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2023年06月04日23:23

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シン・ウルトラマン

「シン・ウルトラマン」みてみた。
ウルトラマンファンの僕は、逆にみることでショックを受けたくないので、みないようにしていたんだが、ずっと気になっていたので、気を決した。
みるのを躊躇していた理由としては、「シン・ゴジラ」が完全に庵野秀明の色に染まっていて、全編エヴァンゲリオンのテイストだったからだ。「シン・ゴジラ」は、久々に日本制作版の上映だったので楽しみにしていたんだが、ちょっとゴジラじゃねーよなー、っていうガッカリ感が強かった。
まあ、庵野秀明は、エヴァンゲリオンと同じような感じで作品にリアリティを持たせたいというのもあったろうし、ゴジラという素材を使って自分の構想を実現したかったのだろうが、ゴジラはゴジラなのである。ストーリーにリアリズムがなくても、チャチくても、チープでも、そこがゴジラのゴジラたるゆえんで、怪獣映画の王道パターンを期待していたのを見事に裏切られたのだった。ゴジラにあんな色づけはいらない。鬱陶しいだけ。
というわけで、今回も「シン・ゴジラ」と同じく庵野秀明と樋口真嗣なのタッグ。僕としてはゴジラ以上に好きなウルトラマン。ガッカリしそうだなあ、、と思って観るに観れなかったのだが。
結論としては、意外と面白かった。
まず、映像の雰囲気である。昭和41年放映の当時のウルトラマンに近い色合いの映像だったことだ。円谷プロ独特のカラーというのか。
もちろん、当時は、CG技術などもなく、特撮の最先端であった円谷プロを持ってしても、一抹のショボい映像になってしまうのは否めないのだが、だからこそ独特の味と雰囲気をかもし出していて、子供心に物凄い惹かれた。もっとも僕は初代ウルトラマン放映当時は生まれていなかったので再放送で観ていたのだが。
僕の中では、ウルトラマンシリーズは、ウルトラマンレオで完結しており、それ以降のウルトラマン80やら平成のウルトラマンやらは、ほぼ興味なし。
平成シリーズに至っては、CGを駆使しすぎていてやたらメタリックなのが風情もへったくれもなく、昭和40年代に流行った泥臭いドラマ展開も薄く、全然興味がもてない。
そう考えると、「シン・ウルトラマン」は、CGなどの最先端技術を使っているのだろうが、あの当時の映像表現を再現しようという試みがあり良かった。
それから、基本のストーリーが、初代ウルトラマンの当時のストーリーを踏襲していたこと。怪獣も、当時の怪獣をそのまま使っているのもグッド。ここで色気だして新しい怪獣などをデザインされていたら一気に興ざめだからね。

さて、ストーリーは当時の話をそのまま踏襲していたが、いろいろと辻褄が合わなくなるような矛盾点はなるべく解消していくという努力がなされていた。
「シン・ゴジラ」もそれをやろうとしていた風ではあって鼻についたが、今回はむしろ、子供心に感じた疑問を解消してくれたようで良かったと思った。
まず、政府の存在がありきであること。怪獣の出現にまず自衛隊の出撃要請があって、さらに自衛隊では解決できなくなると禍特対に出動要請が出る。一応、有事の際の命令系統を現実に沿おうとしている。
なお、シン・ウルトラマンでは、怪獣ではなく禍威獣とし、科学特捜隊は禍威獣災害対策本部「禍特対」としている。政府が設立した防災庁に設置した専従組織という設定。
まあここらへんは別に「怪獣」でもいいし、特に弄る必要もないかなあ、と思ったが、禍特対は一応は皆、スーツを着ていて役人スタイルであり、あくまでも怪獣(めんどくさいからこう表記する)の分析および対策方法を自衛隊などに指示する役割。戦闘機やミサイルで攻撃を実施するのは、あくまでも自衛隊という設定。
ウルトラマンは、神永という禍特対任務の職員が変身するのだが、これもウルトラマンが子供を助けるために命を落とした神永と融合するというところは、オリジナルを踏襲している。
ただ、オリジナルのハヤタ隊員のようではなく、ウルトラマンの心が強く現れて、冷静・頭脳明晰だがどこか人間離れしているような性格だという設定にしていた。ここらへんは良いと思う。
また、変身の時に使用するベータカプセルにもそれなりの科学的説明が加えられていて、巨大化とか、変身などは、ベータカプセルに導入されているベータシステムによるもの、という説明。
本作に登場するザラブ星人やメフィラス星人もベータシステムによって人間の姿となったり巨大化したりする、ということになっていた。

