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2023年05月06日16:26

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エベーヌSQ:『弦楽五重奏曲No.3&No.5』(モーツァルト)

【収録曲】

W.A.モーツァルト
1 弦楽五重奏曲 第3番 ハ長調 K.515
2 弦楽五重奏曲 第4番 ト短調 K.516

エベーヌ弦楽四重奏団
 ピエール・コロンべ(ヴァイオリン)
 ガブリエル・ル・マガデュール(ヴァイオリン)
 マリー・シレム(ビオラ)
 ラファエル・メルラン(チェロ)
アントワン・タメスティ(ビオラ)

2020年6月3〜6日,Auditorium, Seine Musicale, パリ
EAN 5054197213328(セッション)


フランスの演奏家が演奏するモーツァルト室内楽の傑作2曲をカップリングしたCD。弦楽五重奏曲,とりわけ第3番と第4番の音楽的な充実度は彼の弦楽四重奏曲をはるかに凌ぐ。また,いくつかのヴァイオリン・ソナタやクラリネット五重奏曲などと比べても遜色はない。演奏しているのはフランスの中堅カルテット,エベーヌ弦楽四重奏団。パリ生まれのビオラ奏者のアントワン・タメスティも加わる。タメスティは現在,もっとも優れたビオラ奏者といわれ,ソリストや室内楽奏者として高く評価されている。美しく,豊かで深みのある,磨きぬかれた音色で知られ,バロックから現代まで幅広いレパートリーを誇る。

フランスの弦楽器奏者たちが挑んだクリアーで明るいモーツァルトの弦楽五重奏曲を聴きたくてこのCDを買った。隅々まで明晰で,一点の曇りもないモーツァルトだろうと予想した。フランス南東部の地中海に面する保養地,プロヴァンス地方のようなモーツァルトを確たる根拠もなくイメージしていた。

予想の半分は的中したと言えるかも知れないが,残り半分は外れた。確かに明るいモーツァルトだ。だがクリアーで明晰かと問われるなら,言葉に詰まる。豊か過ぎるくらい豊かな響きで,曖昧模糊としたサウンドが支配的なモーツァルトの弦楽五重奏曲である。モーツァルトの弦楽五重奏曲は,弦楽四重奏団の第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ビオラそしてチェロに,もう一本ビオラが加わる編成。したがって通常の弦楽四重奏曲より中低域が充実した楽曲になっている。エベーヌ弦楽四重奏団他の演奏では中低域,というより低域を重視した,とても柔らかい響きを持つ仕上げになっている。だが,豊か過ぎて中域から低域にかけてのサウンドが高域に被さっているようにさえきこえる。ワーグナーやブルックナーそしてドビュッシーが書いたかのような弦楽五重奏曲で,モーツァルトの音楽に対して抱くイメージとは正面から衝突する。そして,こうした傾向はト短調の第4番よりもハ長調の第3番で顕著だ。

弦楽五重奏曲第3番は,主旋律が中低域の濃霧の彼方からきこえるような印象を与える。霧が深く立ち込めているようにきこえるのは,あたかもビオラ2本とチェロ1本に替えてコントラバス3本で弾いているかのように中低域を強調した演奏であるからだ。濃密な中低音が主旋律を弾くヴァイオリンのパートをすっかり覆ってしまったような印象を与える。それでも,メロディーラインを聴き取ることができると感じるのは,主旋律を脳内で自動補正する機能が働いているからなのか。

深く立ち込めた霧の向こうに明るい日差しが感じられる演奏でもある。空を覆う雲の切れ間から眩しい陽の光が注いでいて,その青空がこちらへ近づいて来るようだ。そんな雰囲気の演奏と言える。曖昧模糊とした演奏である反面,聴く側を楽観的にする要素も兼ね備えてもいる。

とはいえ,これまで何度となく聴いたモーツァルトの弦楽五重奏曲第3番と比べ,聴いていて何とも不思議な感じがする演奏だ。どの曲目を演奏しているのか明瞭に理解できるものの,何度聴いても違和感を拭えない妙な感じがする演奏だ。

一方,弦楽五重奏曲第4番はやや過剰なまでのふくよかさは拭えないものの,第3番の演奏に比べより従来型の演奏に近い。この曲の演奏では,メロディーラインが主役にカムバックして,楽曲の表情を明瞭に聴き取れることができるからだ。そのことにト短調という調性がどれほど関係しているのかわからないが,音楽の表情をより確かに読み取りやすくなったことは間違いない。主旋律が織りなす表情そのものの好き嫌い以上に,然るべき所にとにかく表情があるというだけで得られる安心感が大きい。明快な表情を持つ音楽と接したときの安心感のようなものを感じる。

とはいえ,濃霧の中に浮かび上がってくる顔の表情が明瞭になったものの,その背景をつくる中低音の霧は通常よりも濃く,楽曲の表情を少し曖昧にして歪めていることも事実だ。中域以下をより絞って,全身を引き締めると,当初予想していた演奏に近くなる。だが,まだ不用な贅肉が残った,やや変則的なバランスの演奏で聴いても,モーツァルトがどれほどの傑作を書いたのか理解できるところが,モーツァルトの天才である所以だと再認識させられる。

率直に言って,モーツァルトの弦楽五重奏曲を録音するにあたって,エベーヌ弦楽四重奏団がなぜ中低音域をこれほどまでに強調したのか,その理由は見当もつかない。明るくふくよかなモーツァルトを表現したかったからとも考えられるが,仮にそうだとしてもCDから聴こえてくるのは度を越した演奏としか言いようがない。こうなったら,あまり真剣に考え過ぎず,よく分からない演奏だった,くらいにとどめておくのが適切なのかも知れない。
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