今年も、父親の命日がやって来た。亡くなったのが2007年だから、もう15年も経つのか・・・。
この日記で何度も述べてるように、父親にはティーンエイジから20台後半まで多くの夢を潰されたし、自由を奪われたり、就活でイチャモンを付けられたりした。
特に高校ん時は”家と学校との往復””家と塾との往復”くらいの外出しかなく、クラブの用事で出かける時でさえもイチャモン付けられていた。息子の言う事に殆ど聞く耳を持ってくれなかった。
もうこの世にいないのにも関わらず、鮮明に覚えてるせいか、未だにそれらの事で今も憤り、狂おしい思いになる事が多い。
また、大阪に戻って来たせいか、たまに「こんな事したら、またギャーギャー言われるから、自粛したほうが良いんではないか?」とふと思う事もある。
さて、法事でのお坊さんとの会話も、どういうわけか父親との思い出よりも、健康の話しと、母親の昔ばなしの話題のほうが多かった。
東京にいる時は、「プロなみのミュージシャンになって父親を見返してやりたい!オレがなりたかった事はコレなんだ!」と思っていたが、未だに作曲できないアマチュアギタリストのままである。それでも怠慢漕ぎながら続けてるが。
仕事のほうは今ん処は順調だが、父親ほど大きくやってはいないし、それは自分には合わない。だが、「もしそうするとしたら、どうするか?」は考えるようにはしている。
ヨイトマゲの歌の「父さん見てくれ」ではないが、「どうだ!コレが自分の生き方なんだ!」と言えるようになりたい。
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