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2021年10月25日10:29

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霊学99 【神の九十九折り(つづら織り)】。織られた物を見ないと意味が解らない

http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=718

 大本教の出口王仁三郎聖師は今日も多くの霊能者から慕われています。それは出口王仁三郎聖師が世紀の大予言者で、その予言が当たったにあります。霊能者をしていれば、未だ来ない未来を言い当てるという力がどれほど凄いのかが解るからです。単に霊が見えると言う【霊感】レベルの話ではないからです。

 いくら自分には神霊が見える。会話が出来ると言ったところで、未だ来ない未来を【見通して言い当てる】神霊には簡単には出会えないからです。出口王仁三郎聖師が出した予言とは、個人の恋愛関係等の類いの物ではなかったからです。スピリチュアル等は個人の恋愛関係等を予言するのであって、社会的なことを予言するでは無いなのです。



 その出口王仁三郎聖師は神の【つづら織り】。織られた物を見ないと意味が解らないと残されました。このつづら織りとは普通は【葛折(つづらおり)】の漢字が振られますが、他に【九十九折】もあります。私はそれを見た時、【九】と(十)【九】で織りなすことかと気づきました。【折り】の漢字では無く【織】の漢字が当てられていたことからです。

 不思議なことに【織】の漢字には【音】の漢字が入ります。辞書を調べても、何故に【音】の字があるのか解っていません。誰も言霊と呼ばれる存在を知らない限り、【音】の漢字が入る意味は解けないのです。

 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声を聞いていました。その時は【声の恐ろしさ】を知る者ではありませんでした。だが昭和五十五年に私の身に起きた出来事は、声(音)の恐ろしさに震え上がって修業に入ったと言えます。


織の漢字は【音・戈】で、言霊(音)の戦いを織りなす


 ただ【九×九】のマス目を見ても、誰も意味が解りません。そのマス目には何も書かれていないからです。


縦の九と横の九で、二つの九で【九二】たる【国】の仕組


日本の国に常に立つのは【日本語】という御言(みこと)


 そうしますと、大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸(秘密)】の【中心】が解って来るなのです。それ自体はそんなに難しい問題ではありません。言霊と数字の結びつきに気がつくかどうかです。

 それは大本教在籍当時、出口なお開祖派で反出口王仁三郎派であった、後に神道天行居の開祖となられた友清九吾(歓真)師にどこかの神が【九つ花】とはこういう型だと教えられたことから世に明らかになっています。友清師は真ん中は【41】は【天之御中主】様のことだと発表されたのです。

 友清九吾の本名に、【九を悟る者】の資格を与えてあるからです。


要は、下記の九×九の【九十九織り】を見れば解る


 しかしそれは単に【将棋盤】であって、それ以上では無いのです。


将棋は盤上で【駒】を動かす。駒は【言霊】の理解が要る

フォト


 それ自体は【九の魔方陣】と呼ばれる物で、キリスト教徒であれイスラム教徒であれユダヤ教徒でも数字盤は解るでしょう。しかしその【数理盤】を出しても、日本人以外は絶対に意味は解りません。


 この【九の魔方陣】、私が最初に知ったのは【孫悟空】の話からです。三蔵法師が天竺に向かう途中、その道中の旅を妨害する魔王から出された問題です。その答えを出すことで天竺への旅が可能となる。その答えを悟空に教えたのは【観音菩薩】ですが、考えれば【音を観じ】なさいの【観音】とは不思議な言葉です。しかし当時はそれがどれほど重要な話とは理解していませんでした。そこに既に悟空に【悟り】の言葉が暗示されていたなのです。


九の魔方陣は、日本語の【言霊】を用いなければ解けない


 霊能者であれば大本教の出口王仁三郎聖師の予言は、スピリチュアル標榜者の予知とは桁違いの内容であったことぐらいは理解出来ます。それはその予言を出した大元の神霊の次元格がスピリチュアル標榜で関わる世界の霊達とは段違いの次元世界から出たと解るからです。大本教の出口王仁三郎聖師は御本人が言われたようにイエスと同格と見做されています。で、出口王仁三郎聖師は最初は自分が【救世主】ですと名乗っておられたのですが、その救世主の名乗りを降ろして【聖師】と変えられたなのです。

