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2023年04月27日05:00

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民主党政権を振り返る

2009年の総選挙は日本の政治史を変える可能性はありましたが、民主党は準備不足、党内の権力競争、官僚組織の扱い方の問題もあって、結局3年後に惨敗しました。振り返って考えると鳩山総理が沖縄・普天間基地の問題や東アジア共同体についての発言で、米オバマ政権の強い反発を呼んだのも大きかったです。

オバマ大統領のNSC (米国家安全保障会議)のアジア担当の人たちは鳩山さんのことを知らずに、反米親中だと決めつけました。鳩山さんはナイーブで、「友愛」 さえあればなんでも問題は解決できるという非現実的な考えはあったのですが、決して反米ではないです。

オバマ政権は鳩山さんに対して過剰な拒否反応を示しました。もっと時間をかけて日本の国民が選挙で選んだ政権と政策調整のために努力すべきだと思っていましたが、そういう話を聞く耳をオバマ政権は持てなかったのです。

次に菅直人さんが総理大臣になります。菅さんは左派だというけれど、日米関係は割とよくやっていました。しかし、2011年の東日本大震災、福島の原発事故が起こり、彼の対応に対して猛烈な批判がありました。あのとき自民党政権だったら、自民は永遠に政権を取れなくなった可能性がありました。

原発村を作ったのも、東電から莫大な政治資金をもらっていたのも自民党でしたが、2009年の選挙の結果、野党が政権を取ったのは救いでした。しかし菅さんは、消費税を上げると言ったり、やめると言ったり、市民運動家ですから国のリーダーとしてアマチュアではあるという印象が強かったです。

ただ、原発事故のとき、彼が東電の本部に飛んでいって叫ばなければ、東電は福島第一原発から作業員を逃げさせて福島原発の周辺ばかりでなく関東全部が被曝地になった可能性がありました。現場にヘリで向かって被害を拡大させたのは事実ですが。

最後に野田佳彦さんが総理になって、尖閣諸島の国有化に踏み込んで中国と危機的な状況になり、消費税を上げると言って人気が落ちて、党内がバラバラになって、リーダーシップを発揮できませんでした。議席は大きく減ると覚悟しながら解散しましたが、減っても惨敗にならなければ、自民党と連立はできるかもしれないと状況を読み間違えました。

いずれにしても民主党にとっては遅すぎました。いまの日本の政治を見ていると、野党が政権を取れるシナリオは成り立ちません。自民党が割れれば変わってきますが、いまのところは自民党が割れる可能性もない。野党が急に国民の支持を得るようになることも非常に考えにくいのです。

そうすると、だらだらとこのままいって、という感じです。岸田政権はあと2〜3年は続きますので、野党も次の世代の自民党のリーダーたちも、それを準備期間と思って、政治が変わるように勉強して、戦略を練るとよいと思います。展望が拓けないというのは、まったく残念なことだと思います。

(1) 仲條拓躬 - YouTube

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