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2023年03月02日21:11

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ZARDの坂井泉水とバブル経済(バブルの後遺症について)流動性選好説 2023年第2回目丹沢山麓秦野市を中心に旅する〜止まっていた時計が今動き出した〜  西平畑公園 開成町ひな祭 戸川公園のライトアップ

日本政府は、感染症法において、5月8日以降、コロナウィルスを現行の2類から5類へ引き下げる。従って医療費の自己負担を求める方針を示した。近日中明らかにする見通しである。
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=7321324

 <ZARDの坂井泉水とバブル経済(番外編)坂井泉水が育った神奈川県丹沢山麓秦野市を旅する 2023年第2回目 〜とまっていた時計が今動き出した〜 >

 本年2月にZARDの坂井泉水とバブル経済の日記を3回に渡って連載した。今回は、番外編として、第1章でバブル崩壊の後遺症について検証しながら、20世紀のイギリス人経済学者ケインズが発表した「流動性選好理論」について考察する。第2章では、ZARDの歌詞「止まっていた時計が今動き出した」の内容と共に、2月26日(日)の丹沢山麓秦野市、足柄上郡松田町、開成町の様子を紹介する。バブル後デフレ下にあった日本経済は、円安と資源高により、消費者物価が上昇に転じた。労働者の暮らしを守るため、政府の要請に応え、輸出関連の大企業を中心に、30年間止まっていた労働者の賃上げの動きが活性化した。冬の間眠っていた花々が、春にいっせいに開花するように、日本経済も目覚めの時を迎えた。バブルの後遺症から脱出するか、重大な局面に突入した。坂井泉水が育った丹沢山地の麓を旅する青年を主人公にした旅物語に目を通していただきたい。

 前回 2023年1月29日の模様 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984355577&owner_id=32437106

 目次
第1章 坂井泉水の人生から、ケインズ理論により、バブル後の経済を考察する 
第2章 2023年第2回目 2月26日(日)ZARDの坂井泉水が育った丹沢山麓を旅する〜止まっていた時計が今動き出した〜
 1.松田町 春爛漫 西平畑公園とあぐりパーク嵯峨の河津桜
2.開成町 瀬戸屋敷 ひな壇
3.秦野市 香雲寺と渋沢丘陵の梅林
4.秦野市 県立はだの戸川公園 河津桜ライトアップ

  第1章 坂井泉水の人生から、ケインズ理論により、バブル後の経済を考察する 

 ZARDの坂井泉水は、バブルの崩壊による不況時に彗星のごとく現れた。1993年1月27日にリリースした6thシングル「負けないで」を、2月5日にテレ朝系列のミュージックステーションで生披露する。テレビ出演の効果により、CDの方はロングヒットしたものの、彼女自身は一切テレビの前に姿を現さなくなった。神秘性から、伝説の歌姫としても語られている。

 戦後日本経済は、景気の波がありながら、一貫して右肩上がりで成長をとげていた。当時は、働き盛りの若者が多く、福祉予算も最小限にとどまった。不況に陥ると、日銀は公定歩合を引き下げ、企業に設備投資をうながす。新規事業が始まると、雇用が創出され、失業者が救済される。戦後の日本の金融政策は「ケインズ理論」に基づいていた。

 景気が過熱し、インフレが昂進すると、政府の要請に従い、中央銀行は金利を引き上げる。その手段として、国債や手形などを売却し、市中の資金を吸収する。国債が出回ると、買い手がつきづらい。従って、金利が上がりやすくなる。中央銀行の国債の売買により、金利をコントロールすることを「公開市場操作」という。

