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2021年09月27日23:01

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そんなんは「人のフンドシ」の内に入らんわ!

お金持ちは「他人のフンドシ」をうまく使う
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&from=diary&id=6682443

いや〜、こんなことが「他人のフンドシ」を使うことになるのなら、何とも思わないけどね。もっと酷い「人のフンドシをタダで使う」人間の話をしましょう。

今はアタシの出身大学の教授をやってる〇藤正規。経歴(東大⇒London School of Economics⇒ADB⇒スタンフォード)だけ見ると凄い人のように見えるけど、あんまりにもな人間なので行く先々で嫌われてるヤツ。大金持ちの一家に生まれて小さい時からお手伝いさんに囲まれて何でも誰かがしてくれる生活してたからなのか、それともただのヤナヤツなのか?

最初の出会いはアイツがADBにやってきた時。ふらりとやって来たのかADBの人事に連絡お取ってやって来て、いろいろ話をしてったのよね。でもYoung Professionalの採用時期じゃなかったので、インタビューとかするのは来年ですね、って話で。その時に同郷の名古屋の人が言うことにゃ、「『来年まで何するの?』って聞いたら『旅行でもしますかね〜』って言ってた。なかなか言えないよ、旅行でも〜。いいねぇ、金持ちは」。へー、金持ちなんですか?って聞いたら、「すっごい金持ち。近藤紡績と名古屋じゃだれも知らない人はいない。家には長〜い塀があって、端まで見えない位」とか言ってたのよね。その時に、「へー、金持ちのお坊ちゃまなんだ」と知ったのよね。

その後日本に行った時に父親に「近藤紡績って知っとる?」って聞いたら「知っとるもなにも。近藤信夫の会社や。戦前は相場のことは近藤に聞け、と言われるくらいの相場師やった」って話で。「へー、近藤紡績の子がADBにおるよ」って言ったら、「ほう、そうか。お前と同じ位やったら近藤信夫の孫位かのぅ?」と言ってたのよね。近藤信夫は糸山英太郎との仕手戦で有名なのでいろんなところに書かれてるわよね(https://www.glossary.jp/econ/investor/nobuo-kondo.php)。アメリカに貸しビル持ってるみたいだし、今も財産を潰さず手広くやってるみたいね。社長はお兄さんみたいだけど。

で、アタシが最初に何やコイツ?って思ったのは、ADBを辞めた後。アタシはアメリカの大学院に行くのにFASIDってところから奨学金を貰ったのだけど、近藤正〇、アメリカのアタシに手紙書いてきて、「FASIDの応募に使ったエッセイ下さい。それをチョコチョコ直して自分のにして提出しますから」って書いてきて。いつも「最低努力で最高結果」を自慢してるだけあるわ、って思ったわ。アタシはその悪気のなさにあんまりビックリしたので、その手紙をコピーして、ADBにいる仲いい日本人の人に送っちゃたわよ。「見て、これ。凄いわね、この子、皆で廻し読みしてねウインク」とかの手紙も添えて。

ADB在勤中もいろいろエピソードはあるのよね。一番のところはマレーシア人のDuleep Singh、マレーシアの大蔵省で次官まで行った、という噂のあるお爺さんなんだけど、アタシの最初の配属場所の上司でいろいろ一緒に出張も行ったので仲良し。それが「今度入ったあの日本人、何や?」って聞いてきたのでどうしたのよ、と思ったら、Duleepが朝早くオフィスにやってきたら、近藤〇規がブリーフ一丁でエレベーターから降りてきた、って話で。当時新築だったADBの新本部ビル、2階にクリーニング屋があったので、きっとそこに服を取りに行ったのだろう、とういう話で落ち着いたけど、「オフィスに裸+ブリーフ一丁でくる」って神経がわからん、という話だったのよね。他にもいろいろあって、まだ勤務して半年くらいしか経ってない時期に誰かのホームパーティで「フィリピン人嫌いオリンピックをやったら金メダル取れると思う」って発言したとかで笑いもの。そのパーティにいたYoung Professionalでアタシの一期か2期下のZiziってのが教えてくれたんだけど、「そこにいる皆は『新入りが何を言う、こっちなんてもう20年近くフィリピンにいてどんだけ苦労してるか。お前のフィリピン人嫌いなんて予選も通過できんわ」って思ったとか思わなかったとか。てかアタシでも楽勝レベルだと思うわ。後は、Zizi、イギリス人の弁護士Phillipと社内結婚したんだけど、そのPhillipに「ロンドン時代に住んでた大家を訴えたい。どうやったらいいかアドバイスを」と言ったらしい。なんかそれも凄い些細なことで訴えるとか言ってたらしく、Phillipも呆れてた、しかもなんでフィリピンにいる弁護士に?とZiziも笑ってた。