 優れた霊能者は大本教の出口王仁三郎聖師とイエスの魂は神の高山で説く【八次元格】だったと見做しています。しかし八次元格だと【救世者】と名乗るのは無理なのです。幸福の科学の大川氏は、自分はお釈迦様とイエスとモーゼの三体を出した本体たる永遠の仏陀たる魂と称して【九次元格】だと称しておられました。それはお釈迦様、イエス、モーゼの魂が八次元格だと見做されていたからです。その一段上で九次元格と自称されたのでしょう。だが今は更にギアアップして【十三次元】と自称されているなのです。しかし優れた霊能者は【神の高山】の合目で見る以上、十次元で最高位と見るなのです。神の高山で語る時、十は最高位でそれ以上はないわけです。

 また【十】の漢字は【神記号】とするわけです。そうでないと単に自分は創造神だと自称する人だと数字が多ければよいと考えて、自分は三千億次元だと言う人まで現れます。


神霊世界では欺した者より、欺された者が悪いとします


 この世は【魂の修業修学の場】です。魂からすると、この世に人として降りるのは【両刃の剣】の要素を持っています。この世では【嘘つき・詐欺師】はごまん(多数)と居るのです。神霊世界も嘘や欺しは日常茶飯事的なことなのです。そうした証拠として霊的世界に入ると、嘘を言ったからと言ってその霊を罰する存在がどこにも無いことに気づきます。伊勢神宮に鎮座されている御神霊が、出雲大社に鎮座されている御神霊が人に嘘をつき欺す霊達を罰しておられるかと言った時、罰しておられないでしょう。それどころか自分は天照大御神だとか大国主命だと、そうした神名を名乗る嘘つき欺し霊が横行しているのです。

 巷で当方は天照大御神をお祭りしていますの宗教団体に入団した時、他で当方の御祭神は天照大御神ですと自称している教団の祭神は同じ御神霊だと認めることはありません。そうしたことは本物の霊能者と呼ばれる段階の方であればその神霊の正体を見破ります。某宗教団体の御祭神たる天照大御神の正体は【紅龍神】で、伊勢神宮の御神霊とは何等関係が無い等です。


諺に嘘は誠の皮なりて、嘘の皮を叩いて誠の骨とする


 大本教神諭に面白い内容があります。【この神(ウシトラ金神)が世に出ている神達を誑かして使っている。】です。私は最初に読んだ時、【誑かす】の言葉に違和感を覚えたのですが、漢字を見ると【言葉が狂っている】の意味です。神々が出す【嘘の言葉】から【真理】を読み取る必要があるのです。

 私はヒンズー教のヴェーダ典に記載されるとされる【人の中に眠るコブラ蛇が目覚めて走り上がる時、その人は真理に目覚める】の体験から、ただただ【真理】だけを追い求めて来たなのです。


すなわち、私は【巳(蛇)帰る】を起こした者


 この世で正しい修学をして天人世界での地位を上げる。逆にこの世で【刹那心】に走り、魂を地獄界に落とす。そのどちらかとなるのです。

 ただ多くの魂は天国界にも進めず。地獄界にも墜ちず。その中間たる【中有界】と呼ばれる世界に留まっている為に、煩雑に【生まれ代わり、死に代わり】の【輪廻転生】をしているとなります。スピリチュアルとはそうした【中有界】に関わるであって、そこに出て来る神霊とか天使名を名乗る霊はほとんど【ニセ者】と言えるなのです。


 特にスピリチュアルに多いのは自分に降りて来る【天使長、ミカエル】と呼称する霊です。普通ならば自分に天使長が降りて来るなどおかしいと思わなければならないのに、霊感女子の多くはその言葉に浮かれています。大本教の出口王仁三郎聖師は、【ミカエルという名の天使長は存在していない。省みるの言葉の意味だ。】と残しておられますが、日本の総理大臣は明治以降で今回の岸田総理で100代目です。天使長にも多くの交代劇があります。一人の神司(天使)が延々と天使長をして来たではないのです。為に大本教霊界物語では何人者の天使長名が出て来ます。


天使長は常に交代しており、一人の天使長等は無い


 私が子供の時、旧約聖書の神と称する声が臨んでいたのですが、【旧約聖書は我が書であるなれども、暗号を紐解く鍵を持たないと意味を間違える様に創ってある。】と告げられました。その時はどうして日本人の私に旧約聖書の神がと思いましたが、モーゼ外伝にミカエルとは【蛇の尾を踏む者】とあるようですが、ミカエルとは【巳(蛇)帰る】という日本語で解る仕掛けなのです。


