいな扱い。
一方でそう思われないための努力もしなければならないがそういう人々はそんなことは一切気にする様子もなく自分の殻に閉じこもる。しかし、そうしたのは社会だという意見もある。

チャラい男を見て「コイツはヤバい」ケバい女を見て「こいつは一癖ある」と言ってはしゃぐのは差別だ。(見た目で人を何かに断定する行為)挙げればきりがない。
見た目が特殊だから犯罪でも起こしそうだとか、趣味趣向が特異だからコイツはヤバそうだから避けようとか。

多様性と言うならそういうことを精神の中からも一切排除する必要があるはずだが?

じゃあ、自由とは何なのか?

結婚しない自由、異質な人を見て拒む自由、嫌う自由、言い方の問題なのか?
選択しない自由と言えば民主主義っぽい。
でも選挙に行かない自由もある。国民一人一人が政治をする人を選ぶシステムなのに。

なんでも自由にすれば差別が横行し、多様性と言ってしまえばなんだかなんでも認めなければならない風潮で、強要されている感がある。
多様性とか自由とか言ってしまうと抽象的過ぎて分かりにくい。
先入観で裁かないという方が良いのではないだろうか?
入って行く方はそれを心掛け、受ける方はそれをきっかけに悪いことを考えないようにすればそういう言葉で括らなくても済む世界になるのではないだろうか?


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