その後めでたく彼もFASIDで奨学金が取れて、スタンフォードのFood Research Instituteという農業経済学の学位を出してる所に留学、となったんだけど。アタシもその数年前申し込むときにいろいろ考えたのよね。普通、アメリカの大学院は同じ大学の2つの学部に同時に申し込めない。なのでスタンフォードの経済学部に申し込むとFood Research Instituteの方には申し込めないので、本チャンの経済学をやりたかったアタシは諦めたのよ。まじ、考えたんだけどね。スタンフォードの名前も欲しいので入るのが経済学部に比べて簡単なFood Research Instituteに行ったらスタンフォード卒になるしね。でも、学部の概要をみてると、経済学部では学部のコース、Economies of Latin Americaとかいう授業がFood Research Instituteで取ると院レベルのコースになる、とかで。へ?そんなにレベルが違うの?と思って、涙ながらにスタンフォードは経済学部だけに申し込むようにしたのよね。勿論落ちたけどもうやだ〜(悲しい顔)

で、近〇正規、Food Research Instituteに入学したのはいいのだけど、入って1年か2年目にスタンフォードが「スタンフォードの格に合わない」ということでFood Research Instituteを潰すことにしたのよ。経済学のトップジャーナルにも出せない教授しかいないしさ。で、教授たちは引退か他の大学に行くか、で院生は他の大学に行くか、スタンフォードでちゃっちゃか学位を終わらせてさよなら、の選択。近藤〇則は後者を選んだんだけど、きっと訴えるとか言ってゴネたような気がするのよね、あの子のことだと。知らんけど。で、バカらしいComputable General Equilibirium Modelでインドの貿易政策改革のことで論文かいてPhD貰ったのよ。今時CGEなんか、マスターレベルの論文だけど、まぁ、そこは「早くいなくなってほしい」からスタンフォードとしても良いんでしょうね。

因みに、同時期にFood Research Instituteに留学してた東大の澤田さん、指導教官のMarcel FafchampがFood Research Instituteを潰す際に経済学部に移れたので(若手で数学が出来て、トップジャーナルに論文を出したことある2人だけが移れた)、一緒に移って経済学部でPhD貰ったのよね。いいわよね〜、って話したら「僕はラッキーだったんですよね」って言ってたわ。

で、その澤田さんが、学会後の飲み会で話してた時に近藤正〇の話になって「テスト前になると、教授の部屋に行ってノートを1ページ1ページめくりながら、『ここはテストに出ますか?出るんだったら勉強します。出ないんだったら勉強しません』と聞いて、教授たちに、こんな学生見たことない、と呆れられてた」って言ってたのよ。なのでスタンフォードでも他人のフンドシで相撲を取って「最小の努力で最大のアウトプット」ってやってたのね、って話になって、アタシもADB時代の話をしてあげたのよね。

で、ICUはクリスチャンコードがあってクリスチャンじゃないと教授になれない、とかあるんだけどその辺りはどうやってクリアしたのか(まぁ、実家のコネ?行動から見るに毛クリスチャンらしさは微塵もなかったけどね)、とかADB時代にゲイのオーストリア人Guntherと一緒にコンサート来てたから、彼もゲイなんじゃないの?って言ってる人もいたり。その辺りはよく知らないわ。

なんか実名バキバキでいろんなこと書いちゃったけど、〇藤正規、お金あるんだったら、ショボい大学の教授なんかやってなくって、スタンフォードなりに寄付講座作って、自分の気の向くときに気の向く勉強したらどうよ?って思うわ。授業とかバカバカしくね?
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