写真 掲載元 KUBOKKY,com 最終更新2022年11月17日 公開市場操作(買い・売り・指値オペ)https://kubokky.com/2022/05/17/jbank-financial-policy/
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 中央銀行の金融政策により、景気を調整してきた。坂井泉水がブレイクを果たした93年以降、バブルの後遺症から、景気には波があるとはいえ、大きな成長を遂げていない。後遺症の一つとして、民間の銀行が、企業や個人の貸し出し審査を厳格化したことにある。もう一つは、企業の設備投資不足により、雇用を拡大できないことにある。日本は、2013年3月20日に、第31代の日銀総裁に、黒田東彦(くろだはるひこ)氏が就任すると、市場に大量のマネーを供給し、円安へと誘導し、輸出企業の業績改善を図った。マネタリベースは、就任当初の150兆円から2022年末まで700兆円まで増加に転じた。市場にお金を供給しながら、低金利へと誘導すれば、企業の設備投資が盛んになり、雇用の創出に繋がる。働き盛りの年代が多い過去の日本では、通用する理論だった。少子高齢化が進む現代において、企業も銀行も守りの意識が強い。企業の内部留保は、2012年の推定274兆円から、2022年に500兆円までほぼ2倍につみあがっていた。日銀が市場にマネーを供給すると、企業は投資に回さない分、蓄えが増えたのである。

 バブル後に人々の考えが変わるきっかけがあった。円の価値が安定したことにより、物の値段が下がるデフレ状態に陥った。デフレ下において、現金の価値が高くなる。ケインズが、提唱した利子率に関する「流動性選好説」では、資産を貨幣で持っていれば、交換の容易性や元本の価値の安全性(これらを流動性という)を確保できる。有価証券の形で持っていると流動性が失われる反面,その代償としての利子による収益性がある。古典派経済学において、利子は節約に対する報酬でありうると説いていた。貯蓄と投資によって利子率が決定される。すなわち、利子を実物現象とみて、貯蓄と投資の均衡によるフローの利子率決定理論が展開されているのである。

写真 掲載元 Slide Player 3-2-1��貨幣市場の均衡https://slidesplayer.net/slide/11112092/
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 ケインズは、投機的動機に基づき、利子率を貨幣現象とみなした。古典派理論でもケインズ理論においても、物価が変わらない世界では、現金は最も安全な資産である。現金の所有により、欲しい物を買いやすくなる。ケインズ論に基づけば、流動性が高いことを意味する。資産を株価や債権に移していると、他の物と交換しづらい。売買の際に手数料が発生する分、慎重にならざるを得ない。流動性が高い通貨を一定期間手放す代償として、所有者は利子を得る。株価では配当金として還元される。債権に関しては、利子がつく。現金預金よりも、債権の方が利率は高い。
 岸田文夫内閣総理大臣は2022年12月30日、東京証券取引所で一年を締めくくる大納会に出席し、「資産倍増プラン元年」を題し、貯金から投資へのシフトを目標に掲げた。日本人の推定資産は1900兆円、そのうち54%が現金・預金といわれている。人々が銀行に預けている現金・預金を投資に回せば、企業の株価が上がり、業績は改善する。銀行に預けておくだけでは、金利はほとんどつかない。ケインズ理論にによれば、有価証券の形で持っていると、物との交換性が失われる半面、銀行預金よりも高い利率が得られる。ケインズ(1883-1946年)の時代、世界的に人口が急増し、働き盛りの若者が数多かった。現代のように少子高齢化が進むと、ケインズ経済理論を修正する必要がある。ケインズ自身も1937年の公演において、「人口減少社会の帰結」と題した論文の内容を発表した。人口減少により、経済規模が縮小すると説いていた。処方箋として、所得に対して預金の割合を最小限にするべく、富の再分配を行うか、または技術や消費の促進のために、利子率を低下させる必要があると、訴えた。日本では、与党・自民党が、経済界から献金を貰うことにより、資本家に対して、高い税率をかけることには否定的である。
 
写真=資産倍増プラン元年の概要 掲載元 つばめ投資顧問 2022年6月17日より
https://tsubame104.com/archives/20278
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ケインズは、有効需要を喚起する政策が実行される限り、人口減でも経済的に大きな落ち込みはないと、予測していた。人々が将来不安から、消費や投資もせずに、お金を溜め込むと、結果的に経済は落ち込む。
日本人の現金・預金額の多くは、65歳以上の高齢者で占められる。資産の守りに入る高齢者は、リスクのある投資には消極的だ。岸田総理大臣は、現役世代の老後を考え、リスクが少ない投資プランを進める。その一つ、積み立てNISAの非課税枠を年間120万円まで増額した。個人型確定拠出年金(iDeCo、イデコ)の加入可能年齢も60歳未満から65歳まで引き上げた。

