mixiユーザー(id:7846239)

2021年05月16日15:39

59 view

モリコーネ他:『ラビリンス』(ブニアティシヴィリ)

【収録曲】
1 モリコーネ:「デボラのテーマ」
  (映画「Once Upon a Time in America」より ,ブニアティシヴィリ編)
2 サティ:「ジムノペディ第1番」
3 ショパン:「前奏曲ホ短調Op28-4」
4 リゲティ:「虹」(ピアノのための練習曲集第1巻より第5番)
5 J.S.バッハ:「バディネリ」
  (管弦楽組曲第2番ロ短調BVW.1067より,4手版,ブニアティシヴィリ編)
6 J.S.バッハ:「G線上のアリア」(管弦楽組曲第3番BVW.1067より)
7 ラフマニノフ:「ヴォカリーズOp34-14」(アラン・リチャードソン編)
8 セルジュ・ゲンズブール:「ラ・ジャヴァネーズ」(ブニアティシヴィリ編)
9 ヴィラ=ロボス:「苦悩のワルツ」
10 F.クープラン:「神秘的な壁」(クラヴサンのための作品第2巻より)
11 J.S.バッハ:「シシリエンヌ」
 (オルガン協奏曲ニ短調BWV.596,ブニアティシヴィリ編)
12 ブラームス:「間奏曲Op.118-2」
13 アルヴォ・ペルト:「パリ・インテルヴァロ」(4手のための作品)
14 フィリップ・グラス:「I am Going to Make a Cake」
 (映画「The Hours(めぐりあう時間たち)」より)(マイケル・リースマン&ニコ・マーリー)
15 D.スカルラッティ:「ソナタニ短調K.32」
16 リスト:「コンソレーション第3番」
17 ジョン・ケージ:「4分33秒」
18 J.S.バッハ:「アダージョ」(チェンバロ協奏曲ニ短調BWV.974より)

カティア・ブニアティシヴィリ(ピアノ)
クヴァンツァ・ブニアティシヴィリ(ピアノ,5,13)

録音:2020年6月16〜20日,La Grande Salle Pierre Boulez, Philharmonie,パリ
Sony Classical 19439795772(セッション)


ジョージア出身のピアニスト,カティア・ブニアティシヴィリの新譜です。見てのとおり小品集です。

とはいえ,少し変わった小品集といっていいのではないでしょうか。通常なら小品集には収録されないような曲目が,このアルバムには入っています。その代表的な例は,ジョン・ケージの「4分33秒」。現在使っている再生装置では,このトラック17からは何の音も聴こえてきません。4分33秒きっかり無音です。部屋の外で響いている音に耳を傾けなさいということなのでしょうか。

ケージの音楽史に残る傑作の他にも,モリコーネの「デボラのテーマ」,リゲティの「虹」,ゲンズブールの「ラ・ジャヴァネーズ」,ヴィラ=ロボスの「苦悩のワルツ」,ペルトの「パリ・インテルヴァロ」やグラスの「I am going to make a cake」など,従来の小品集には決して収められることがなかったであろう現代曲が含まれています。演奏時間を基準に小品か否かを判断すると,これらの楽曲は立派な小品になります。さらに,演奏スタイルの点でも,難しい現代音楽というより耳に馴染みやすい小品の基準を満たしていることも確かです。とても静かに弾かれる現代音楽です。

また,サティの「ジムのペティ第1番」,ショパンの「前奏曲第4番」,ラフマニノフの「ヴォカリーズ」,ブラームスの「間奏曲」そしてリストの「コンソレーション」など小品集の常連にも事欠きません。しかし,これらの作品の演奏でもブニアティシヴェリのピアノの弾き方は,従来の小品集とは少し違う。だれもが知っている楽曲を一流のピアニストはこう弾くんだという演奏でも,この類のアルバムの主な購入層が想像しているような弾き方とも異なる。あえて歌手の歌唱法を引き合いに出せば,オペラ歌手ともリート歌手とも一味違う,シンガー・ソングライターの歌い方に似ている。演奏の隅々まで磨きをかけた完成度の高いピアノでも,テクニックを最も重視した唖然とするほどの超絶技巧を駆使したピアノ独奏でもない。静謐の中でピアノの響きが浮かび上がってくるよう。何か自らの肉声をピアノで表現することを意図したような演奏に聴こえる。また,ジャズのようなポピュラーのような崩し方も散りばめられる。ユニークなピアニストと言っても良さそうです。

ブニアティシヴェリは,このアルバムでJ.S.バッハの作品も取り上げています。「G線上のアリア」(管弦楽組曲第3番)はともかく,「バディネリ」(管弦楽組曲第2番),「アダージョ」(チェンバロ協奏曲BWV.974)を収録したピアノ独奏の小品集はあまり多くなさそうだ。同じく,クープランの「神秘的な壁」やスカルラッティの「ソナタニ短調K.32」も小品集の定番ではないかもしれない。これらの選曲でも,彼女は心の呟きを肉声で語るにふさわしい曲目を選んだ結果のような気もする。バッハの作品ではブニアティシヴェリが編曲を手掛けていることも,こうした解釈の裏付けになるかもしれない。どちらかといえば,テンポを落としてつぶやくように弾くピアノで表現したかったのは,彼女の心の内なのではないかという印象を受ける。そして,どこか騒然とした落ち着かない日常の中で,ブニアティシヴェリが語りかけることが,聴く側の心にも何かを鮮明に訴えかけてくる。自らの心の内で生起することに耳を傾けなさい,というのがこの小品集のメッセージなのではないだろうか。

そして,ケージの「4分33秒」を取り上げた理由も,4分33秒の間,自分の心の中で何が起きているのか耳を傾けてみなさいと伝えたいのかもしれない。もしそうだとすれば,このアルバム全体で何を伝えたいのか理解できるような気もする。

これまで,カティア・ブニアティシヴェリの録音もステージも聴いたことなはい。たしか,2017年だったと思うが,地元のホールへ彼女が来演したことがあった。でも,演奏会場が小ホールで,なおかつ,僅かだが出足が遅れたためチケットを買いそびれた。あの時,リサイタルを聴いていれば,このアルバムの意図をもう少し的確に推し量れたかもしれない。

そうそう,このCDのライナーノートは,曲目解説も含めてブニアティシヴェリの詩のような文でできている。彼女のユニークなノートの冒頭を原文のまま引用しておく。
“THE LABYRINTH IS OUR MIND, memories of our childhood from an adult’s perspective, the past, the present, not the future, for life is an instant whose following one is unknowable, and the labyrinth is life. The labyrinth is pain, doubts, rage, enlightenment, relief, love. It is the intellect which finds relief in the emotions. …”

どうやら,ブニアティシヴェリの魔法のせいで心地よい迷路に迷い込んでしまったようです。
4 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年05月>
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031