東ドイツ（ドイツ民主共和国）は1989年のベルリンの壁崩壊の後、90年に西ドイツに吸収されて消滅した国家だが、共産圏の中では最も生産性の高い工業国であった。ロックあるいはプログレは、政治的内容を含まなければ割と自由に演奏されていたようだ。西ドイツのロックが伝統音楽を解体するかのような実験的で過激な方向に向かったのに対して、東ドイツのロックはあくまでもクラシックなど伝統音楽の上に重層的に構築され、憂いを含んだ叙情的なものが多い。私のコレクションは18枚でバンド数は10に満たないが、好きなバンドばかりであり、これ以上あまり増えることもないだろうから10選をやることにした。
曲 バンド アルバム
�� Jeden Abent / Lift [ Lift 1977 ]
リフトのファースト・アルバムは、東ドイツを代表する典雅な曲の多いシンフォニック・ロックである。リフトは6人組で、ツイン・キーボードのうちの1人はメロトロンを弾き、他にフルート奏者がいる。この曲もフルートのたおやかな調べに導かれて始まるドイツ・ロマン主義的な古典的で夢幻な世界だ。次第に暮れていく秋の黄昏。その中でコーラスとともに流麗なメロトロン、そしてブラスが入って憂愁が深まっていく。間奏もフルートが流れて、気品に満ちている。
�� Alter,Alter,Dankeshon / Electra [ Electra 3 1980 ]
エレクトラは、ハイトーン少年声のヴォーカルとコーラスでテンポ良く迫る。6人編成でトリプル・キーボード。そのうちの1人はフルートも吹く。こういうスピードの速いタイプの曲は、東ドイツのイエス・タイプといってもよいだろう。ギターやドラムスもタイトだ。曲調は明るくてとてもポップ。もっともバラード調の曲も多くて、翳りを含んだメロディである。
�� Suite 1 / Bayon [ Die Suiten 1971 ]
バイヨンは、ヴァイオリンを前面に押し出したクラシック・ロック。6人編成で、ヴァイオリン奏者、フルート奏者がいるほか、ドラマーもヴァイオリンを弾く。インストゥルメンタル中心で演奏の完成度はとても高いが、歌ってみればこれがまた実に良いメロディーで良い声。孤独そうな影のある声で、1曲しか歌わないのはもったいない。フルートの調べも美しいし、ヴァイオリン弾きまくりの曲もある。この曲でも間奏はシンフォニックに広がり、途中の打楽器の乱打も大迫力。ラストではコーラスが展開される。
�� Zweifel(疑惑)/ Stern-Combo Meissen [ Weisses Gold (錬金術師の物語)1978 ]
シュテルン・コンボ・マイセンは、日本でもほぼ同時代にアルバムが発売されていたので、東ドイツで最も知名度が高かったバンドだ。7人編成で、トリプル・キーボードだというが、1人はメロトロン・コーラスも弾く。アルバムでは、オーケストラを導入して、壮大な展開をみせる。この曲は 9分の曲であり、語りから入って少しだけコーラスがあると、変転が多く景色が次々と変わっていっていって、壮麗な合唱。やがてジャケット絵のように暗くどんよりと雲が垂れ込めたような情景となる。そして、奇怪な欲望に突き動かされて、暗黒の洞窟をどんどん突き進むかのような局面は、マグマのようなシリアスさ。ドイツ的なシンフォニック・ロックの一方の頂点にあったと言える。
�� Entweder oder / Karussell [ Ehrlich will ich bleiben 1980 ]
カルーセルは骨太なオルガンとドラムスが中核となったバンドで、5人編成ながらツイン・ヴォーカル、ツイン・ギターを配している。ヴォーカルや曲調はノヴァリスのようであり、変転する曲にフルートが絡んでくる。クラシックとロックが癒合したみごとなシンフォニック・ロックであり、変転し、雄大なキーボードとブラスがクライマックスを形作る。ピッコロを配した可愛らしい小曲もある。
�� Harvest Dance / Horch [ Mittelarternative 1991 ]
