mixiユーザー(id:8290003)

2022年09月27日08:05

256 view

コンサートPAと音場 稲垣潤一さん40周年記念

今回の須坂メセナホールでの稲垣潤一さんのコンサートはトーク&ライブ。

富澤 一誠さんとの対談で40年間の音楽活動を深掘りされました。
フォト


富澤さんは、ウィキによると、日本の音楽評論家。 1951年、長野県須坂市生まれ。
長野県長野高等学校を卒業。
1970年に東京大学文科三類に入学するがすぐに中退。歌手を志したが挫折し、1971年、20歳から音楽評論活動に専念するようになった。現在、学校法人尚美学園副学長

稲垣潤一さんとはプロになる前からの知り合いで、40年間相当数のインタビューや業界に配られた稲垣さんの資料をほとんど保管。
それをプロジェクターで映しながら、各アルバムなどの裏話も含めて30分間近くインタビューされました。

富澤さん主催の須坂メセナホールで開催のフォーエバーヤングコンサートシリーズは今回で8回。

太田裕美・紙ふうせん・マイク眞木・さくまひでき、岡本真夜、来生たかお、尾崎亜美、ばんばひろふみ、ブレッド&バターなどの皆様が来県されてトーク&ライブをされています。

東芝EMIが一発屋にならないように、すでにデビュー時点から3枚目までのアルバムコンセプトを決められたこと、デビュー曲はクリスマスキャロルの頃にはなどのメガヒットをあえて避けて、地味ながら、ジワっと好まれる曲にあえてしたことなど興味深かったです。

デビュー40周年でこれからの45周年、50周年に向けて目指しているものは?との質問に、「これから自分もバック演奏も含めてコンサートでさらに磨きをかけていきたい。近いうちにドラムを叩きながらの独り叩き語りライブをやります。他の演奏はシーケンサーを使って!」と。

今の仕事は社会人1年目からずっと同じで34年目。今が技術的にも最高になっているが、さらに70歳までは向上を志して続けていきたい自分の仕事に対する気持ちと重なるものがありました。

前置きが長くなりましたが、今回は小ホールの前から1/3くらいの真ん中席
フォト


基本はピアニストとのDUOで余計の声が立ちます。ドラムレスなので、他のリスナーは手拍子の中、ドラムラインをエアードラムで叩いて、頭の中ではベースラインを作って鳴らしていました。

体型も維持されて、スーツ姿で歌うのは、ロックで大好きな故ロバート・パーマーやロキシー・ミュージックのブライアン・フェリーのステージ姿や自分もスーツ、ジャケットにネクタイをしてステージに上がってはドラムを叩いていたドラマー現役時代を思い出しました。

テレビやラジオでは伝わりにくいほどの、あのハイトーンは変わらないまでも、倍音が立つ強い芯のある声でした。

そうして驚いたのが、PAでの音像定位。

シーケンサー打ち込みの他の楽器が混ざる曲でも、特にピアノだけとのDUOではいかなる曲でも声とピアノなどが同一平面上に並ぶことはありませんでした。

それも目を瞑ると、実際のボーカル位置より数メートル前に定位。

実際のピアノはボーカルから2mくらい後ろですが、PAでは5mは後方に定位していました。

それを意図したPAエンジニアの配慮なら素晴らしいし、偶然なら、稲垣さんの強い声がそうさせていたと思います。

玉置浩二さんの長野市芸術館での超一流PAには、楽器が増えるとやや混濁する意味で劣りましたが、玉置さん同様に歌詞の言葉が実に明瞭に伝わる意味では、現代ラインアレイスピーカーは過去のエレクトロボイスやALTEC、JBLでのPAスピーカー時代とは解像度、明瞭度などのランクが違うと感じました。




6 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する