私の名前は川口民雄。子どものころから、周囲から浮いていた。学校の成績は低空飛行で、お情けで卒業させてもらった。小学校低学年のころからごく普通に生きられないと堪忍した。なんでみんなと同じことができないのだろうか。学校時代の運動会、学芸会、展示会、修学旅行で、周囲のクラスメートと同じ行動をとるのに、非常に神経を使った。仕事をいくつか渡り歩き、発達障害を支援するNPOで働いている。大人になって、検査を受け、検査の結果で、読み書きはかなり厳しいことがわかった。発達障害当事者は別に努力して、普通に見せようとしても、無理である。例え給与は低くとも、暮らしていければ、文句はない。この仕事は自分に向いているようだ。発達障害トラブルシューティングが仕事になった。
川口がパソコンに向かっている。NPOのzoomミーティングに参加している川口
川口
「相談者さんは増えますが、なかなか解決にいたりません。金子さん、うまく、就職面接に通ってくれると、良いのですが」
スタッフ女1
「やきもきしますよね。自分のことのように」
川口
「そうなんですよ。試験の結果がわからないと、こちらも動けません」
スタッフ男
「川さんのケースは終わります。他に相談したいことわりますか」
スタッフ女2
「私の担当している40代の女性ですが、緊急事態宣言が終わっても、引きこもりから抜け出せないので・・・。どうしたらよいか」
スタッフ女1
「コロナ自粛以前は働いていたんですか」
スタッフ女2
「外食店舗で、働いていました。もともと、人間関係の問題で、転職したい、と相談されていました」
川口
「家族がいたら、引きもこもるわけにはいかないですよね」
スタッフ女2
「結婚はしているんですが、お子さんがいません。連れ合いはテレワークで、自宅に居ることが多くなったそうです。彼女、特定不能の発達障害と診断され、苦しんでいたんです」
川口
「たまに連絡を入れて、じっくり見守るしかないと思います」
スタッフ男
「連れ合いと長く接しすぎて、神経が休まらないのかもしれません。フォローが大事です」
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