mixiユーザー(id:17515094)

2021年11月26日23:40

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物語の醍醐味とは

自分の悪い癖と自覚しているのだが。
小説を読む時、その物語の結果とポイントを本格的に読む前に押さえてしまう癖がある。
要は冒頭を読み、エピローグとその直前、物語のクライマックスを読み、それに至る各章のポイントをつまみ食いしてしまう。
ただ話を知りたいだけなら案外これだけで十分行けたりする。
・・・流石に立ち読みではやらないけど。
でも「ただ話を知りたいだけなら」それで十分だ。

そも物語というのは娯楽の一種であり、合理で考えるのなら不必要極まりないとも言える。
なにせ物語が無くなったところで生命活動の維持という生物の本能的根源に何の影響もないし、架空の人物の惚れた晴れたなど現実世界の影響とすればそれに関連する経済効果ぐらいだろ?
まぁそんな事を言えば基本時には娯楽と呼ばれるものが全て無意味となってしまうのだがね。
これが人の趣味に対する理解・無理解の根底なのだけど、趣旨が変わってしまうのでここらで止めとこう。

それでは物語の醍醐味とは何かと問われれば、私はこう答える。
結論までの過程を楽しいと感じるかどうかだと。
言い方を変えれば、結論に至るまでの過程をどう受け手を引き込んで楽しませるかと。
結局のところ、人類がこれまで生きてきた分だけ創作物という物は世の中に溢れていて、そのどれもが何かしらと被ってしまうものなのだよ。
いい例で言えば大ヒットした「君の名は」とそれ以降に続いた似た感じの作品。「打ち上げ花火下から見るか?〜」とかがそうだね。
どちらもボーイミーツガールであり取り出すなら男女がくっ付くかどうかって話なのだが、世間の受け入れっぷりは全く異なる。
こういえば多くの人間がこう反応するだろう。
物語の背景や運び、演出が違うのだから当然だ、と。
要はそこが物語の醍醐味な訳。
どうキャラを動かし、人を惹きつける表現をし、結末を気にさせるよう過程の中で物語に引き込むか。
それが物語の良し悪しを決めるもではないかと思う。

これは他の趣味でも言える事で、どのポイントに楽しみを見出しているかでその人の趣味の楽しみ方が変わる。
ただ物語を楽しむと言う点においては心に余裕を持ち余暇を楽しむ気概がないと、どんなに面白いとされるものも色褪せて見えるのだろうよ。
・・・少なくとも年を重ねるごとにせっかちになってしまっている自分としては、時間を割いてもいいと思える心の余裕を持ちたいものだ。


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