今、カンボジアで1975年プノンペン陥落の3日後に生まれたカンボジア系フランス人、
Tian Veasnaという人が描いた、家族がプノンペン陥落の日から難民キャンプを出るまでの話を書いた漫画(グラフィックノベル)、Year of Rabbitってのを読んでるんだけど。まだ、最初の数章を読んだだけだけど、かなりはじめに出てきて、おおっ!そうだったのか!って思ったこと。
近所の人がクメール・ルージュがやってきて家を追い出された、って主人公の家にやってきて、その時の呼びかけがBong、ちょっと経って、隣の人が庭に家具を運び出してるのを見て、主人公一家の妹が呼びかけるのにMing、って言葉が出てきて。欄外に注釈があって、
Bong: Older brother (honorific used to address a man older than onself)
Ming: Auntie (honorific used to address a woman who is older than onself but younger than one's parents)
という言葉。なので、Bong、Mingがストーリーを通してしょっちゅうでてくるの。
これでなんか謎が解けたような気がしたわ。謎ってのはさ、Joy Luck Clubでも、中華系のアメリカ生まれの娘たちがお母さんの麻雀仲間をAuntieって呼ぶ場面がいっぱいあるので、血がつながってるのか?お母さんとあの人は姉妹なのか?ってのが謎だったのよね。で、他のアジア映画見てても、Auntie、Uncle、Brother、Sister、って言葉が多いので、見てる方も「血がつながってるのか?」ってのが疑問だったの。でも、これで、「実は周りの人全部年上だったら性別・年齢によって敬称がある」のだけど、英語だとそれに対応する言葉がなく訳せないからUncle、Auntieになるのね!ってとこ?
チャーリーが援助してたエチオピア人の人間も「どこどこにCousinが住んでる」って言ってて、そのCousinの数が凄く多かったので、これも「血はつながってないけど、同郷の人、っていう意味でエチオピアではCousinと呼ぶのか?」とか考えると納得がいく。
翻って日本。血が伯母・叔母の母親との年齢によって呼び方が違う、ってのはあるけど、血のつながってない目上の人に対する敬称はなかったのか?ってのは一つの疑問。これだけアジアの伝統社会にあったのだったら、きっと日本にもあったけど、明治以降に無くなった可能性もあるので、案外面白い研究課題じゃね?なんて思ったりもしぃ。あと、西日本や九州の方言では残ってる可能性もあるんじゃないかしらね?
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