邪神達をあぶり出す最大の仕組が天使長【ミカエル】


 だがそんなこの世に降りたのも、全員自分の【意思】なのです。


そこに、この世では悪神邪神達の活動が許されている


天国天人世界だけだと、どんぐりの背比べが起きる


 悪を学び。悪を知り。悪に打ち勝ってこそ、真の【神人】が誕生して来るのです。スピリチュアルで悪を赦しましょう。悪など元々無いのです。そんなことばかりを言ってれば、悪に打ち勝つ神人など一人も生まれて来ないのです。

 一般的にスピリチュアルは【四次元スピリチュアル】と呼ばれるいるように、四次元霊界に関わっているのですが、人はそうしたことを知らなくても人は死ねば誰しも【四次元霊界】には行けます。地獄も中有界も四次元霊界にありますが、天国天人界とは【五次元霊界】以上の世界です。ならば、五次元霊界以上の霊界に進む為の内容を語るべきなのです。

 それは【グッズ】販売で宝石や飾り物類を売りつける話ではないのです。いくら魔除けけとして宝石や飾り物を身に着けても、五次元霊界以上に渡ることにはならないからです。宝石等は四次元霊世界においての魔除けの効果に過ぎないなのです。私も鈴を鳴らしたりしますが、四次元霊世界における対処です。それ以上の事柄では無いなのです。


魂の修業場たるこの世は、修行場の意義を失った


 日本においてある著名な行者さんは、イエスの様な高い魂は【千年に一人程度】は生まれ出て来ると語っておられます。大本教の出口王仁三郎聖師はそうした一人ではあったのです。

 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【ナザレのイエスは千年級。マホメットと弘法大師は六百年級。】と聞かされて、何のことだろうかと首を捻っていました。が、ナザレのイエスは千年に一人程度出て来る様な魂の段階。マホメットや弘法大師さんは六百年に一人程度が出て来る様な魂の段階を指した言葉だと理解出来たなのです。

 そうした中で語られるのが【識界レベル】の話で、創造神を第十識界とするとお釈迦様は第七識界。イエスは第五識界。弘法大師は第四識界。お釈迦様はイエスよりも2階級上と見るわけです。私はある霊能者から第十識界に到達してくださいと言われて、冗談はよしてくださいと言っておきました。それは私が上がれるような世界ではありません。私は別に上の世界に行くことなど何も望んでもいない者だからです。


私は二度と神霊世界の【権力闘争】に関わりたくない


ただ、人類を未来永劫の嬉し嬉しの世に渡すで関わった


 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声を聞いていましたが、その声が【そなたは私がそなた一人の命と引き換えに全人類を助けると言えば、その命を差し出すか。】と尋ねられました。

 で、私は次の様に答えました。【私の命など些細(ささいな)な命です。そんな私の命など何時でも差し上げます。露の如く消えてもかまいません。しかし全人類の命と引き換えと言われるのであればお断りします。全人類を救えば、またもや同じ過ちを繰り返します。助けるとすれば悔い改めた者だけにすべきです。】と答えました。

 すると旧約聖書と名乗る声は、【そなたは遙かなる昔にも同じ事を言った。私は人類を助けたいと思うが由に、そなたを天使長の役から罷免した。それは今にして思えば私の誤りであった。そなたほどこの私のことを思い、忠義な者は居なかった。私は二度とその過ちは犯さない。】と告げられたのです。

 それは私に臨んだ旧約聖書の神と称する声の主は、【全人類を助ける】では無いと言うことなのです。ただその神の愛として、人類を二つに別ける【捌く】の御意志なのです。そこに【新地球】論が出て来るなのです。


 その時は私は元天使長だったのかと疑問を持ちましたが、天人界を訪問された超能力者の方が天人界で聞いた噂話として、【国常立尊様】が地の神界の主宰神御復帰に伴い、国常立尊様の元天使長であった存在も国常立尊様付きの天使長職に復帰された。その元天使長の分魂が地上世界に降りて「人に内在する良心神」を説いている。】と教えられて、その方はそれは伊勢白山道のリーマン氏のことかと尋ねたところ、天人からリーマン氏ではなく、貴方の知人の知人であると教えられて、その話が私のところに来ました。

 私にしてもリーマン氏にしても天人界では【人に内在する良心神】を説いている者とは解っているなのです。私が子供の頃に旧約聖書の神と称する声から告げられた元天使長職の話は、私の魂の本体に対する話であったことになります。


 私が初めて伏見稲荷山に上がった時、豊受姫は【貴方は言葉の神と呼ばれる貴き御方で、貴方の言葉の教えは天帝の「詔(みことのり)】と同じであり、貴方の言葉の教えに従えぬ神は如何なる神であっても天帝に対する反逆の罪で裁かれます。】と告げられましたが、日本の言葉の仕組で天帝を説く。そんな教えに耳を傾けるような神霊はほとんど無いに等しいでしょう。