 バブルの頃、人々は余ったお金を、土地や株へと投資した。土地や株価の上昇により、企業は恩恵を受け、空前の好景気に沸いたのである。人々の冒険心に駆り立てられ、新規事業を始めやすくなった。ZARDの坂井泉水も、好景気に支えられ、歌手になる決断を下した。87年4月から2年勤めた不動産会社を退社し、1年半に渡るモデル活動を経て、歌手デビューへの道が決まったのである。バブル崩壊により、経済活動は縮小したとはいえ、CD業界は好調だった。彼女は、時代の波に乗り、成功を収めた。彼女の功績を残すべく、プロデューサーを務めた長戸大幸(ながとだいこう)氏によって、後継のバンドが結成された。2019年に、自身が大阪府で開校したGIZA MUSIC(ギザ・ミュージック)に通っていた生徒から成る4人組みのバンド、SARD UNDER GROUNDをプロデュースした。バブル崩壊後に産まれたメンバーは、日本の経済成長期を知らない。物心がついた頃からインターネットが普及し、携帯電話が身近にあった。いわゆるz世代である。ZARD世代の50代から、若い20代まで、幅広い世代からファンを獲得した。ZARDの坂井泉水の良さを引き出しながら、現代の若い人にもメッセージを伝えている。時を越えて、思いは受け継がれていた。

 写真 掲載元 坂本ひろ美 インスタ 2023年2月21日付け https://twitter.com/sakamoto_sard/status/1628022950506135552/photo/1
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第2章 2023年第2回目 2月26日(日)ZARDの坂井泉水が育った丹沢山麓を旅する〜止まっていた時計が今動き出した〜


2月26日(日)、2023年第2回目、ZARDの坂井泉水が育った秦野市を中心に、丹沢山麓を旅した。毎回テーマとなるZARDの曲は「止まっていた時計が今動き出した」である。同曲は、2004年1月28日にリリースされた10thアルバムの表題曲、冬から春へと季節が移り変わる中、過去の思い出を胸にしまい、新たなステージへ旅立つ若者を描いている。早春の景色と重ね合わせながら、歌詞の内容についても考察する。

写真=止まっていた時計が今動き出したのジャケット 
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1.春爛漫 西平畑公園とあぐりパーク嵯峨の河津桜

丹沢山麓では、早咲きの河津桜と共に、梅の方も中咲きが見頃を迎えていた。朝一番、午前7時前に向ったのは、足柄上郡松田町の西平畑公園である。標高580mの松田山山麓に位置する河津桜の名所だ。テレ朝系列の報道ステーションを含め、ニュース番組でも紹介された。殺風景な冬の間、彩り豊かなピンクの花びらが、来園者の目を引きつけ、一足早い春を感じさせる。

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 坂井泉水が発表した歌詞「止まっていた時計が今動き出した」では、春を待ち望む主人公の姿が見える。

冒頭の歌詞:まためぐり合う春を待っている時よつづれ、そして人は皆、僅かな誇りと運命を感じている。

 春といえば、出会いの季節、鳥の世界で一足速く子育てに入るモズのオスは、秋に高鳴きをして、縄張りを宣言する。広い縄張りを持つオス程、メスに出会いやすい。2月末から3月初め頃、メスを縄張りに呼び寄せて、草地で営巣する。我々ヒトは、卒業や就職、転勤などにより、環境が変わりやすい。わずかな不安と希望を胸に、新生活をスタートする。

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続く歌詞:此処(ここ)には過去も未来もない、今しかない、周り道も意味のある修行(おしえ)と気がつく時がくる

人生は思い描いたとおりにはいかない。坂井泉水自身も、歌手になるため、下積みとなるモデル活動を行った。東邦カラオケクィーンとして、全国巡業するうち、歌うことについて自信を深めたのである。彼女は95年時に、(モデル時代の経験)あの頃があったからこそ、今の自分がいると、回顧していた。