ホルヒはトラディショナルなフォーク・ロックのバンドで、メンバーの4人ともマルチ奏者。このため、フルート奏者、ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ奏者に加えてツイン・キーボードとなる。この曲はインストルメンタルであり、生ギターに乗せて風のように爽やかに吹き渡るフルートの調べは、ノリノリで心躍るリズムとメロディだ。「収穫の踊り」というタイトルではあるが、私にはハーメルンの笛吹きのように、このフルートの音につられてたくさんの子供たちがぞろぞろと街の中から出ていくような光景を感じさせる。男女コーラスによる宗教歌や民族調の曲もある。
�� Von der Liebe ein Lied / Die Puhdys [ Die Puhdys 1974 ]
プーディスは、5人組で、哀愁のあるポップ寄りのロックが得意だが、この曲では冒頭からオーケストラを配置。ロックの上にオーケストラの多彩な音響が丸ごと乗っている。ヴォーカリストは２人いて、ガラガラ声の人が歌うと白人ブルースっぽくなり、なめらかな声の人が歌うとノヴァリスのようになる。この曲は後者のヴォーカリストが、切々と歌い上げる後半部分が哀切だ。
�� Strumvogel / Die Puhdys [ Strumvogel 1976 ]
プーディスからもう１曲。このバンドのコーラスは、高音の声から低音の声までが程よく入り混じり、クイーンのコーラスを彷彿とさせる。この曲は最初から最後までコーラスで歌われる。このバンドは、�Г龍覆鮟�いては、あまりプログレっぽくはないが、途中で曲調の表情が変わるところがせめてものプログレらしさかもしれない。
�� Also was soll aus mir warden / Stern Meissen [ Stundenschlag 1982 ]
1981年になって、シュテルン・コンボ・マイセンから短く改名したシュテルン・マイセンは、メンバー8名中3名を除いてメンバーを入れ替えたので、別バンドと言っても良い。サウンドも全く変わり、長い名前の時代がクラシックを踏まえた壮大なシンフォニック・ロックだったのに対して、80年代にはずっとポップで聞きやすくなった。ヴォーカルは幅広い音域を出せる声で、東欧らしい翳りと独特の悲しみがある。後半には、キーボードが空間を占拠するようになる中で、キーボードとピアノが闘争する。
�� Falscher Glanz / Karat [ Tanz mit mir live 1995 ]
カラットはプログレ・ハード系の5人組。この曲は2分強の短い曲だが、このバンドの特徴をよく表す牧歌的でのびやかなサウンドだ。のんびりとしたやや低音ぎみのヴォーカルが、ドイツの田園風景を浮かび上がらせる。ＡＯＲのようなバラード曲が得意だが、70年代のセカンド・アルバムではキーボードが中心のシンフォニックなサウンドだったという。
[次点] Wasser und Wein / Lift [ Sachsendreier live/Stern-Combo Meissen/Lift/Electra 1999 ]
1999年 に行われたシュテルン・コンボ・マイセン、リフト、エレクトラの3バンドによる同窓会的コンサートを収めたライブ・アルバム。この曲はリフトの代表曲であって、なぜかプーディスのアルバム中にも収録されている。曲が始まると聴衆は大喜び。ゆったりとした憂いのあるメロディーと男性的な大人の声による歌唱に、人々はかつて存在した東ドイツという国への郷愁に浸っているのだろう。
[番外] Berlin / Barclay James Harvest [ Glasnost 1988 ]
バークレイ・ジェームズ・ハーヴェストは、東西双方のベルリンでロック・コンサートを行った唯一のバンドだとされる。ＢＪＨの「Ⅻ」はイギリスよりもドイツで大ヒットし、それ以降、彼ら自身にとってもドイツは第2の本拠地だったことだろう。本作は1987年、壁崩壊の2年前に東ベルリンで行ったライブであり、アルバム名は「グラスノスト」。曲名はまさに「ベルリン」であり、ドイツにおけるＢＪＨの代表曲となった。「境界まで来て、夜を覗き込む。遠い街の灯り。教えて欲しい。何が正しくて何が悪いのか。時は過ぎゆく。橋は燃え続け、車輪は回り続ける。」作曲とヴォーカルは、レス・ホルロイドだった。
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