mixiユーザー(id:6002189)

2022年05月12日20:55

52 view

ESG

2020年に書いた記事です。

独大手企業のオーストラリア炭鉱関連プロジェクトに批判集中

 ドイツの大手メーカー、ジーメンスがオーストラリアの炭鉱に関連したプロジェクトをめぐり、顧客と市民運動家の間に板挟みとなり、苦境に立たされている。この問題は、経営者にとって、地球温暖化問題の軽視が企業イメージに深い傷を与えかねないことを如実に表わしている。欧州では二酸化炭素(CO2)削減は、政治的、経済的に最重要のテーマだ。日本企業にとってもこの問題は対岸の火事ではない。

*年商の0.02%の小プロジェクトが企業全体を揺るがした

 総合電機メーカーのジーメンスは、去年12月10日にオーストラリアで、あるプロジェクトの受注契約に署名した。この契約は、同国の北東部クイーンズランドのガリレイ盆地で開発中の炭鉱と、石炭の積出港アボット・ポイントを結ぶ、全長200キロメートルの鉄道をめぐるプロジェクトだ。この炭鉱を所有するインドの大手企業アダーニ社は、毎年6000万トンの石炭を生産する予定だ。
 ジーメンスはこの鉄道のために信号システムを製造、設置するプロジェクトを請け負った。受注額は1800万ユーロ(21億6000万円・1ユーロ=120円換算)。ジーメンスの年間売上高は850億ユーロ(10兆2000億円)。つまり同社にとってこの信号システム建設事業からの受注高は、年商の0.02%にしかならない。いわば雀の涙ともいうべき小さなプロジェクトだった。
 だが、この雀の涙がSDG経営とコンプライアンスの観点から、ジーメンス全体を揺るがす大地震となった。「フライデーズ・フォー・フューチャー(未来のための金曜日=FFF)」は、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベルリが始めた、グローバルな環境保護運動。地球温暖化に歯止めをかけることを各国政府や企業に強く要求している。市民の環境問題への関心が強いドイツは、FFFの活動が世界で最も盛んな国の1つである。
 FFFは、「クイーンズランドの大規模な炭鉱からの石炭は、インドに輸出されてCO2の排出量を大幅に増やす。ジーメンスはそのようなプロジェクトに関わることによって、間接的に地球温暖化に加担している」と主張し、ジーメンスに対し、インド企業アダーニ社との契約をキャンセルするよう要求したのだ。

*大規模な炭鉱開発計画

 アダーニ社の炭鉱があるガリレイ盆地の面積は25万平方キロメートル。この盆地には膨大な量の石炭が埋蔵されており、他にも6ヶ所で炭鉱の建設が計画されている。その内2ヶ所の鉱山では、毎年1億2000万トンもの石炭が生産される予定だ。オーストラリアの石炭輸出額は、2018年の時点で世界最大だったが、ガリレイ盆地で新しい炭鉱が開発されれば、同国の石炭輸出額はさらに増加する。
 ジーメンスは他のドイツの大手企業同様に、地球温暖化防止への取り組みを重視しており、「2030年に我が社の工場などから出る温室効果ガスの量を正味ゼロにする」と宣言していた。FFFに加わっている若者たちは、「ジーメンスは表面的にはCO2を減らすと言いながら、裏ではオーストラリアでの信号システム建設計画に参加することで、間接的にCO2を増やしている」と抗議しているのだ。
 FFFドイツ支部は、ジーメンス本社を始め、工場やオフィスがあるビルの前で抗議デモを繰り広げた。同社のヨー・ケーザー社長は、「この炭鉱プロジェクトは、厳しい環境影響調査に基づいて、オーストラリア政府から承認されている。すでに契約に調印しているこのプロジェクトを中止した場合、顧客から契約不履行を理由に損害賠償を請求される上、我が社の評判に傷がつく。当社が信号システム建設計画に参加しなくても、他社が建設する」として、プロジェクトを続行する姿勢を打ち出した。オーストラリア政府のマシュー・キャナヴァン天然資源大臣も「ジーメンスが環境活動家たちの圧力に屈してアダーニ社との契約をキャンセルするとしたら、我が国の全ての勤労者、そしてエネルギー源を必要としているインドに対する侮辱だ」と発言している。

*危機管理に失敗

 だがケーザー社長はFFFに自社の態度を説明する際に、あるミスを犯した。それは、彼がFFFドイツ支部のルイーザ・ノイバウアー代表に「我が社の監査役会に入って下さい」と要請したことだ。
 監査役会は、取締役会を監視する、最高の意思決定機関。ケーザー社長の目的は、環境活動家を監査役会に招き入れることで、環境問題を重視しているという印象を与えることだった。
 だが監査役会のメンバーは企業から報酬を受け取る。したがって、ケーザー社長の発言は、「ジーメンスはFFFの代表に金を与えることで、批判を封じ込めようとしている」という悪い印象を世間に与えてしまった。ノイバウアー代表が監査役会への参加を断ったことは言うまでもない。
 ジーメンスには、他のドイツの大手企業と同じく、受注するプロジェクトが環境に悪影響を与えるかどうかを審査する「持続性委員会」がある。問題の信号システム建設プロジェクトが持続性委員会で検討されたかどうか、このプロジェクトへの調印が企業イメージに与える悪影響を、取締役たちが認識していたかどうかは、公表されていない。受注額が小さかったために、取締役たちは知らなかった可能性もある。いずれにしてもジーメンスの危機管理、メディア対策に不備があったことは確かだ。

*ESG経営の重要性

 ドイツはCO2排出量を減らすために、2038年までに国内の全ての褐炭・石炭火力発電所を閉鎖し、褐炭採掘を停止する予定だ。オーストラリアの大規模な森林火災や同国で長期間続いた干ばつ、地球温暖化問題が連日メディアに大きく取り上げられる中、「ジーメンスがオーストラリアの炭鉱に関連する信号建設プロジェクトを受注した」という報道が、この会社のイメージに深い傷を与えたことは間違いない。2月5日にミュンヘンで開かれた株主総会でも、ケーザー社長は環境活動家らの激しい批判にさらされた。同氏は「抗議だけでは問題の解決にならない。我が社が信号建設をめぐって環境活動家たちの攻撃の矢面に立たされるのは、不当だ」と不満をのぞかせた。
 もちろんオーストラリア政府やインド企業は、「石炭産業によって多くの労働者が雇用され、市民の生活水準が向上するのだから、クイーンズランドの炭鉱開発を阻むべきではない」と主張するだろう。しかし地球温暖化に歯止めをかけることの必要性が、地球規模で議論されている今日、企業にとっては「雇用と収益性」だけを重視し、環境保護の側面を無視することは危険である。
 ジーメンスの例が示すように、年間売上高の1%にも達しないプロジェクトが、企業トップを悩ませる事態に発展した。つまり今日では、受注額の多寡だけでは、プロジェクトが抱える問題の深さを判断できない。欧州を席巻する「グレタ現象」の怖さである。
 今日では多くの日本企業がESG経営を重視しているが、「雇用と収益性の確保」と「ESGの確保」の間で対立が生じた場合、社長を含む取締役会を早期に巻き込んで、正しい判断を下す必要がある。
 ジーメンスを苦しませているコンプライアンス問題は、21世紀の企業活動の在り方を考える上で、重要な示唆を含んでいる。
 

 

 

2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する