 歌詞:きっと どこかへと繋がっている 冷たい石の上を歩く 靴音が懐かしいよね
許せなかった幼い日 どうか前途ある未来に…

進学か、就職か、人生の分かれ道に立たされると、深く思い悩む。作品に描かれた主人公は、無機質な石を歩く際の靴音が懐かしいと感じる程、喪失感を抱いていた。
 
西平畑公園に咲く鮮やかなピンクに染まった河津桜の花びらは、空虚な人々の心を慰めてくれる。メジロの集団が、一陣、二陣と訪れ、嘴を花弁の奥まで突っ込み、蜜を吸収した。メジロは、蜜から栄養分を摂取すると、暖かい陽気に誘われ、求愛行動を行う。
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 午後8時30分に、予定より若干早く開館した自然館に立ち寄った後、西平畑公園より、さらに高い場所に位置する「あぐりパーク嵯峨」を訪れた。ほぼ河津桜一色の公園に比して、園内には、白梅や紅梅の花が育つ。足元の菜の花も見頃を迎えていた。

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この日は、雲ひとつない青空が広がり、雪を被った富士山がくっきりと顔を出してくれた。

 あぐりパーク嵯峨から、西平畑公園を経由して、帰途についた。午前11時代、西平畑公園では、麓の階段から、入場者が列を成して並んでいた。昨日曇りがちの天気だったことにより、人が集中したのである。来園者は、一足速い春を感じ取っていた。

         2.開成町 瀬戸屋敷 ひな壇

 次の目的地は、松田町の隣に当たる開成町の瀬戸屋敷である。2月18日(土)から3月5日(日)まで2週間にわたり、毎年恒例のひな祭りが開催された。市民による手作りの作品が寄せられ、つるし飾りの作成には子供たちの手も借りたという。

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展示品では、子供や動物をモチーフにした作品も含まれていた。普段は、物置で眠っている雛人形達は、2月中旬頃に取り出され、脚光を浴びる。一年の多くを暗闇で過ごす雛人形の身を考えると、物悲しくなる。

 止っていた時計が今動き出したのサビの歌詞では、切ない気持ちを抱く主人公を表している。

 歌詞:君の胸の中に 何も持たずに今 飛び込んでいけるなら ねえ いきたいよ 何処か 果てまで 悲しい雨が心を塗らしてゆく 止っていた時計が今動きだすから

 つらい気持ちを、雨にたとえている。失望感を抱え、家に閉じこもっていても、時間だけは過ぎていく。自分自身の行動を起こすことにより、過ぎゆく日常を取り戻せる。

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目の前のひな壇は、お日様に当たると、色味が引き立つ。止っていた時計が動き出したように、雛人形達は、来園者の前でそれぞれ独自のポーズを見せる。鞠を転がす遊び心満載の子供から、新郎新婦のウサギ、兄弟寄り添う人の子供まで、実にユニークにとんでいた。

 曲の方は、間奏を挟み、Bメロのサビへと続く。

 Bメロのサビの一節:君と眠る時間 他人(ひと)には見せない顔 だんだん君とのおもいでも薄れてゆくよ 哀しい雨が心をぬらしてゆく 止っていた時計が今動く

 物置から目覚め、ついに止っていた時計が動き出した雛人形達、祭の期間が終れば、それぞれ持ち主の下へ帰ってゆく、別れはつらいこと、それでも所有者から防湿や温度管理された環境下に置かれることにより、長持ちする。日の当たる期間はおよそ3週間、短い時間でも、しっかりと我々来園者の記憶に刻まれていた。作品に描かれた主人公も、過去と決別し、前へと踏み出していた。

3. 秦野市 香雲寺と渋沢丘陵の梅林

午後2時代、坂井泉水の故郷である秦野市に入った。 向ったのは、秦野市の羽根町にある香雲寺である。境内の参道脇に植えられた梅の花が開花すると、ピンクと白の回廊を成す。この日は、一部区間のみ白梅が芽を出していた。紅梅は蕾の段階である。

