訃報直後も続くryuchellさんへの中傷、七尾旅人「グロテスクで冷酷な社会」
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勘違いしてはいけないのは誹謗中傷と「受け入れない自由を尊重」を分けて考える必要があるということだ。私もトランスジェンダーについては理解はするが受け入れたくない主義だ。それは生命体として子孫と次世代に残すという根源を否定する特性であることからだが中にはそもそも自然に与えられた性を人為的に変えるとか、満足いかないから変えるということに否定的な意見もあるだろう。あるいは宗教的な観点からと言う視点も。
ただ、そこに誹謗中傷があってはならないが、受け入れないということと誹謗中傷を混同してしまうと「否定的な意見を持っている人たちへの配慮を強要される空気感」が問題だろう。それはトランスジェンダーへの理解を阻害する逆の動きと言えるが、一方で理解を促すのに否定的な考え方は排除するのではやっていることに矛盾する。
最近の自殺は言い方が悪いが死んだもの勝ちのように思える。命と引き換えに問題を受け入れてもらうとか世の中を変える原動力にすることは命の大切さをも否定する。
この人に限った話ではなくあらゆるところで最近はとにかく死ぬが横行し、あるいは強行に走るなど極端なことになり過ぎている気がする。
なんでも苛烈にすれば理解してもらえるというのは間違いだろう。
しかし、そういうことに人々を向けてしまうのは誹謗中傷もそうだし、世の中自体が末端の人々の苦しみに対し何も国や政治が向き合っていないなど、根幹に深い問題があるのも確かだ。前述の通り誹謗中傷と受け入れない自由は分ける必要がある。
誹謗中傷はいけないことは当然の話だろう。自分も昔はそれに近いことは書きこんだことはあるし、ネット社会がまだ始まりの頃と言うのはそういうのに溢れていた。
しかしながら、多くの場合それがいけないことと認識するには多くの犠牲を見てきてからでそうなる前にすべきことはたくさんあっただろうと思う。ただ、死ねば分かってもらえるという短絡的な考え方はそれはそれで間違っている。
人間社会は往々にしてそういう傾向にあるが、戦争にせよ自然災害にせよ、とんでもなく痛い目に遭わないと分からない部分は持っている。どの業界にかかわらず政治も含め予想される問題に対して早めに対処することを恐れてはいけない。官僚や政治家が恐れているのは新しいことをすることによって自分の立場が危なくなるというような利己的で非常に小さなもののために社会が大変な犠牲を払っている。
それが「どうせ」という心理を生み、変わらない現状に対して命と引き換えに分かってもらおうという方向に動かしているのかも知れない。
今回のこの自殺がどういう理由かは分からないが連鎖をしないよう手を打たなければならないだろう。
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