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2023年02月25日16:53

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チョ・ソンジン:「ヘンデル・プロジェクト」(ヘンデル&ブラームス)

【収録曲】
ヘンデル(ハープシコードのための8つの組曲より)
 1 第2組曲 ヘ長調 HWV427
 2 第8組曲 ヘ短調 HWV433
 3 第5組曲 ホ長調 HWV430「調子のよい鍛冶屋」
ブラームス
 4 ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ 変ロ長調 Op.24
ヘンデル(ハープシコードのための9つの組曲より)
 5 サラバンド HWV440(第7組曲 変ロ長調より第3楽章)
 6 メヌエット(第1組曲 変ロ長調 HWV434 第4楽章,W.ケンプ編)

チョ・ソンジン(ピアノ)

2022年9月7~9日,シーメンスビラ,ベルリン
DG 4863018 (セッション)


韓国のピアニスト,チョ・ソンジンがリリースしたニューアルバム。チョは2015年のショパン国際ピアノコンクールで優勝。ショパン・コンクールでの優勝は,ベトナムのダン・タイソン(1980年)や中国のユンディ・リ(2000年)と並びアジア出身ピアニストの快挙といえる。2009年には浜松国際ピアノコンクールで最年少で優勝を果たし,2011年にはチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で第3位に入賞する。

このアルバムのタイトル「ヘンデル・プロジェクト」が示すとおり,チョがこのレコーディングで焦点を当てたのはヘンデルの鍵盤音楽。1720年に作曲された「ハープシコードのための8つの組曲」から3つの組曲と1733年の「ハープシコードのための9つの組曲」から2つの楽章を取り上げている。CD付属のライナーノートによれば,ヘンデルは鍵盤楽器のための音楽をたくさん書いているが,重要な作品はすべて「8つの組曲」と「9つの組曲」に含まれているという。それらに,ブラームスが作曲した「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」を組み合わせている。

チョがこれまでにリリースしたディスクは,彼が優勝したショパンコンクールのライブ,ショパンのピアノ協奏曲第1番,ドビュッシー作品集,ベートーヴェンのピアノ協奏曲やモーツァルトのピアノ協奏曲第20番。新進ピアニストとして王道を行くレコーディングである。では,今回,多くのピアニストが見向きもしないヘンデルの作品を取り上げたのはなぜだろう。ヘンデルの鍵盤音楽がとてもロマンチックだから,というのがチョ・ソンジンの答えだ。

彼はヘンデルがロマンチックな音楽を書いたと説得するために選んだ作品は3つのグループに分類できそうだ。最初のグループは「9つの組曲」からピックアップした「サラバンド」と「メヌエット」。これら2曲は曲自体がとても美しく鳴り響く性質を備えた小品といえる。第二のグループは「8つの組曲」から選んだ3つの組曲。これら3曲はバロック音楽の性格を保ちつつも甘美な響きという点でも抜きん出た音楽といえる。最後はブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」。バロック音楽の要素とロマン派の音楽とが見事に調和した作品だ。

「サラバンド」と「メヌエット」は,ロマン派の音楽がどのようなものなのかを説明するためラフマニノフの「ボカリーズ」を例示することに似ている。ヘンデルの作品の中から最も甘く美しい音楽の代表作のさわりを手取り早く紹介している。いきなり核心に切り込むようなことをしているのだが,それを端的に示す箇所を切り取っている。誰が聴いても直感的に美しい音楽であることがわかる典型的な事例だ。もちろん,ボカリーズと比べるとやや辛口の音楽ではあるが。この2作品はCDの一番最後のトラックに収められている。ブラームスの変奏曲を聴いて疲れた頭をほぐそうという狙いがあってのことだろうし,ディスクを聴き終える前にピアニストの主張をアピールする役目を与えられてのことかもしれない。

ハープシコードのための8つの組曲から選ばれた3曲,第2組曲,第8組曲と第5組曲はもちろん甘美な響きで演奏されている。それと同時にバロック音楽の要素を重視した演奏でもある。いかにもバロックというようなリズムがどの曲のどの楽章でも響いている。そのリズムは重く響くわけではないが,かと言って軽過ぎるわけでもない。バロックであることを印象付けるには十分なリズムでありつつ,ロマン派風のサウンドとの調和を図るうえで必要な抑制も兼ね備えている。おそらくバロックとロマン主義とのバランスの取り方は絶妙だが,それはチョ・ソンジンが自身の身体的感覚で決めたことなのだろう。軽やかなリズムと美しいピアノの音色で造形されるヘンデルの組曲を聴いていると,自然に楽しくなってくる演奏だ。聴き込めば聴き込むほど,バロックの巨頭J.S.バッハの作品に匹敵する実質を備えた音楽であるようにさえきこえてくる。ピアニストがヘンデルの作品の中から選りすぐった傑作中の傑作を並べていることがわかる。

ブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」は,ヘンデルのハープシコードのための組曲が有するリズムと音色の調和に加え,ブラームス特有の緻密な書法を堪能することができる。この変奏曲とフーガは,アリアで主題が提示され25の変奏を経て最後にフーガで締め括られる。ブラームスはヘンデルの音楽が有する楽しいリズムを温存しつつ,組曲とは若干ニュアンスの異なるこの作曲家の個性が入り混じった渋みのある音色に彩られている。そのこと以上に注目すべきは,手練手管を尽くした変奏の技巧だろう。1分前後の変奏が次から次へと続く。変奏を意識しなくても自然に頭が疲れる。それは疲労感であるとともに,心地よい刺激でもある。バロック音楽のリズムとロマン派音楽の甘美な音色に加え,緻密な書法の変奏によって知的な刺激が与えられる。

ヘンデルはロマンチックだとは考えたこともなかった。ヘンデルといえば最近はオペラやオラトリオが脚光を浴びている。ヘンデルのハープシコードのための作品を取り上げるピアニストはほとんどいない。そんな中でヘンデルの作品のロマン派的要素に着目したのは慧眼だと思うし,それを見事に演奏で表現したのも賞賛に値する。今後,チョ・ソンジンがどのような方向に進むのか気をつけないといけない。
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