mixiユーザー(id:6002189)

2022年05月25日13:34

51 view

犬の孤児院

2004年に書いた記事です。


ドイツ人の動物愛護精神の強さは、日本人の想像を超える。なにしろ犬を地下鉄やバス、市電に乗せたり、レストランや喫茶店に連れて行ったりすることまで許されているのだ。

化粧品や薬品が生体に与える影響を調べるための、苦痛を伴う動物実験を禁止するよう求めている動物保護団体もある。

ノルトライン・ヴェストファーレン州の農業省などは、「養鶏場で何万羽ものニワトリを狭い小屋の中に押し込めるのは、動物虐待にあたる」として、ニワトリ一羽に最低確保するべきスペースを、A4の紙一枚にあたる広さから、A4の紙一枚半相当に広げることを求めて、日本の最高裁にあたる連邦憲法裁判所に提訴した。

人権ならぬ「ニワトリ権」をめぐる憲法訴訟である。また牛や豚などをトラックで輸送する際にも、家畜が渇きに苦しまないように、一定の時間ごとに車を停めて休憩させたり、水を飲ませたりすることが、法律で厳しく義務付けられている。

日本では、犬が一日中鎖につながれたままで、十分運動ができないようになっている家をよく見るが、ドイツでそのような犬の飼い方をしたら、たちまち周りの住民から「動物に苦痛を与えた罪」で、警察に告発されてしまうだろう。

ドイツ語でホームレスの人に仮の棲家を与える施設をObdachlosenheim(オプダハローゼン・ハイム)というが、ドイツにはその動物版もあり、 Tierheim(ティーア・ハイム)と呼ばれる。ミュンヘン郊外のリ−ムという地区や、ドナウ川に近いパッサウでそうした施設を訪れたことがある。

ティーア・ハイムの語感は、野犬収容施設とも違うので、直接日本語に訳しようがない言葉である。動物の孤児院とでも呼ぶべきこの施設は、ドイツ人の動物愛護精神を凝縮したような場所である。

運営するのは地域の動物愛護協会で、費用は地方自治体の補助や市民からの寄付でまかなわれている。ほとんどの職員は無給で働くボランティアであり、筋金入りの動物愛好家でもある。収容されているのは、飼い主が引っ越しする際に捨てられたり、外国から密輸される際に、税関に発見されて押収されたりした犬や猫。

たとえばドイツでは二十一世紀になってから秋田犬や柴犬が珍重されており、高く売ることができるため、検疫を受けずに犬を車のトランクに押し込んでドイツに持ち込もうとする人がいるが、発見された犬はこうした施設に送られてしまう。

施設は週末などに、見学者に対して開放されており、訪れた市民は動物の檻を見て回って、気に入った動物がいたら、無料でもらうことができる。犬が最も多いが、ウサギやモルモット、小鳥や猿、ヤギもいる。

ただし、前の飼い主の気が変わって、動物を引き取りに来てトラブルが起こることを避けるために、施設側は新しい飼い主の名前を絶対に公表しない。

 檻の前のビニ−ル袋には、「履歴書」が入れてあり、犬の年令、種類、性格、入所日、部屋の中で粗相をしないようにしつけられているか、車に乗せても怖がらないか、猫や子どもが好きか嫌いか、人を噛んだことがあるかどうかなどが、ドイツ的几帳面さで細かく記入されている。

たとえば、シェパ−ドの雑種の「テスィ−」は、旧ユ−ゴスラビアのノビ・サド出身。周りで神経質な犬が吠えまくっていても、じっと黙って、悲しそうな目で金網ごしに、我々を見つめている。

ノビ・サドと言えば、コソボ戦争の時にNATO(北大西洋条約機構)の激しい空爆にさらされた町である。飼い主が爆撃で亡くなったため、孤児となってドイツに引き取られてきたのだろうか。

別の檻には、プ−ドルがまざった雑種の母親と子犬が二匹。職員によると、三匹とも飼い主によって、高速道路の休憩所に捨てられていた。

子犬は無邪気に尻尾を振っているが、母親は人間に受けた仕打ちに怒っているのか、誰にでも吠えかかる。ドイツでは、犬や猫を捨てる場所として、高速道路の休憩所がよく使われる。短時間で、ペットたちが帰って来られないくらい遠い場所に行けるからだろう。

長い「収容所生活」に疲れたのか、人の愛に飢えているのか、やたらと吠える犬が多いが、「住環境」は悪くない。明るい檻は掃除が行き届いており、清潔だ。一匹の犬につきタタミ一畳くらいのスペ−スがあるほか、くぐり戸を通って、庭で遊ぶこともできる。

ただ、口角泡を飛ばして動物への愛を語るドイツ人たちを見ながら、違和感を覚えることがある。恵まれない動物を助け、「生活水準」を向上させるために市民や地方自治体、マスコミそして裁判所までが時間と労力を費やすのは、もちろん尊敬すべきことだ。

だがイラクや、アフガニスタン、アフリカ諸国で人間たちが味わっている悲惨や貧困について読むたびに、市民が動物の権利保護にこれだけ情熱を傾けるドイツは、平和な国だとつくづく思う。

1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する