正司敏江さんが死去 享年81 脳梗塞のため
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所謂「どつき漫才」で、昭和40年代の後半期から昭和50年代の前半期を中心に人気を博した漫才ユニットの正司敏江・玲児の正司敏江が脳梗塞で亡くなった、ですか。世に言う「漫才ブーム」が起こる前、松竹芸能の夫婦漫才ユニットとして世に出た正司敏江・玲児は、記事にあるように玲児が敏江をどついて、敏江が玲児にどつき返す“どつき漫才”で飛ぶ鳥を落とす勢いで人気となり、後に離婚した後も解散せず、関西圏のみならず、東京圏のテレビでも盛んに出ていました。私としてはそれなりに楽しめましたが、いくらか過激な印象を与えるような“どつき”であり、特に東京ではあまり受け入れられなかったようで、昭和50年代半ば頃を中心に起きた漫才ブームの波には乗らず、関西圏に根付いて大阪の寄席や関西ローカルか西日本中心ネットの番組に出るようになっていました。上方漫才の一つのスタイルを形作っていた存在でしたが、“あくの強さ”と見られるその芸風も、一部には“ただの暴力パフォーマンス”と見られた向きもあったかもしれません。
言わば、80年代の漫才ブームは、吉本でも松竹でも関西出身のお笑い芸人が“全国進出→(すべてではないが)東京拠点化”と“関西拠点・関西中心への特化”に二極分化する始まりとなった出来事でもあったと思いますが、正司敏江・玲児は関西特化組の象徴となった印象がありました。
平成22年の12月、正司玲児がリンパ腫による白血病で亡くなった後は、舞台を中心に歌や漫談で活動を続けていたそうですが、松竹芸能によると、3週間ほど前に家族と過ごしていたところ、体調不良を訴えて緊急搬送されたとのことで、容態急変で亡くなったのでしょう。正司玲児も急死だったようです。
ご冥福をお祈りいたします。合掌。
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