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2023年07月02日23:13

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美談にしすぎ

『どうする家康』瀬名&信康が”壮絶最期” 家康の願い届かず…「鬱回」「しんどすぎて涙が止まらん」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=7473241
ドラマとしては上手く作っている感はあったが泣かせることに重点を置きすぎて史実との乖離がひどかった。江戸時代に描かれた話もあるだろうが、史実としては「武田と内通した瀬名と信康が責めを負い自害、あるいは斬首された」ことは間違いない。

武田が三河に錆を打って織田と徳川を分断するために調略はかかせない。問題はどういうエサで釣るかだ。前にも書いたが瀬名は今川の家臣の娘で古式ゆかしき世界で育った人だ。
今川に恩があるはずの家康が桶狭間の直後、トップが死んだのにすぐ裏切って岡崎に入ったのが遺恨になっている。後先考えずに行動したから見殺しにちかいことになっていたのだから。そのせいで両親は責めを負い自害。遺恨にならないはずはないのだ。

そこは付け入るところではあっただろう。間者が潜入して懐柔したかもしれない。
言ってみれば家康は信長のようなおかしな世界観、将来像を持っている人に迎合し明るい未来を見ている。古式ゆかしい人からすれば理解できないだろう。母親は子供を守ろうとするから「あんな変な父の跡を継いで欲しくない」ということでクーデターを起こして武田のような古式ゆかしい方に付こうとした。勝頼に岡崎を手土産に東三河から駿河その先までを貰い、信康の安寧の場所にしたかったに違いない。そこは瀬名の出所でもある。

家康からすれば妻、子であれ、信長に逆らったらどうなるかは分かっていたし、所領の安堵を考えると簡単な処分では済まないと知っていたに違いない。
そもそも三河より東が危険であればあるほど信長にとって脅威だ。家康が背中を守ってくれているから西で好きなことができた。だから信長は自分から断を下していない。
同盟関係を揺るがす事件であっても家康に判断をゆだねた。
家康も小さな罰では済まないことは分かっていたから命と引き換えにしたのだろう。
夢見る家康とそうはいかない現実、堅実、安定な瀬名とでは理解しあえるはずもなかった。
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