登場する怪獣は、以下の通り。
ネロンガ
ザボラ
ザラブ星人
メフィラス星人
ゼットン
どの怪獣の話も知っているが、案外記憶が飛んでいてこんな話だっけ?っていうのがあったが、記憶が蘇ってきて、大筋ではオリジナルを踏襲していた。
ウルトラマンの登場はネロンガからで、この時に子供を救って命を落とした神永とウルトラマンが融合する。オリジナルはネロンガは3話くらいかな。ハヤタ隊員が命を落とすのは第1話のベムラーによる。
ウルトラマンの顔、ボディラインも、変にゴテゴテさせずオリジナルに沿ったシンプルなもので、出演者の長澤まさみがその姿をみて「美しい・・」とホレボレしていたが、確かに美しくかっこいい。
必殺技のスペシウム光線、八裂光輪も、映像技術の進歩によりスピード感たっぷりでありワクワクした。
ザラブ星人や、メフィラス星人は、人類の何倍も知能が発達しているという設定なので、かなり慎重に描かれていた。まずは政府に要求事項を提示し、双方のメリットを示しながら交渉を進めていくなど、確かに普通はまずそこからだよなー、と思う。
オリジナルだと科特隊かウルトラマンであるハヤタ隊員くらいにしか要求事項を言わずにしかも、一方的に地球を侵略したい、っていう内容なだけだから、大人になってから観ると非常に違和感がある。まあ、そこは子供番組が前提だから詰めていってもしょうがないところだけど・・
その上で、真の目的は人類の駆除にあり、同じ知能レベルのウルトラマンには、真の目的をこっそり共有し協力を求めるのだが、ウルトラマンは拒み続ける。
ザラブにせよメフィラスにせよ、共通しているのは、人類というのは生物全体からみれば害悪に過ぎず、放置しておくと生物全体の生態系に影響を与えてしまうため駆除すべき、という論理を持っており、おそらく作品世界の中ではそれが正解なんだろう。
ウルトラマンは、それでも人間を信じたいという信念に貫かれている。人間に融合したのはそのためだという。
そして、最後にゼットンを登場させるのだが、ゼットンはオリジナルでも最終回に登場する最強の怪獣であるが、本作はゼットンというのは、ゾフィが用意した天体制圧用最終兵器という設定に変えている。ゾフィはウルトラマンの故郷の光の国の使者であり、ウルトラマンが人類を救うという行為が掟に違反している、ということで、ウルトラマンに忠告にくる。なお、オリジナルのゾフィは、最初はウルトラマンを救うためにやってきたウルトラの国の使者、ウルトラシリーズが進んでいくと、ウルトラ兄弟の長男に設定変更された。
ウルトラマンと同じ種族もまた、ザラブやメフィラスと同じように、人類は駆逐すべき対象である、と考えていること。
ここが勧善懲悪ではなく、科学的根拠に基づくと人類はロクな生物じゃないから、宇宙では駆逐すべきだという思想になっていることは筋を通している。
そのために、ウルトラマンの任務は人類の駆逐だったはずだが、ウルトラマンは人類愛を持ってしまったため要求に従わず、ゾフィは天体制圧用最終兵器であるゼットンを使い太陽系もろとも破壊することをもくろむ。つまりゾフィも人類からすると悪の側なのだ。
ここで面白いとおもったのが、オリジナルのゼットンは、「ゼットン火の玉」なる武器を発射できるのだが、これが小学館の「ウルトラマン大百科」などを読むと、1兆度あると書いてある。
1兆度といったら、太陽より熱い。熱いというか熱いなんてもんじゃない。
太陽は表面は約6000℃、中心部は1600万℃だから、1兆度は太陽の中心部の1万倍くらいの温度である。
オリジナルでは、ウルトラマンはこのゼットン火の玉を地球上でくらい死んでしまったが、ウルトラマンが死んで済むレベルか?という疑問が子供心にあった。
この疑問を解決すべく、本作では「太陽系の消滅」ということにしていたが、よく考えてみれば1兆度って、「ウルトラマン大百科」などが勝手に作った数字でしょ?ウルトラマン本編ではそんな設定どこにもなかったので、どうせ子供が読むものだしそもそもフィクションなのでどうとでも言えちゃうので、とりあえずでかい数字でも書いておけば子供たちも大騒ぎするだろう、くらいの軽い気持ちで書いた気がするんだが・・
映画で、わざわざその程度の資料を踏襲した挙句、それに辻褄を合わせる必要もないんじゃないかとも思ったが、まあちょっと面白かった。きっと僕くらいの年代の人が制作したので、僕と同じように「ウルトラマン大百科」を読み、同じように疑問を感じたんだろうなあ。

まあ全体を通して面白かったんだが、秀逸だったのが、斉藤工扮するウルトラマンの神永と山本耕史扮するメフィラス星人が、お互いの主張を語り合うシーンがあるんだが、最初は団地の下にある公園のブランコに乗りながら。周りには子供たちが遊んでいる。
2人は顔が世間に割れているため、話をしていたら警察の機動隊がきてしまったので、メフィラスが「場所を変えよう」といって、行った先が普通の居酒屋。普通に日本酒を飲みながら語り合っている。
今をときめく人気俳優2人がウルトラマンのキャラに扮し、こういう日常の場所で人類駆除の話をしているのが面白い。挙句に居酒屋では、メフィラスが会計時に「大将、お愛想」といい、ウルトラマンに「ワリカンでいいな?」と言うあたりは、製作者の遊び心だろうが、なかなか面白いシーンを入れたなと思った。
オリジナルのほうでは、実相寺昭雄が監督した時に、こういうシーンを好んで入れたのだが、それも踏襲していて、製作者のウルトラマン愛を感じた。
なかなか満足度の高い作品だった。また、出演した役者陣がことごとく一流どころだったのも良かった。

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