 この世に出ておられるほとんどの御神霊は【のほほん】とされていて、どなたにも【危機感】は見られません。どの御神霊もそんなことは【99.99%】起きないと見ておられるようです。【万に一程度】の確率でしょう。


私が述べていることは、万に一程度の確率に過ぎない


 されど、この言葉の仕組の言霊(駒)とは【宇宙の瓢箪】から発生したのであり、大本教から出された【節分の炒り豆にも花が咲く】と同様に【宇宙の瓢箪から駒(言葉の句)が出た】なのです。私はそうした霊的世界を見聞して、


宇宙創造に関わった神など、人智では計り知り得ない


 私に今の世で天国界に進める誠の人達は【万人に一人】と出て来ました。ある方のブログにも今の世で天国界に行く人は0.0001%だとありましたが、それも万人に一人程度です。されど人々を救い出す仕組として、朝鮮に残されていた予言。【最後の審判前。救世の為に米一字の教えが起きる。】です。


 それが世紀の大予言者で知られる大本教の出口王仁三郎聖師の神の【つづら織り(九十九折り)】。織られたものを見なければ解らない。  

 私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国である。】と告げられました。その旧約聖書の神と称する声と私が結んだ【契約】は、


仕組を見て、【国常立尊】を唯一神として仰げば助ける


 それが大本教神諭における【野に落ちた米は一粒だに、この神が拾う。】となります。トドメノフミにあります【一厘ある米(世根)と一厘が無い米(世根)とでは同じ米(世根)でも大違い】なのです。


 スピリチュアルとは【言霊】とは何たるかを何一つ理解していない人達が見る霊世界。言霊と呼ばれる世界を知った上で、神の【つづら織り】から知ることはお釈迦様の本当の悟りであった【人に内在する良心神】。【三六九(みろく)大神】。【五六億七千万】。今は【第七の世】。【七福神の船遊び】。次は永遠(∞)の【八の世】。そして大本教神諭の【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】は【龍宮の音秘め(乙姫)】の存在を示すなのです。

 ただそうしたことは【大本教】と呼ばれる宗教が【型演技】をしてくれたことで解るとなります。もしも大本教と言う宗教が世に出ていなければ私にも紐解けなかった。理解不能だったと言えます。

 私の前に現れた大本教の出口なお開祖と覚しき霊は私に、【大本教はまな板の上の鯉。その鯉をどう料理するかは料理人の腕次第。】と告げられましたが、【鯉は五月五日の登龍門】で、こんな捌き方で正しかったのか?。他にもっとよい料理の仕方があったのか?。それは解りません。

 そして出口なお開祖の後に続いて出て来られた出口王仁三郎聖師と覚しき霊は、私にその服装から【ラーの神】を暗示されました。さらに漢字という字が大きく書かれた浴衣で私の前に立たれて、漢字だよ。漢字だよと私に教えてくれたのです。

 朝鮮に残されていた予言には最後の審判前、人類救済の為に【米】一字の教えが起きる。そしてインターネット上にある出所不明のトドメのフミには、一厘ある米と一厘ない米とでは大違い。この世に出ておられる御神霊達では、こんな【言葉の仕組】をする神霊はどこにも存在しておられないと言えます。


 スビリチュアルは【愛】しか言いません。愛でも【世根】に徹すれば【米(ヨネ)】ですが、それでは【一厘】が出ないのです。


スピリチュアルで愛は言えても、良心は言えない解らない


 私は子供の頃に旧約聖書の神と称する声から、【そなたはナザレのイエスの愛の教えを何一つ恐れずに、イエスの愛の教えを乗り越えて行け。】と命じられましたが、その当時は【愛の教え】以上のものがあるのか?。と疑問を持っていました。

 誰しも【良心神】の存在を告げられたならば、愛と良心は違う程度のことは解ります。だがスピリチュアルに走ると、もう良心神が見えて来なくなるのです。なまじ霊が見えると、自分は特別に選別された者の【過剰意識】が働くのです。自分に見えた霊的なことに固執して、人の教えが聞けなくなるのです。これだけ言葉による仕組がなされていても、まったく理解が出来なくなるのです。


逆に、言葉の仕組が理解出来ると【国常立尊】様に向かう


霊が見えても、みろく世に行く人と行かない人とに別れる


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