簡単に言うと「畑」が違うから、作られる食材が違ってくる。同じ食材はどうしても作れない。
「家庭用ゲーム機は必要か」問題 スマホ普及で問われる存在意義 ゲームライターが解説
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=40&from=diary&id=7046006
ゲームをやらない人が、「どれも同じゲーム」という認識で
書かれてしまっているが、出来る食材が違うから、
出来上がるメニューが同じでも、別の料理になってしまうケースも。
映画のように画面で楽しむものですら、ストーリーの分類はあれど
まだ発展途上。ましてやインタラクティブに関しては、まだ底も
見えていない。
今のところ「コントローラー」の制約が、そのまま
ゲームの足枷になっている。
家庭用ゲーム機が不要とは、もうその畑で作る作物は誰も食べない。
ということだ。そもそもゲームをやらない人は人生を損しているような気がする。
小説や映画に名作があるように、ゲームにもある。
昨年のオリンピックの開会式を思い出して欲しい。
ゲームが無ければ、その感動は生まれなかった。
残念ながらゲームを知らない人には「ただのBGM」にしか
聞こえなかっただろう。文化とは、そういうものだ。
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