mixiユーザー(id:7846239)

2022年11月19日16:31

22 view

オラフソン:『フロム・アファー』(クルターグ,バッハ,バルトーク,シューマン他)

【収録曲】

1 J.S.バッハ: 「キリストよ,汝神の子羊」 BWV.619(クルターグ編)
2 シューマン: ”カノン形式による6つの練習曲Op.56”から「第1番」
3 J.S.バッハ: ”無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番ハ長調BWV.1005”から「第1楽章」(オラフソン編)
4 クルターグ:「ハーモニカ(ボルソディ・ラースロー讃)」”遊び”第3巻から
5 バルトーク: ”3つのチーク県の民謡Sz.35a”から第1曲「孔雀」
6 バルトーク: ”3つのチーク県の民謡Sz.35a”から第2曲「ヤノシダの広場にて」
7 バルトーク: ”3つのチーク県の民謡Sz.35a”から第3曲「白百合」
8 ブラームス:「 間奏曲 ホ長調 Op.116-4」
9 クルターグ: 「遠くから」”遊び”第5巻から
10 ビルギッソン: 「ウェア・ライフ・アンド・デス・メイ・ドウェル」アイスランド民謡
11 J.S.バッハ: 「6つのトリオ・ソナタ第1番変ホ長調BWV.525」より第1楽章(クルターグ編)
12 カルダロン: 「アヴェ・マリア」(オラフソン編)
13 クルターグ: 「小コラール」”遊び”第1巻から
14 モーツァルト:「主をほめたたえよ」”ヴェスペレK.339”から(オラフソン編)
15 クルターグ: 「眠そうに」”遊び”第1巻から
16 シューマン: 「トロイメライ」”子供の情景Op.15”から
17 クルターグ: 「花,私たちは」”遊び”第7巻から
18 アデス: 「ザ・ブランチ」
19 クルターグ: 「鳥のさえずり」”遊び”第1巻から
20 シューマン: 「予言者としての鳥」”森の情景Op.82”から第7曲
21 ブラームス: 「間奏曲ホ短調Op.116-5」
22 クルターグ: 「コリンダ・メロディーの断片ーかすかな思い出(フェレンツ・ファルカシュ讃)」”遊び”第3巻から

ヴィルキングル・オラフソン(ピアノ)

2022年4月11〜15日,ハルパ・コンサートホール,ノルズルリョウズ・ホール,レイキャビック
DG 4861681(セッション)


「フロム・アファー」(遠くから)は,アイスランドのピアニスト,ヴィルキングル・オラフソンがリリースした新しいアルバム。このCDでも演奏時間の短い曲を22曲も連ね,曲の配列と組み合わせによって,新しい作品を創造することを目指したようだ。

「フロム・アファー」には2つの特徴がある。ひとつはハンガリーの作曲家,ジェルジェ・クルターグの作品に焦点をあて,音楽的に強い関連を持つとオラフソンが考えた小品を前後に散りばめていること。もう一つは,同じ曲を同じ順番でグランドピアノとアップライトピアノで演奏していること。これら2つのアプローチで狙うのは,オラフソンの音楽活動の原点へと遡ること。

オラフソンはあるドキュメンタリーのためにクルターグにインタビューすることになった。ピアニストが作曲家に会ったのは,ピアノ・リサイタルを行うため訪れたブタペスト。そこはクルターグが住む街。クルターグからたくさんの示唆を与えられ,深い感銘を受けたインタビューは,15分程度の予定が実際には最終的には2時間に及んだそうだ。その後クルターグにインタビューの謝意を表すため,このCDを制作しようと思いついたという。クルターグの「音楽的な発想を探究する主要な方法は子供と同じ,遊び」だとインタビューや彼の作品を演奏した経験を基にオラフソンはライナーノートに書く。作曲家の子供のように純粋な人柄や彼の音楽が有する自発的,直観的そして途轍もない大きな才能に可能性を感じ取ったのだろう。

それに誘発されてのことだろう,オラフソンは子供の頃に思いを馳せている。当時,彼の自宅には2台のピアノがあった。グランドピアノとアップライトピアノだ。グランドピアノは日中ピアノを教えていた母が使い,夜は趣味で作曲を嗜んでいた父が使う。なので彼の部屋に置かれたアップライトピアノをオラフソンが占有する。「これは20世紀の『冬の旅』だ」と言われ,クルターグの『カフカ断章』の楽譜を父から手渡されたのもこの頃。彼のアップライトは万全な状態ではなく,音が少し狂っていてくぐもった響きだった。このCDのレコーディングでも,古いアップライトのサウンドを毛布などで再現している。彼の演奏活動の原点である子供時代へと回帰する工夫の一環だ。

このアルバムを聴いて,オラフソンの音楽の解釈と表現力に圧倒される。クルターグや他の作曲家もオラフソンも,芸術(音楽)の創造(再生)は子供の遊びのようにというテーゼを,意識してか無意識のうちにかは問わず共有している。そして,クルターグとのインタビューを経て,このことを明瞭に自覚したこのピアニストは,秀でた表現力を駆使して幼少期の無意識をピアノで再現する。まるで,音楽を創造するのは無意識で,最も創造的な無意識は子供の心の奥底にあると言わんばかり。

オラフソンは全部で22曲を弾いている。その全てに共通するのは,時代を遡った遥か彼方の空間から響いて来るような不思議なサウンドである。それは無意識の世界で静かに鳴り響いているようでもある。コンサートホールのステージからきこえるピアノではない。過去という時の壁に隔てられて遠い世界からきこえてくるような透明であっても幽けき音楽が漂う。懐かしいと同時に創造をかき立てるピアノだ。現代人の心に残る幼児期の無意識であり,それが刺激を受けて何かを創造する意欲を起こさせる何かなのだろう。

これはどの曲にも共通する特徴なのだが,特にシューマンの「トロイメライ」や「預言者としての鳥」などで顕著な傾向だ。シューマンの音楽が持つ何かを斬り裂きかねないような鋭さは,硬さや鋭さを失い空気と一体化した霧に,固体から気体へ変身する。それは懐かしい何かであると同時に,何かを成し遂げたいという意欲を刺激する両面を持つ不思議な気配である。また,ライナーノートでオラフソンがニューヨークのジュリアード音楽院でジョルジュ・サンドールが強調していたという「バルトークは重い,打楽器のような作曲家ではなく,むしろとても軽快で歌に満ちあふれた作曲家だ」という回想どおりの演奏を繰り広げていることもこの特徴に当てはまりそうだ。そして,それはとても新鮮であり,大きな収穫でもある。

もうひとつの特徴は,無邪気な子供が見せる純粋な遊び。こうした側面が明瞭に表れた演奏はそれほど多くはないが,クルターグの「ハーモニカ」,「遠くから」や「小コラール」など「遊び」と題された曲集に収められた作品の演奏の特徴である。まるで子猫や子犬が無邪気に転げ回るように遊ぶ様子が活写される。

以上はグランドピアノによる演奏をもとに記した感想だが,アップライトピアノによる演奏を聴いても基本的に大きく変更する必要はない。二種類のピアノが持つサウンドの特性の違いにより演奏時間が若干異なるものの,第1番目の特徴がより強調され,第2番目の特徴はそれほどでもないというに尽きる。

芸術の創造が大きく無意識に依存し,結局のところ子供時代のこころのありようにかかっているというオラフソンの説は面白い論点だと思う。そして,その自説を自身のピアノ演奏で的確過ぎるほど的確に表現できるピアニストの腕前に舌を巻く。とても興味深い演奏を楽しむことができた。
2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2022年11月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930