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幹線道路から離れ、田畑が残る羽根町と隣接する西田原地区は、静けさに包まれていた。こじんまりとした境内のベンチには、一人のバイカーが腰を落ち着けていた。民家のそばで農作業に勤しむ人々の姿がある。むき出しの木の枝には、モズがとまっていた。どこか懐かしい里山の風情を感じることができた。

 バスで秦野駅へ戻ったのは午後3時ごろ、観光案内所にて、先月にもお会いした男性の職員と会話をした後、北へ約2km、震生湖へと続く渋沢丘陵・今泉の高台を登った。標高80mの秦野駅に対して、渋沢丘陵の標高は190m、秦野盆地と丹沢山地を背景に、梅の木を撮影する。

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冬の間、綺麗に畑を平らに慣らし、種まきを行う。丘陵地に菜の花が咲き、ヒバリが舞うと、いよいよ春の到来を感じることができる。紅梅と白梅は、冬の終わりを告げる花だった。

  4.県立はだの戸川公園 河津桜ライトアップ

 秦野駅へと戻り、下り方面に一駅先の渋沢駅で降りると、午後4時48分発大倉行きのバスに乗り換えた。最終舞台は、県立はだの戸川公園である。昨年に続き、河津桜の満開の期間の土日・祝日のみ夜間ライトアップが行われる。

 園内には、白梅や紅梅を含め、中咲きの梅も丁度見頃を迎えていた。シンボルとなるのは風のつり橋である。長さ260m、高さ36m、基礎がしっかりしている分、歩行者専用とはいえ、車やバイクが行き交う橋梁並みに安定度が高い。一歩外側から、丹沢の山と山を結ぶ架け橋のように見える。

 日没が迫り、肌寒くなった午後5時過ぎ、河津桜の木の前でシートを広げて談笑する若者グループや、子連れの家族グループの姿があった。殺風景な冬に、色鮮やかな花の下でのんびりとくつろいでいた。

 写真 2022年3月13日(日)より昼間の景色から1枚
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 掲載 日記 前年同期 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1981874833&owner_id=32437106

 夜景が綺麗なトワイライトタイムは午後5時50分から始まる。風のつり橋に装飾された青色LEDランプは、午後5時30分前には点灯していた。空があかるい段階だと、ネオンサインのように見える。より鮮やかさが増すのは日没から数十分後である。広場の方では、三脚に望遠レンズを搭載したカメラをセッティングしたカメラマンが、列を作って並んでいた。他の来園者との会話を横から聞いたところ、星空を撮影するという。雲ひとつない晴天に恵まれたこの日、星の観測には最適である。河津桜の前には、いつのまにか家族連れの姿はなくなっていた。

 午後5時50分、いよいよトワイライトタイムが始まる。

 写真=17時51分        写真=17時54分
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     17時56分            17時59分 
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 午後6時前後には、ヘアピンカープを下り、水無川沿いのグラウンドから撮影した。ライトがないとはいえ、壁に向ってボールを蹴る少年の姿がああった。闇夜に浮かぶ風のつり橋は、凛とした趣を感じることができる。

      18時1分            18時9分      
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 暗闇にたたずむと、心細さを感じる。止っていた時計が今動き出したのBメロのサビの歌詞へと続く。

歌詞:君の胸の中に 何も持たずに今 飛び込んでいけるなら ねぇ いきたいよ 果てまで

 孤独を抱えていると、誰かに助けを求めたくなる。まだ見ぬ深い山の奥地や天空の世界を想像する。本来、人は未知の世界へ踏みだすことに、多少なりとも抵抗がある。虚無感に襲われると、闇の中へ吸い込まれても、怖くなくなってしまう。

 私は、石畳で出来た道を辿りながら、水無川の対岸まで渡り、暗闇の中、ヘアピンカーブの道を登った。石造りの柱にライトが当たると、より白味が引き立つ。橋の麓の白梅が、石造りの柱に程よく溶け込んでいた。

