mixiユーザー(id:7846239)

2022年08月14日17:49

35 view

コパチンスカヤ他:『ジョージ・アンタイルの見た世界』(アンタイル,ベートーヴェン他)

【収録曲】

 1 モートン・フェルドマン: ヴァイオリンとピアノのための小品
 2 ベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ 第7番 Op.30-2
 3 ジョン・ケージ: ヴァイオリンとピアノのための夜想曲
 4 ジョージ・アンタイル: ヴァイオリン・ソナタ 第1番
 5 モートン・フェルドマン: ヴァイオリンとピアノのためのエクステンション1

パトリツィア・コパンチスカヤ(ヴァイオリン)
ヨーナス・アホネン(ピアノ)

録音:2020年12月,ラジオ・スタジオ・チューリヒ,スイス
Alpha ALPHA797(セッション)


「音楽の悪童」,ジョージ・アンタイル(1900〜1959)を取り巻く世界を「鬼才」,パトリツィア・コパンチスカヤが描きあげた,という刺激的な謳い文句に引き寄せられてこのアルバムを聴く。「ジョージ・アンタイルの見た世界」というタイトルの原題は”LE MONDE SELON GEORGE ANTHILE”というフランス語で,”THE WORLD ACCORDING TO GEORGE ANTILE”と英訳されている。”according to …”という点に留意する必要があるような気もする。

アンタイルはアメリカ生まれの音楽家で,「未来派」を自認する。彼は「スピード,若さ,危険,暴力,工業都市やテクノロジーの奇跡」を賞賛する「未来派」を自認するヴィルトゥオーゾ・ピアニスト。その指は「弾薬であり機関銃である」と明言する。「狂乱の時代」にパリに渡りピカソやストラヴィンスキーと知り合い,サティーやミョーに通ずる雰囲気の作品を書いた。

コパンチンスカヤも名うてのヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリニストで,意欲的なプログラムで高い評価を得る演奏家の一人。彼女がこのディスクを制作するにあたって組んだパートナーは,自身の「ドッペルゲンガー」と呼ぶフィンランドのピアニスト,ヨーナス・アホネン。このコンビはアンタイルの世界を構成する作品を鋭い切れ味で描いてゆく。

このヴァイオリニストがアンタイルの世界を構築するCDの核として選んだ作品はふたつ。彼が崇拝してやまないベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタと,アンタイルがパリで知り合ったヴァイオリニストのオルガ・ラッジのために書いたヴァイオリン・ソナタ。またアンタイルがアメリカ帰国後に交友を深めたモートン・フェルドマンとジョン・ケージのヴァイオリン曲をこれら2曲の前後に配置する。

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第7番は,作曲で自分の個性を確立し始めた時期の作品。コパンチスカヤがこの作品を選んだのは,アンタイルが生涯にわたり愛したベートーヴェンがソナタ第7番で兆し始めたと考えたからだろう。このソナタではベートーヴェンらしい楽想が,その素朴なすがたを留めたままあちらこちらで顔をのぞかせている。そんな音楽をコパンチンスカヤは,ややデフォルメしつつ鋭く造形してゆく。平面的な演奏からはかなり隔たった,立体的な造形が見事で興味深い。フレーズの冒頭に置かれたアクセントが立体的な再現のキーになっている。古楽奏法を思わせる演奏である。古楽を連想させるベートーヴェンのアクセントがアンタイルの現代作品へ通ずる途であるとコパンチンスカヤは見ているのだろう。

ベートーヴェンのソナタの直前には,フェルドマンの「ヴァイオリンとピアノのための小品」が置かれている。演奏時間が2分足らずの文字通りの小品。ソナタ第7番との相性は比較的よく,並べて演奏しても違和感は少ない。フェルドマンの小品はもちろん調性音楽ではないのだが,和声の面でベートーヴェンのソナタ第7番と調和が取れているのかも知れない。

もうひとつのメイン,アンタイルのヴァイオリン・ソナタ第1番もれっきとした4楽章から成る現代作品。ストラヴィンスキーの新古典派様式の作品を思い起こさせる。リズムとメロディーを変形させて面白い味を出している。洗練された様式からバーバリズムが顔をのぞかせる。従来型のメロディーを基本とし,それに現代音楽風のサウンドを絡ませて出来たような音楽だ。しかし,ピアノもヴァイオリンもかなりのヴィルトォージティが要求されることは確か。特に,ヴァイオリンは超絶技巧に関して前面に出ている。コパンチスカヤが好む作品らしい。文句なく面白いのは第1楽章と第4楽章。第2と第3楽章は静かな音楽なので,演奏技巧を披露するのに最適とは言い難い。

アンタイルのヴァイオリン・ソナタの前にはケージの「ヴァイオリンとピアノのための夜想曲」が置かれれる。演奏時間3分半ほどの短い曲だが,現代音楽の語法を駆使してノクターンの雰囲気を表現する作品。抽象的な音楽語法で夜の雰囲気を具体的に描き出す面白い音楽を聴ける。

アンタイルのソナタの直後に置かれ,このアルバムを締め括るのは,フェルドマンの「ヴァイオリンとピアノのためのエクステンション1」。このCDの中で最も前衛的な楽曲だ。ウェーベルンを思わせる作品である。ことば数は多くないものの,メッセージは決して少ないわけではない。音楽の余韻に込められたものも含めると,聴く者の心に重くのしかかってくる内容を持つ。この作品を聴いて,あれこれと考えを巡らす音楽も面白いことに気がついた。

このディスクを聴いて,生きた音楽史のいい勉強になったと思う。学問の世界で学者は巨人の肩に載って研究すると言うが,音楽の世界でも学問と同じことが妥当するようだ。作曲家も先人の業績を自分のものにした上で,作品を書くという仕事をしていることをこのCDを聴いて痛感した。アンタイルもベートーヴェン,ストラヴィンスキーやウェーベルンなどの諸先輩の作品を研究して,自分の音楽を創造したことが手に取るように分かった。もちろん,自分の個性が不可欠な要素であることは言うまでもないが。
2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2022年08月>
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031