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2022年04月01日06:21

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お話のないドキュメンタリー

何回も書いた、New African Film Festivalの映画の話。今回は、その中にいくつかあったドキュメンタリーの話。

ってかさ、西アフリカフランス語のドキュメンタリーが多いのだけど、フランスの援助やドイツの援助でドキュメンタリー作られてる奴、始まりから終わりまで説明がなく、ただ「日常の生活を切り取りました」って感じで編集されてて、登場人物も紹介されないし、観客はただただその生活の様を見せられるの。これってヨーロッパの手法なの?って思ったわ。だからヨーロッパ(特にコアの国々)、なんかこれ、といったドキュメンタリーがない。なんか「自分たちは説明しなくっていい」と考えてるのか?それとも「自分たちのジャッジメントを入れずに勝手に解釈してください」ってやつなのか?

例えば、Night Nursery。ブルキナファソの売春街で子供を近所のおばあさんに預けて仕事に行く女性達のドキュメンタリー。


例えば昨日観た、マリのガオという街にある難民たちがヨーロッパへ旅する途中に立ち寄ってこれからのことを考える家に集う人たちの映画、The Last Shelter


ホント、説明がないのよね。特にドキュメンタリーで小さい街の話が出てくるのに地図がない、ガオからアルジェリアに行くにはサハラ砂漠を横断して何キロ行かなくてはいけない、とか全然そういう情報がない。この説明のなさは何なの?なんで、ナレーションが無く、映像だけで「何が起こってるか理解しろ」と言えるの?

フランス人監督が作った志摩の海女さんのドキュメンタリー、Ama-Sanもホント、志摩の漁村がどんなんで、映画の中で喋られてる言葉もすべてネイティブとして理解できるアタシでもこの映画は「何も説明がなくってカスだわね」って思ったわ。


これはフランスの文化なのか?The Last Shelterはドイツの援助でできてるので、ドイツもそうなのか?なんか、本当に変。これで何を観客が得るというのか?

それに比べて、アメリカのドキュメンタリー。有名どころだと、マイケル・ムーアにしても監督の語りたいお話があって、それを製作者の視点から語られる。別の監督だけど、このカルカッタの売春宿の子供達に写真を撮るのを教えて、写真展を開催したBorn into Brothels、アカデミー賞取っただけあって、8人の子供にフォーカスをあてて、誰が誰か、何歳か、等々の説明もちゃんとあって、そのうち一人は親に売春させられて展覧会の前にドロップアウトしてしまった、という話も出てきた。


なので、ドキュメンタリーを観て、登場人物にEmpathizeできるし、いろいろ学べる。こういうことなので、ヨーロッパのドキュメンタリーにほとんど期待しなくなった。アタシはドキュメンタリー映画が好きなので映画祭でドキュメンタリーと言えばほぼ必ず観に行くんだけどね。あ、でも

でも、これアメリカ対ヨーロッパのドラマツルギーの話じゃないのよね。アメリカ人で
もドキュメンタリー下手な監督いっぱいいるから。以前観たアメリカのユダヤ系の監督のドキュメンタリーでエチオピアに残るユダヤ教の迫害の歴史というか、キリスト教教会のふりをして、実はユダヤ教の礼拝も行ってた印を辿る映画があったのだけど、それもエチオピアのいろんな教会・シナゴーグを巡る中で地図が出てこないし、説明がないので、全然わかんないし、いろんな教会・シナゴーグがエチオピアのどれほどの広い地域にあるのかの全然情報がなかった。これって、もしや、監督(女)は地図が苦手で読めないから地図なんて考えなかった?それともアメリカ・ヨーロッパ、地理教育が杜撰で地図読めない人間が多いので、「地図なんかだしたら混乱する」と思ってる?

ヨーロッパでもIrish Film Festivalで観た、アイルランドのドキュメンタリー、Secrets of Putamayoはちゃんとお話しが語られてて感動したもの。


英語圏vs非英語圏の違いが大きいのなのかしらねぇ?
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