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2022年07月30日18:05

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クレーメル:『無伴奏ヴァイオリン・ソナタ』(ヴァインベルク)

【収録曲】

ミチェスワフ・ヴァインベルク
 1 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 Op.126(1978)
 2 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第2番 Op.95(1967)
 3 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1番 Op.82(1964)

ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)

録音:2013年7月,Lockenhaus Kammermusikfestival,オーストリア(1&2)
2019年12月,Studio Residence Paliesius,リトアニア(3)
ECM 4856943(セッション)


ポーランド出身の作曲家,ミチェスワフ・ヴァインベルク(1919〜1996)の「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」を聴く。ギドン・クレーメルの演奏。ヴァイオリニストの美学が全開した演奏のせいか,聴きやすい現代音楽に仕上がっている。この作品のメロディーラインをいかに美しく表現するかに的を絞った演奏である。ヴァイセンベルクが作曲した3曲のソナタはバルトークの作品に匹敵し,挑戦するに値する作品である,とクレーメルは高く評価している。

ヴァインベルクは1919年にワルシャワで生まれる。ナチス・ドイツがポーランドへ侵攻したとき,ベラルーシの方角へ一人で逃れ,そこで最初の音楽教育を受ける。さらにソ連のウズベキスタンへと逃避せざるを得なくなる。その地でショスタコーヴィチの知遇を得てモスクワに落ち着く。だがヴァインベルクはソ連でもユダヤ人迫害の対象となり,スターリンが死亡する1950年代まで苦難の日々が続いた。ポーランドに残った彼の家族全員はドイツの強制収容所で犠牲となる。

彼は多作な作曲家で,7曲のオペラをはじめ,それぞれ20曲を超す交響曲,弦楽四重奏曲を中心とする室内楽曲,器楽曲などを書いている。器楽曲には3曲の無伴奏ヴァイオリン・ソナタの他,4曲づつ無伴奏ヴィオラ・ソナタと無伴奏チェロ・ソナタが含まれる。ヴァインベルクは伴奏を伴わない弦楽器の響きをだいじにしていたのだろう。

それでは作曲順に印象を書いてゆく。無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番は全5楽章の構成。ソナタとはいっても組曲に似た内容の楽曲だ。全体の演奏時間が30分超す大作で,各楽章は約5分。ソナタ形式の原理に基づいて書かれているのかどうか厳密に判断できないが,ウィーン古典派のソナタとはかなり違うようにきこえる。とはいうものの,このディスクに収められている3曲のソナタのなかでは伝統的な音楽に最も近い。この作品の5つの楽章の特徴はリズム。フレーズの先頭にアタックを置き,それをモチーフにして楽章全体を統一しているようだ。第1楽章アダージョーアレグロは斬新なリズムと伝統的なメロディーとが相半ばする。第2楽章アンダンテはメロディーが優位を占める静かな音楽。つい音楽に聴き入ってしまう。第3楽章アレグレットはまたリズムが支配的な音楽に返る。だが,ピツィカートを織り混ぜた静かな音楽が続き,第2楽章の発展形であることを示唆する。第4楽章レントは力のこもった旋律で始まり,比較的滑らかなメロディーへと変わる。第5楽章プレストはせっかちな印象を与えるモチーフで,どこかユーモラスでもあるフィナーレ。

ソナタ第2番は7楽章構成。それぞれの楽章は, Monody, Rests, Intervals, Replies, Accompaniment, Invocation, Syncopesのタイトルを持つ。初めの3楽章の演奏時間は1分台,次の2つの楽章は2分台,そして最後の2楽章は3分台といずれも短い。不協和音が際立つ楽章と抵抗感のより少ない伝統的な響きの楽章が混在する。前者は奇数番号の楽章,後者は偶数の楽章と交互に配置。また演奏時間が短い分,各楽章の個性が凝縮される。

第3番は演奏時間が22分ほどの単一楽章の曲。切れ目なく演奏される組曲に似た構成の作品。ソナタといっても,ウィーン古典派のソナタのように厳密なソナタ形式で作曲されているわけではない。ただし音楽教育を受けた専門家が聴くと広い意味におけるソナタ形式で書かれていると判断する余地はありそうだ。ヴァインベルクはこの作品を自分の父の思い出に献呈している。そして組曲に相当するセクションには,父のポートレート,母のポートレート,作曲家のセルフポートレート,過渡的なカデンツァ,荒れ狂うフライト,孤独の思い出,ファンタスティック・ダンス/永遠との対話というタイトルを付けている。第3番のソナタは無伴奏ヴァイオリンのために作曲したソナタの集大成のような作品。ただし,前衛的な一面はあるものの3曲のソナタのうちでは最も聴きやすいかもしれない。ピツィカートを多用していたり,斬新なリズムや和声を持ちていたりするものの,とても親しみを覚える音楽に仕上がっている。この斬新さと親しみやすさの絶妙な組み合わせに近年ヴァインベルクに対する評価が高まりを見せている要因があるのだろう。

ヴァインベルクは無伴奏ヴァイオリンのためのソナタを組曲のような作品として書いた。最初は東欧の音楽的な伝統の影響を受けて。次第に現代音楽の要素を織り込むようになる。最後の第3番はバルトークの影響結構強く受けているのではないだろうか。

このアルバムのもう一つの特徴はヴァインベルクに対するクレーメルの強い共感である。ラトビア生まれのヴァイオリニストがポーランド出身の作曲家に寄せるひときわ深い共鳴がひしひしと伝わってくる。出身地が近いというだけでなく,ユダヤ的な音楽文化が共通の基盤となって作用している。こうした背景があるからこそ,クレーメルはヴァインベルクの音楽の核心を表現できたのだろう。
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