 写真=18時17分
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 対岸の方は、街灯の数が少なく、真っ暗闇に包まれていた。午後6時30分頃、橋を渡り、元の河津桜の木が並ぶ、バス停側へと戻った。

 写真=18時35分
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 今回河津桜のライトアップは、場所を移動し、アングルを変えながら撮影した。石造りの橋は、青色LEDランプが点灯したワイヤーに補強され、光に当たると、柱の部分が真っ白になる。西洋風の意匠をこらしたデザインは、山々に囲まれた公園内で、異彩を放っていた。

止っていた時計が動き出したの歌詞の結末

 哀しい雨が心を塗らしてゆく 止っていた時計が今動き出したよ 止っていた時計が今動きだすから

 どんな日常を送っていても、寒い冬からお花が芽をだす春へと移り変わるように、時間は確実に過ぎていく。我々人は、閉じこもりがちの日々を送っていても、心の中の針を、動かさなければ、前に進めない。心を入れ替えて、一歩前へ進む青年像が見えた。

 坂井泉水自身、2006年に子宮頸癌が発覚し、無事摘出手術を終えて、病状は一時的に快方に向かった。2007年4月に肺への転移が発覚し、抗がん剤の投与を受けながら、闘病生活を送った。音楽活動の中断を余儀なくされながら、止っていた時計をいつでも動かせるように、再開後のスケジュルーを練っていたという。一つは新作アルバムのリリース、もう一つは同2007年秋に開始する幻となったライブツアー計画である。病床でも詩を書き続け、早朝の散歩を日課にしていた。2007年5月27日に、闘病中の事故により、帰らぬ人となった。後には未発表の詞(し)が綴られたノートが残された。長い間眠ったままだった未公開詞は、2019年にデビューしたSARD UNDER GROUNDによってアピールされた。新たに曲をつけ、作詞者坂井泉水として、世に送り出されたのである。2020年2月10日にリリースされた1stシングル「少しずつ少しずつ….」、同年5月20日にリリースされた2ndシングル「これからの君に乾杯」、2021年9月1日に発売された3rdアルバム オレンジ色の乾杯の収録曲「夏の恋はドラマチック」の3曲である。事務所側から、坂井泉水の未公開歌詞は、最後と発表された。トリビュートバンドのSARD UNDER GROUNDは、オリジナル曲を発表しながら、往年のZARDの名曲を歌い継ぐ。

 写真左=2023年2月23日(水)発売の5thシングル「卒業式」のジャケット
 写真右=ノートに文章を書く坂井泉水 掲載元 スポニチ 2019年8月13日付 https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2019/08/13/gazo/20190813s00041000020000p.html
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 日本経済の方も、坂井泉水がブレイクした1993年以降、労働者の給与水準は据え置かれたままだった。諸外国が賃上げにより、経済成長をする中、日本はバブル期から30年間、労働者の賃金水準も物価もほぼ横ばいである。人々の暮らしに追い討ちをかけたのは、急激な資源不足による物価高騰だった。きっかけは2022年2月24日からはじまったロシア軍によるウクライナ侵攻である。物流が滞り、穀物や原油価格が高騰した。欧米の中央銀行は、金融引き締め策をとり、利上げを容認する。対照的に日本銀行は、欧米の中央銀行の政策に逆行し、市場に大量のマネーを供給する金融緩和を続けた。日銀が国債を買い入れることにより、金利の上昇を抑制したのである。投資家目線に立つと、金利が低い「円」の魅力は失われた。高金利の「ドル」や「ユーロ」が投機対象になった結果、日本の円は、価値が下がった。円安により、輸入物価が上昇したのである。労働者の懐が厳しくなる中、政府の呼びかけによって、企業側は決断を迫られた。円安の恩恵を受ける輸出関連の大企業を中心に、労働者のベースアップを前向きに検討するようになった。中小企業まで賃上げが波及するか、焦点となる。労働者の賃金が抑制された日本経済は、30年間止ったままだった時計の針がようやく動き出した。坂井泉水の歌詞は、日本経済の実情を反映していた。時を越えてもなお、人々の心に訴えている。

 

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