今日に成りえたのは、一体誰のせいだろうか。
明日を受け入れるの器は、いつの間にか誰にでも備わっていて、
正しく受け止める人もいれば、垂れ流しこぼし続ける人もいて、
やっとの思いで明日にたどり着くと、穴だらけだった事に気付かされ。
でも、穴から入ってくる風は適切な換気口。
ヒリヒリと肌をなぞるような痛みはあるけど、
邪魔なものがなくて丁度いいのかもしれない。
疲れると「結局」という言葉を使いがちだ。
過程を省いて答えを求めたくなる。
でも本当は答えなんてどうでも良くて、過程が全てだったりするのかもしれない。
それを愛でる事ができる余裕を求めてるのかもしれない、と思った。
ここはどこだろうか。
否、どこにいるのかなんて関係ない。
どこにいたってクソである事は変わりない。
じゃ、
僕は何を知りたいのだろう。
何を知る必要があるのだろう。
たしか近くの公園で桜が咲いている。
でも今日はひどい雨だ。
いろんなものを流していく
そんな雨がすごく好きだ。
たまった雨に流されて、どこか遠くへ運ばれてみたい。
どこにもたどり着けないかもしれないが、その過程を愛でたいと思う。
2023年4月。
今日はろうそくでも付けようか。
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